12 / 23
食人と職人 ー海斗ー
しおりを挟む
海斗の父、幸雄が美味しい寿司食べに行こう、と言って連れてきてくれたのがこの店だった。
はじめは「居酒屋 弁二」という看板を見て、寿司屋じゃないことにがっかりした。
「弁ちゃん、おすすめでお願い。」
幸雄は得意げにそう言った。
そう言うのがかっこいいとでも思ってたに違いない。寿司屋じゃないのに。
海斗には「おすすめ」にいい印象がなかった。海斗がその時働いていたイタリアンの店では、「今日のおすすめパスタ」は大体使い切ってしまいたい食材を使った「残りものパスタ」なのだ。
幸雄はおしぼりで丁寧に手を拭きながら
「寿司はな、手で食べるもんだぞ、海斗。」
と言う。また知ったかぶりが出た。
「箸で食べたっていいじゃないか。俺は箸で食べる。」
「何言ってるんだ、手でいかないと本当の美味しさがわからんぞ。」
それを聞いた弁二は
「どっちでもいいですよ。」
とさらっと言って寿司を握りはじめた。
5つの寿司が寿司下駄にのって出てきた。
大トロ、まぐろ、いくら、甘エビ、玉子。
玉子?
海斗にはなぜそこに玉子があるのかわからなかった。
回転寿司に行っても海斗は絶対玉子なんて食べない。
海斗は携帯を取り出して色とりどりの寿司を写真に撮った。玉子の黄色が鮮やかだった。
「俺はこの玉子が好きなんだー。」
幸雄は手で玉子を掴んで勢いよく口に入れた。
幸雄は手食べる方が似合ってる。
海斗は玉子から先に食べろという幸雄を無視して、真っ先に大トロに手をつけた。
大トロはいつも海斗の期待を裏切らない。
「美味いです!最高です!」
海斗は弁二に向かって大袈裟に言った。
弁二は満足そうな顔で海斗と幸雄を見た。
「これも食べろ、大トロは俺には脂っこすぎる。」
幸雄はそう言って皿を少しこっち側に寄せた。
幸雄の大好物が大トロであることは海斗も弁二も知っている。
でも海斗が大トロを断る訳がない。
海斗が箸をのばした時
「あ、そっちは手で食べる用に少ししゃり柔らかく握ってあるから、気をつけて食べて。」
弁二は慌てて海斗に言った。
海斗はそおっと箸でつまんだ寿司が崩れそうになる前に急いで口に入れた。
「さすが弁ちゃん、食べ方によってシャリのかたさ変えてるとはね~弁ちゃんはこう言うところに気を使うことができる人なんだぞ。お前も見習えよ。あのイタリアン辞めてここで働けよ。弁ちゃん、こいつ鍛えてやってよー。」
この時、海斗は弁二の風格と鮮やかな寿司を握る手に一目惚れした。
弁二がシャリの硬さを変えてるのは客に気を使ってるというか、弁二さんのこだわりだ。女の人には少しシャリを小さめで、出前用はシャリを多め。
海斗はここに来る常連の顔を思い出した。
焼酎ロックをがぶがぶ飲んで酔っ払って帰る漬け物好きの多田さん。
金曜日には欠かさず一人で来て玉子、うに、トロの3種類を食べる謎のおじさん。
厚焼き玉子を家族に持ち帰る今井さん。
今井さんは厚焼き玉子が明太子入り厚焼き玉子になったらどう思うだろうか。
海斗は弁二がいつもやるように姿勢を正してシャカ、シャカと包丁を研ぎ始めた。
弁二はいつも何かの儀式かのように仕込みに取り掛かる前にこれをやる。
海斗はふと思った。
弁二は寿司屋としてこの店をやりたいのではないかと。
海斗は「居酒屋弁二新メニュー」と書いたメモをもう一度見直して、ゴミ箱に捨てた。
徹はいつものように背中を丸めて仕込みに集中している。
頼むぞ、徹。海斗は心の中で丸い背中に向かって言った。
「おい。」
海斗は弁二を真似した声のトーンでと徹を呼んでみた。
徹は目をまんまるにしてキョトンとして海斗を見つめた。
そして次の瞬間突かれたように二人は笑った。
海斗はあの酒壺のことが気になっていた。
休憩中、海斗は携帯を取り出してGoogleで検索してみる。
「紅八潮 酒」
出てきたのは酒屋のサイトとか八潮という中華料理のサイトとかで、紅八潮という酒についてのサイトはないようだ。
いつも海斗の欲しい答えを出してくれるGoogleでもわからないことがあるらしい。
自分が壊したのだから新しい酒壺を買おうとして調べて見たが、あったとしてもきっと高くて海斗には買えないだろう。
店先のショーケースの中には金二が作ったという花瓶が置いてあり、白い花が生けられている。
海斗は交通事故の現場に供えられている花を見ているようで心が痛んだ。
佳奈恵があの後敷いた真っ白いマットの下にはまだ赤いシミが残っているのを海斗は知っている。
明日、近所の酒屋にでも行ってみようか。
(近所の酒屋のおばちゃん)
「すみません、紅八潮っていう酒置いてますか?これっくらい大きい壺に入ってるんですけど。」って若い男の子が来たんだよ。
「紅八潮?聞いたことないね~どっかの地酒かね~?」って答えたんだけど。
「その酒、赤いんです。」って言うから
「この酒赤いよ。」って赤酒出したのよ。
そしたら「違うんです。あのでっかい壺じゃないとだめなんです。」って。
「どういう酒か知らないけど、そんなでっかいの、相当な値段すると思うよ。何に使うの?」って聞いたら、「やっぱり、もういいです。」って言って帰ってったのよ。
そのこと旦那に言ったら、昨日も若い男の子が「紅八潮」って酒壺探しに来たっていうの。坊主だったって言うから違う子だわ。何なんだろうね、その酒。今流行ってるのかしら。
はじめは「居酒屋 弁二」という看板を見て、寿司屋じゃないことにがっかりした。
「弁ちゃん、おすすめでお願い。」
幸雄は得意げにそう言った。
そう言うのがかっこいいとでも思ってたに違いない。寿司屋じゃないのに。
海斗には「おすすめ」にいい印象がなかった。海斗がその時働いていたイタリアンの店では、「今日のおすすめパスタ」は大体使い切ってしまいたい食材を使った「残りものパスタ」なのだ。
幸雄はおしぼりで丁寧に手を拭きながら
「寿司はな、手で食べるもんだぞ、海斗。」
と言う。また知ったかぶりが出た。
「箸で食べたっていいじゃないか。俺は箸で食べる。」
「何言ってるんだ、手でいかないと本当の美味しさがわからんぞ。」
それを聞いた弁二は
「どっちでもいいですよ。」
とさらっと言って寿司を握りはじめた。
5つの寿司が寿司下駄にのって出てきた。
大トロ、まぐろ、いくら、甘エビ、玉子。
玉子?
海斗にはなぜそこに玉子があるのかわからなかった。
回転寿司に行っても海斗は絶対玉子なんて食べない。
海斗は携帯を取り出して色とりどりの寿司を写真に撮った。玉子の黄色が鮮やかだった。
「俺はこの玉子が好きなんだー。」
幸雄は手で玉子を掴んで勢いよく口に入れた。
幸雄は手食べる方が似合ってる。
海斗は玉子から先に食べろという幸雄を無視して、真っ先に大トロに手をつけた。
大トロはいつも海斗の期待を裏切らない。
「美味いです!最高です!」
海斗は弁二に向かって大袈裟に言った。
弁二は満足そうな顔で海斗と幸雄を見た。
「これも食べろ、大トロは俺には脂っこすぎる。」
幸雄はそう言って皿を少しこっち側に寄せた。
幸雄の大好物が大トロであることは海斗も弁二も知っている。
でも海斗が大トロを断る訳がない。
海斗が箸をのばした時
「あ、そっちは手で食べる用に少ししゃり柔らかく握ってあるから、気をつけて食べて。」
弁二は慌てて海斗に言った。
海斗はそおっと箸でつまんだ寿司が崩れそうになる前に急いで口に入れた。
「さすが弁ちゃん、食べ方によってシャリのかたさ変えてるとはね~弁ちゃんはこう言うところに気を使うことができる人なんだぞ。お前も見習えよ。あのイタリアン辞めてここで働けよ。弁ちゃん、こいつ鍛えてやってよー。」
この時、海斗は弁二の風格と鮮やかな寿司を握る手に一目惚れした。
弁二がシャリの硬さを変えてるのは客に気を使ってるというか、弁二さんのこだわりだ。女の人には少しシャリを小さめで、出前用はシャリを多め。
海斗はここに来る常連の顔を思い出した。
焼酎ロックをがぶがぶ飲んで酔っ払って帰る漬け物好きの多田さん。
金曜日には欠かさず一人で来て玉子、うに、トロの3種類を食べる謎のおじさん。
厚焼き玉子を家族に持ち帰る今井さん。
今井さんは厚焼き玉子が明太子入り厚焼き玉子になったらどう思うだろうか。
海斗は弁二がいつもやるように姿勢を正してシャカ、シャカと包丁を研ぎ始めた。
弁二はいつも何かの儀式かのように仕込みに取り掛かる前にこれをやる。
海斗はふと思った。
弁二は寿司屋としてこの店をやりたいのではないかと。
海斗は「居酒屋弁二新メニュー」と書いたメモをもう一度見直して、ゴミ箱に捨てた。
徹はいつものように背中を丸めて仕込みに集中している。
頼むぞ、徹。海斗は心の中で丸い背中に向かって言った。
「おい。」
海斗は弁二を真似した声のトーンでと徹を呼んでみた。
徹は目をまんまるにしてキョトンとして海斗を見つめた。
そして次の瞬間突かれたように二人は笑った。
海斗はあの酒壺のことが気になっていた。
休憩中、海斗は携帯を取り出してGoogleで検索してみる。
「紅八潮 酒」
出てきたのは酒屋のサイトとか八潮という中華料理のサイトとかで、紅八潮という酒についてのサイトはないようだ。
いつも海斗の欲しい答えを出してくれるGoogleでもわからないことがあるらしい。
自分が壊したのだから新しい酒壺を買おうとして調べて見たが、あったとしてもきっと高くて海斗には買えないだろう。
店先のショーケースの中には金二が作ったという花瓶が置いてあり、白い花が生けられている。
海斗は交通事故の現場に供えられている花を見ているようで心が痛んだ。
佳奈恵があの後敷いた真っ白いマットの下にはまだ赤いシミが残っているのを海斗は知っている。
明日、近所の酒屋にでも行ってみようか。
(近所の酒屋のおばちゃん)
「すみません、紅八潮っていう酒置いてますか?これっくらい大きい壺に入ってるんですけど。」って若い男の子が来たんだよ。
「紅八潮?聞いたことないね~どっかの地酒かね~?」って答えたんだけど。
「その酒、赤いんです。」って言うから
「この酒赤いよ。」って赤酒出したのよ。
そしたら「違うんです。あのでっかい壺じゃないとだめなんです。」って。
「どういう酒か知らないけど、そんなでっかいの、相当な値段すると思うよ。何に使うの?」って聞いたら、「やっぱり、もういいです。」って言って帰ってったのよ。
そのこと旦那に言ったら、昨日も若い男の子が「紅八潮」って酒壺探しに来たっていうの。坊主だったって言うから違う子だわ。何なんだろうね、その酒。今流行ってるのかしら。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる