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好きな子の兄になった
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『親友の子供を引き取ることにしたんだ。だから、リアムに妹ができるぞ』
ある日、突然両親に告げられた言葉。どうやら俺に妹ができるらしい。いろんな複雑な事情で、オベール家に引き取られることになった、どこかのご令嬢のようだ。
自分とたいして年齢も変わらないのに、たいへんな目に遭ったその子のことを、兄として出来る限り支えてあげようと思った。……母に連れてこられた、その子の姿を見るまでは。
『お前の妹になるミレイユだ。仲良くしなさい』
俺はミレイユを見て驚き、おもわず固まってしまった。同時に、なんともいえない気分になった。
うんともすんとも言わない俺を不思議に思ったのか、ミレイユは困った顔をしている。すぐに我に返り、冷静を装いながら小さな手と握手を交わした。その瞬間、なぜかミレイユが突然大声を出して後ずさった。何事かと思ったが、頭が痛かっただけらしい。
ミレイユのことを気遣って、母がミレイユを部屋へと連れて行く。後ろ姿を眺めていると、ふとミレイユがこちらを振り返り目が合った。
ドキッと心臓が跳ねるのがわかる。なにもしないのも感じが悪いので、急いで笑顔を作って彼女に向けて微笑んだ。すぐにミレイユは前を向いてしまい、微笑みを返してもらうことはできなかったけれど。
――ああ、やっぱり、彼女だ。
ふわりと揺れるミレイユの髪を見て、俺は思った。
ミレイユとは以前、両親が親交のある家柄の人たちとしたお茶会で、一度だけ会っている。と言っても、一方的に見かけただけではあるが。
みんなの輪の中に入らず、ずっとひとりの夫人の後ろに隠れていた控えめな女の子。
ピンクブラウンの髪を揺らし、うさぎのような黒目がちな瞳は、常にどこか潤んでいる。
幼いながら、一目惚れだった。
こんな感情は初めてで、話しかけることができないままその日はお別れとなった。だが、両親の知り合いなら、またどこかで必ず会えると信じていた。まさかそれが……こんな形とは。
これから兄としてずっと一緒に、誰よりも近くでミレイユの成長を見守れる喜びはあった。しかし、それと引き換えに失ったものは大きい。
俺はミレイユを妻にしたかったからだ。義理とはいえ、兄妹間の結婚なんて認められるのはこの国の法律では難しい。
子供の頃の淡い初恋だ。家族として日々を過ごせば、妹としかみえなくなるだろう。
これから他の素敵な令嬢に出逢い、恋に落ちることだって……。いろんなことを自分に言い聞かせた。
でも共に過ごしていく内に、俺はどんどんミレイユに惹かれていった。このままだと、俺は引き返せなくなってしまう。ミレイユが兄として俺を慕っているならば、俺が心の奥でミレイユを女として見ているなんて、すごく汚いことをしているように思えた。
だから俺は、自分の気持ちに必死でブレーキをかけていた。心の奥底にしまい込み、決して顔を出さないように。
――でも、ある日気づいたのだ。
『リアムお兄様っ!』
異様に懐いてくれたミレイユの俺を見る目が、俺と同じだったことに。
ミレイユは俺といるとうれしそうだ。楽しそうだ。幸せそうだ。他の誰といるよりも。
俺になにかを求めるような、熱い視線をぶつけてくるミレイユを見て俺は思った。
俺たちは、同じ気持ちなんじゃないかと。
ミレイユも俺を兄以上に想ってくれているのなら、絶対にミレイユを俺のものにする。だって、彼女もまた、それを望んでいるのだから。
そんなとき、突然俺に婚約の話がきた。両親が盛り上がって勝手に決めた婚約だ。
ミレイユは、特に悲しそうにしていなかった。取り乱すことなく平然としているミレイユを見て、俺は一気に不安になる。
同じ気持ちだと思っていたのは、俺の勘違いだったのだろうか……?
俺が今、ミレイユの婚約が決まったとしたら、絶対に全力で阻止するし邪魔をする。それくらい、愛する人の婚約話ほど嫌なものはない。なのにミレイユは、俺とネリーの婚約になにも口を出そうとしない。俺が他の女と一緒になっても、ミレイユはいいというのか。
どちらにせよ、婚約をする気はなかった。俺はミレイユにしか興味がない。ネリーは俺を好いているという。俺に愛情を求められるのは面倒だ。
ネリーに返事をする日が近づいてもなにも言わないミレイユが気になり、俺はミレイユに自分とネリーの婚約について聞いてみた。前向きな返事をされたらショックで寝込むだろう。
しかしミレイユはこう言った。
『……本当はすっっごく嫌だけど、そう言うわけにもいかないし!』
『えっ?』
期待以上の言葉に、俺は驚きの声を上げる。なぜかミレイユも目を点にしていた。もしかして……勢いで言ってしまったのか?
『あ、今のはちがくて、そのっ』
『ミレイユ!』
恥ずかしいのか、訂正しようとするミレイユを俺は衝動的に抱き締めた。
『……君の本心が聞けて、すごくうれしいよ」
俺も素直な気持ちを伝えた。このことで、俺は確信した。
ミレイユと俺は同じ気持ちだ。ミレイユは俺を兄以上として見ている。でも、俺と同じように、必死で自分の気持ちにブレーキをかけていたんだ。
うれしくて舞い上がったと同時に――俺の中の歪んだ感情が遂に顔を出してしまった。
もし、もしもだ。俺がネリーと婚約したら、ミレイユはどんな顔をして、どんな行動をとるのだろう。
嫉妬してくれるだろうか。なんとしてでも、俺を奪い返そうと奮起してくれるだろうか。今まで自分にしか注がれることのなかった愛情が他人に向いたとき――ミレイユはどんな方法で、俺を取り戻そうとしてくれる?
見たことないミレイユが見られる気がして、全身がぞくりとした。そして一度思いついてしまえば、それを試さずにはいられなかった。
俺はミレイユのすべてが見たい。笑った顔。怒った顔。泣いた顔。未だ見たことない、ミレイユのすべてを。
俺はミレイユを、俺に依存させたい。俺なしでは生きていけなくなればいい。俺に縋りつき、行かないでと泣き叫び、私だけを見てと懇願してくれたら、俺はどんなに幸せか。
愛する人にこんなことを思うなんておかしいというのなら、俺は多分、最初からおかしかった。でも大丈夫。だって、どんな俺も、ミレイユなら愛してくれるから。
ある日、突然両親に告げられた言葉。どうやら俺に妹ができるらしい。いろんな複雑な事情で、オベール家に引き取られることになった、どこかのご令嬢のようだ。
自分とたいして年齢も変わらないのに、たいへんな目に遭ったその子のことを、兄として出来る限り支えてあげようと思った。……母に連れてこられた、その子の姿を見るまでは。
『お前の妹になるミレイユだ。仲良くしなさい』
俺はミレイユを見て驚き、おもわず固まってしまった。同時に、なんともいえない気分になった。
うんともすんとも言わない俺を不思議に思ったのか、ミレイユは困った顔をしている。すぐに我に返り、冷静を装いながら小さな手と握手を交わした。その瞬間、なぜかミレイユが突然大声を出して後ずさった。何事かと思ったが、頭が痛かっただけらしい。
ミレイユのことを気遣って、母がミレイユを部屋へと連れて行く。後ろ姿を眺めていると、ふとミレイユがこちらを振り返り目が合った。
ドキッと心臓が跳ねるのがわかる。なにもしないのも感じが悪いので、急いで笑顔を作って彼女に向けて微笑んだ。すぐにミレイユは前を向いてしまい、微笑みを返してもらうことはできなかったけれど。
――ああ、やっぱり、彼女だ。
ふわりと揺れるミレイユの髪を見て、俺は思った。
ミレイユとは以前、両親が親交のある家柄の人たちとしたお茶会で、一度だけ会っている。と言っても、一方的に見かけただけではあるが。
みんなの輪の中に入らず、ずっとひとりの夫人の後ろに隠れていた控えめな女の子。
ピンクブラウンの髪を揺らし、うさぎのような黒目がちな瞳は、常にどこか潤んでいる。
幼いながら、一目惚れだった。
こんな感情は初めてで、話しかけることができないままその日はお別れとなった。だが、両親の知り合いなら、またどこかで必ず会えると信じていた。まさかそれが……こんな形とは。
これから兄としてずっと一緒に、誰よりも近くでミレイユの成長を見守れる喜びはあった。しかし、それと引き換えに失ったものは大きい。
俺はミレイユを妻にしたかったからだ。義理とはいえ、兄妹間の結婚なんて認められるのはこの国の法律では難しい。
子供の頃の淡い初恋だ。家族として日々を過ごせば、妹としかみえなくなるだろう。
これから他の素敵な令嬢に出逢い、恋に落ちることだって……。いろんなことを自分に言い聞かせた。
でも共に過ごしていく内に、俺はどんどんミレイユに惹かれていった。このままだと、俺は引き返せなくなってしまう。ミレイユが兄として俺を慕っているならば、俺が心の奥でミレイユを女として見ているなんて、すごく汚いことをしているように思えた。
だから俺は、自分の気持ちに必死でブレーキをかけていた。心の奥底にしまい込み、決して顔を出さないように。
――でも、ある日気づいたのだ。
『リアムお兄様っ!』
異様に懐いてくれたミレイユの俺を見る目が、俺と同じだったことに。
ミレイユは俺といるとうれしそうだ。楽しそうだ。幸せそうだ。他の誰といるよりも。
俺になにかを求めるような、熱い視線をぶつけてくるミレイユを見て俺は思った。
俺たちは、同じ気持ちなんじゃないかと。
ミレイユも俺を兄以上に想ってくれているのなら、絶対にミレイユを俺のものにする。だって、彼女もまた、それを望んでいるのだから。
そんなとき、突然俺に婚約の話がきた。両親が盛り上がって勝手に決めた婚約だ。
ミレイユは、特に悲しそうにしていなかった。取り乱すことなく平然としているミレイユを見て、俺は一気に不安になる。
同じ気持ちだと思っていたのは、俺の勘違いだったのだろうか……?
俺が今、ミレイユの婚約が決まったとしたら、絶対に全力で阻止するし邪魔をする。それくらい、愛する人の婚約話ほど嫌なものはない。なのにミレイユは、俺とネリーの婚約になにも口を出そうとしない。俺が他の女と一緒になっても、ミレイユはいいというのか。
どちらにせよ、婚約をする気はなかった。俺はミレイユにしか興味がない。ネリーは俺を好いているという。俺に愛情を求められるのは面倒だ。
ネリーに返事をする日が近づいてもなにも言わないミレイユが気になり、俺はミレイユに自分とネリーの婚約について聞いてみた。前向きな返事をされたらショックで寝込むだろう。
しかしミレイユはこう言った。
『……本当はすっっごく嫌だけど、そう言うわけにもいかないし!』
『えっ?』
期待以上の言葉に、俺は驚きの声を上げる。なぜかミレイユも目を点にしていた。もしかして……勢いで言ってしまったのか?
『あ、今のはちがくて、そのっ』
『ミレイユ!』
恥ずかしいのか、訂正しようとするミレイユを俺は衝動的に抱き締めた。
『……君の本心が聞けて、すごくうれしいよ」
俺も素直な気持ちを伝えた。このことで、俺は確信した。
ミレイユと俺は同じ気持ちだ。ミレイユは俺を兄以上として見ている。でも、俺と同じように、必死で自分の気持ちにブレーキをかけていたんだ。
うれしくて舞い上がったと同時に――俺の中の歪んだ感情が遂に顔を出してしまった。
もし、もしもだ。俺がネリーと婚約したら、ミレイユはどんな顔をして、どんな行動をとるのだろう。
嫉妬してくれるだろうか。なんとしてでも、俺を奪い返そうと奮起してくれるだろうか。今まで自分にしか注がれることのなかった愛情が他人に向いたとき――ミレイユはどんな方法で、俺を取り戻そうとしてくれる?
見たことないミレイユが見られる気がして、全身がぞくりとした。そして一度思いついてしまえば、それを試さずにはいられなかった。
俺はミレイユのすべてが見たい。笑った顔。怒った顔。泣いた顔。未だ見たことない、ミレイユのすべてを。
俺はミレイユを、俺に依存させたい。俺なしでは生きていけなくなればいい。俺に縋りつき、行かないでと泣き叫び、私だけを見てと懇願してくれたら、俺はどんなに幸せか。
愛する人にこんなことを思うなんておかしいというのなら、俺は多分、最初からおかしかった。でも大丈夫。だって、どんな俺も、ミレイユなら愛してくれるから。
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