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~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは無難な婚約を目指すことにしました~
皇子の療養休暇 ⑮誓約
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あれからもう4年。
密かに交わした父王とのやり取りが、アマリアーナの脳裏を過った。
どんな問題を抱えているにしろ、辺境伯と敵対するよりも同盟関係を強める方が得策だという父に賛成し、信頼の証として自分が降嫁すると申し出たのは、アマリアーナの方だった。
彼女は、記憶の中にある紋章がどの貴族のものかを調べ上げていたし、現辺境伯が妻を亡くして以来、独り身を貫いているのも知っていた。
あの時の騎士のことを、彼女はずっと忘れることができなかったから。
結局のところ、山岳に住む小民族の多くが遥か昔に滅んだはずの魔族の生き残りではないかという、父の推測は正しかったわけだ。そして、辺境伯が彼らの協力者なのではないかという疑惑も。
彼が協力者どころか、彼らの一人とまでは思っていなかったかもしれないが。
「皇国は、先人の非道を悔い、あなた方と、いえ、すべての山岳の民たちとの和解を願っています。その上で、来るべき大いなる災厄に備えて共闘協定を結ぶことを望みます」
アマリアーナは、王が示した期限内に、なんとか真実にたどり着けたことにホッと胸を撫でおろしていた。
どうやら、彼女は、このかなり際どい賭けに勝てそうだ。
辺境伯の心を手に入れ、山岳の民を取り込むという一世一代の大博打に。
* * * * *
「和解?共闘?我らとヒトが?正気か?」
「我が王家の租、偉大なる勇者の名に懸けて」
信じられないとばかりに言い募るル・ボウに、アマリアーナは再び頭を下げた。
「過去の出来事に関しては、心より謝罪します。見返りとして、皇国はあなた方に永世自治権を認め、今後、辺境伯の現領土を独立した自治領として擁護することを誓いましょう。あなた方も気づいているはず。ここ数年の異常気象や魔物の凶暴化。この世界に異変が起きつつあることを。このままだと、あと数年のうちに『封じられし闇の扉』が開き、世界は破滅に向かいます。この世界を救うためには、人も魔族も互いへの遺恨を忘れ、共に戦う必要があるのです」
ル・ボウの刺すような視線を受け止めて、アマリアーナはひたすら答えを待った。
永遠のごとく感じられた沈黙は、実際にはほんの数分だったのだろう。
ル・ボウがふっと力を抜いたのが感じられた。
明らかに思い当たる節があったらしい。
その顔には苦笑めいたものが浮かんでいた。
「さすが賢王アルメニウス一世。うまく騙したつもりであったが、どうやら、我らの動向は王の手の内にあったらしいな」
危惧していたように皇国からの申し出を一蹴することなく、ル・ボウは冷静に問い返した。
「それは、『誓約の儀』を持って誓うという意味か?」
「もちろんです。この場で儀式を行ってもかまいません」
アマリアーナは、安堵のあまり震えそうになる四肢にぐっと力を入れ、あふれ出る歓喜を押えた。
『誓約の儀』とは、契約を行う者の身体の一部を媒介にして術式を使う究極の誓いの儀式。誓いを破った場合は、契約者の命という大きな代償を払うことになる。
つまり、翼ある一族の長は、彼らの申し出を受けると言ったのだ。
「王から依り代も預かっております。お許しいただければ、すぐに取りに行かせますが」
「よかろう。ただし、お前がここから出るのを認めることはできぬ。場所を教えてもらえれば、こちらの手の者に取りに行かせよう。誓約者は私と、イ・サンス、お前と国王、それから、もう一人。我が結界に入り込むとは、さすがと言うべきかな」
ル・ボウは言葉を切って、生い茂る庭の片隅に呼びかけた。
「出てくるがよい。われらは交渉に応じる。お前の姉に手を出すつもりはない」
その視線の先の木立が揺れた。
「姉上、あなたがこんなに無茶な人だとは知りませんでした」
若い男の声がした。と同時に、見るも無残な状態のデイドレスをまとった『令嬢』が現れた。ドレスはところどころ破れているが、その身体に傷はすでにない。おそらく自ら、治癒の術を使ったのだろう。
『令嬢』は片手に握っていた剣を傍の木の幹に突き刺すと、手のひらを晒して見せながら、近づいてくる。
「私も、知らなかったわ。あなたがそんなに女装が似合うなんて」
仮面が外れた場合も考慮したのか。
近くで見ると、唇だけでなく、頬や目元までうっすらと化粧が施されているのがわかる。
もともと中性的だとは思っていたが、こんなに化粧映えする顔立ちだったとは・・・。
チョーカーを失った喉元に気づかなければ、うら若き乙女にしか見えないんじゃなかろうか?
今ならわかる。独特のデザインの衣装をまとっていた理由が。女性にしてはスレンダーすぎる体形を隠すための苦肉の策だったのだろう。
これって・・・胸元に何か詰めているわよね?
「本当に、見事な化けっぷりね」
「仕方なかったんです。姉上の茶話会に潜り込むには。若い女性しか招待されていなかったので」
「あら、それにしては堂に入ってたわよ。歩き方やお辞儀の仕方までご令嬢そのもの。私は完全に騙されたわ」
実感を込めて呟くと、アルフォンソが憮然とした顔をした。
「もう二度とする気はありません。膝を折って歩くのは、剣を交えるよりも疲れます」
無口で無表情の彼にしては、珍しいはっきりとした意思表示だ。別に好んで女装したわけではないと言いたかったらしい。
それにしても、いったいどうして、第二皇子本人が、噂のブーマの公爵令嬢に扮して茶話会に来ることになったのか?
メニエラとあの誘拐者の話も気にかかる。
まあ、あの食えない策士である父王が一枚も二枚も噛んでいるのは間違いないだろうけれど。
あとでじっくりと話し合う必要があるだろう。いろいろと。
それにしても・・・
アマリアーナは久々に間近で目にする異母弟の顔をじっくりと眺めた。
なるほど。こういう格好をすると、そっくりだ。アルメニウス一世の今は亡き愛妾、アルフォンソの実母の姿絵に。
王妃が、母が、この弟を殺したいほど憎む心情が理解できてしまう。争いたくてもすでに相手はこの世にはいない。なのに、この弟が存在する限り、父は愛妾を忘れない。父が母を愛することはない。
昔から、アマリアーナは、この異母弟が気に食わなかった。
父アルメニウス一世が、皇国以外で、大切に思う唯一の存在のくせに、それが全くわかっていないこの弟が。
「だまして申し訳ありませんでした。アマリアーナ様」
躊躇いがちにかけられた言葉に、アマリアーナは振り返った。
悄然と立っている大男の頬には、まだ彼女の手の型がうっすらと残っている。
相変わらずの敬語。この人はいつになったら、自分を王女ではなく妻として扱ってくれるのだろう?
一族の長に逆らって命を懸けて守ってくれようとしたくせに。
アマリアーナはため息を吐くと夫の顔を見上げた。自らつけた跡にそっと手を触れる。
「何度も言ったように、私はあなたをお慕いしているのです。私はあなたの先妻とは違う。あなたが何であれ、受け入れてみせます」
男の視線が大きく揺らぎ、その顔がたちまち赤くなる。
仮面の辺境伯か。
たしかに、この人には仮面が必要かもしれない。為政者としては感情が顔に出過ぎる。
まあ、そこも嫌いではないけれど。
「ですので、浮気は認めません。絶対に」
いつの間にか数人の部下らしき女たちに囲まれているル・ボウに向かって宣言する。
「ル・ボウ様、たとえあなたがこの人が真に仕える主だとしても、私はあなたにこの人を渡すつもりはありません。この人は私のものですから」
ル・ボウは虚を突かれたように口を開け、真っ赤になった男を見た。それから、声を発てて笑ったのだ。
「クックックック・・・実に愛されてるようだな、イ・サンス・エドモンド・サリナス。ヘタレのお前にはもったいない嫁だ」
「母上!」
母上?
今度はアマリアーナが目を丸くする。
「翼人族は長命なんだ。ああ見えても、長は正真正銘、俺の母だ。俺は長と流浪の傭兵との間に生まれた混血なんだ」
いつもの敬語を忘れて、イ・サンス=サリナス辺境伯は、きまり悪そうに告げた。
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どんな問題を抱えているにしろ、辺境伯と敵対するよりも同盟関係を強める方が得策だという父に賛成し、信頼の証として自分が降嫁すると申し出たのは、アマリアーナの方だった。
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彼が協力者どころか、彼らの一人とまでは思っていなかったかもしれないが。
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どうやら、彼女は、このかなり際どい賭けに勝てそうだ。
辺境伯の心を手に入れ、山岳の民を取り込むという一世一代の大博打に。
* * * * *
「和解?共闘?我らとヒトが?正気か?」
「我が王家の租、偉大なる勇者の名に懸けて」
信じられないとばかりに言い募るル・ボウに、アマリアーナは再び頭を下げた。
「過去の出来事に関しては、心より謝罪します。見返りとして、皇国はあなた方に永世自治権を認め、今後、辺境伯の現領土を独立した自治領として擁護することを誓いましょう。あなた方も気づいているはず。ここ数年の異常気象や魔物の凶暴化。この世界に異変が起きつつあることを。このままだと、あと数年のうちに『封じられし闇の扉』が開き、世界は破滅に向かいます。この世界を救うためには、人も魔族も互いへの遺恨を忘れ、共に戦う必要があるのです」
ル・ボウの刺すような視線を受け止めて、アマリアーナはひたすら答えを待った。
永遠のごとく感じられた沈黙は、実際にはほんの数分だったのだろう。
ル・ボウがふっと力を抜いたのが感じられた。
明らかに思い当たる節があったらしい。
その顔には苦笑めいたものが浮かんでいた。
「さすが賢王アルメニウス一世。うまく騙したつもりであったが、どうやら、我らの動向は王の手の内にあったらしいな」
危惧していたように皇国からの申し出を一蹴することなく、ル・ボウは冷静に問い返した。
「それは、『誓約の儀』を持って誓うという意味か?」
「もちろんです。この場で儀式を行ってもかまいません」
アマリアーナは、安堵のあまり震えそうになる四肢にぐっと力を入れ、あふれ出る歓喜を押えた。
『誓約の儀』とは、契約を行う者の身体の一部を媒介にして術式を使う究極の誓いの儀式。誓いを破った場合は、契約者の命という大きな代償を払うことになる。
つまり、翼ある一族の長は、彼らの申し出を受けると言ったのだ。
「王から依り代も預かっております。お許しいただければ、すぐに取りに行かせますが」
「よかろう。ただし、お前がここから出るのを認めることはできぬ。場所を教えてもらえれば、こちらの手の者に取りに行かせよう。誓約者は私と、イ・サンス、お前と国王、それから、もう一人。我が結界に入り込むとは、さすがと言うべきかな」
ル・ボウは言葉を切って、生い茂る庭の片隅に呼びかけた。
「出てくるがよい。われらは交渉に応じる。お前の姉に手を出すつもりはない」
その視線の先の木立が揺れた。
「姉上、あなたがこんなに無茶な人だとは知りませんでした」
若い男の声がした。と同時に、見るも無残な状態のデイドレスをまとった『令嬢』が現れた。ドレスはところどころ破れているが、その身体に傷はすでにない。おそらく自ら、治癒の術を使ったのだろう。
『令嬢』は片手に握っていた剣を傍の木の幹に突き刺すと、手のひらを晒して見せながら、近づいてくる。
「私も、知らなかったわ。あなたがそんなに女装が似合うなんて」
仮面が外れた場合も考慮したのか。
近くで見ると、唇だけでなく、頬や目元までうっすらと化粧が施されているのがわかる。
もともと中性的だとは思っていたが、こんなに化粧映えする顔立ちだったとは・・・。
チョーカーを失った喉元に気づかなければ、うら若き乙女にしか見えないんじゃなかろうか?
今ならわかる。独特のデザインの衣装をまとっていた理由が。女性にしてはスレンダーすぎる体形を隠すための苦肉の策だったのだろう。
これって・・・胸元に何か詰めているわよね?
「本当に、見事な化けっぷりね」
「仕方なかったんです。姉上の茶話会に潜り込むには。若い女性しか招待されていなかったので」
「あら、それにしては堂に入ってたわよ。歩き方やお辞儀の仕方までご令嬢そのもの。私は完全に騙されたわ」
実感を込めて呟くと、アルフォンソが憮然とした顔をした。
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無口で無表情の彼にしては、珍しいはっきりとした意思表示だ。別に好んで女装したわけではないと言いたかったらしい。
それにしても、いったいどうして、第二皇子本人が、噂のブーマの公爵令嬢に扮して茶話会に来ることになったのか?
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まあ、あの食えない策士である父王が一枚も二枚も噛んでいるのは間違いないだろうけれど。
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それにしても・・・
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昔から、アマリアーナは、この異母弟が気に食わなかった。
父アルメニウス一世が、皇国以外で、大切に思う唯一の存在のくせに、それが全くわかっていないこの弟が。
「だまして申し訳ありませんでした。アマリアーナ様」
躊躇いがちにかけられた言葉に、アマリアーナは振り返った。
悄然と立っている大男の頬には、まだ彼女の手の型がうっすらと残っている。
相変わらずの敬語。この人はいつになったら、自分を王女ではなく妻として扱ってくれるのだろう?
一族の長に逆らって命を懸けて守ってくれようとしたくせに。
アマリアーナはため息を吐くと夫の顔を見上げた。自らつけた跡にそっと手を触れる。
「何度も言ったように、私はあなたをお慕いしているのです。私はあなたの先妻とは違う。あなたが何であれ、受け入れてみせます」
男の視線が大きく揺らぎ、その顔がたちまち赤くなる。
仮面の辺境伯か。
たしかに、この人には仮面が必要かもしれない。為政者としては感情が顔に出過ぎる。
まあ、そこも嫌いではないけれど。
「ですので、浮気は認めません。絶対に」
いつの間にか数人の部下らしき女たちに囲まれているル・ボウに向かって宣言する。
「ル・ボウ様、たとえあなたがこの人が真に仕える主だとしても、私はあなたにこの人を渡すつもりはありません。この人は私のものですから」
ル・ボウは虚を突かれたように口を開け、真っ赤になった男を見た。それから、声を発てて笑ったのだ。
「クックックック・・・実に愛されてるようだな、イ・サンス・エドモンド・サリナス。ヘタレのお前にはもったいない嫁だ」
「母上!」
母上?
今度はアマリアーナが目を丸くする。
「翼人族は長命なんだ。ああ見えても、長は正真正銘、俺の母だ。俺は長と流浪の傭兵との間に生まれた混血なんだ」
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