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チャレンジ
しおりを挟む「せいっ!」
スインは黒ケヤキの棒を叩き付けた。
ベチャッと嫌な音を立てて潰れるモンスター。
スライムは本来打撃には強いのだが、中級とは言え、浅い階層に出現するスライムならば、レベルが8もあれば潰す事は出来る。
それくらい弱いモンスターだった。普通の冒険者はそんな事はしないのだが、魔法か魔石を突いて攻撃を加えるか、無視するのが普通であった。余程の事でもない限り。
それでもそんな知識のないスインは、喜びと初めての挑戦に舞い上がっていた。
誰に見せても恥ずかしくないと思われる髪のある喜びと、今まさに憧れもあったダンジョンに挑戦している興奮に。
だから遭遇する初めてのモンスターには手を出し、一応自分がどこまでやれるかを確認しながら進んで行った。
無敵とは言っても得物がこれでは限界はあるだろうし、出来るだけ経験値を稼ぎたいとは思うが、あまり無茶をし過ぎて死んでしまうのはもっと嫌だ。
それくらいの分別はあった。元おっさんなだけに。
ドロップアイテムの有無を確認し、魔石をアイテムボックスに収納したらまた下の階層を目指して駆ける。
初見のモンスターが居れば、鑑定で弱点を確かめ、やれると判断できれば無謀にも真っ正面から突っ込み、全体重を乗せた黒ケヤキの棒を振り下ろす。
そんなパワープレイを続けて行った。
まだ大したパワーはないので、ごり押しプレイと言うべきか。『無敵』頼りの勇敢なるレベル上げ。本人はそう思って頑張っているのだが。
歩いて2日の距離と言われたダンジョンだったが、休まず走り続けた事で1日も掛からなかった。辺りが暗くなる頃にはたどり着く事が出来た。出来てしまった。
ここまでの道程も険しいものではなく、程よく整備されていたりもした。目印となる目標物もあったので、迷う事もなくたどり着けた。
町から向かう馬車道もあったので、普通の冒険者はそちらを使う。あんな中途半端な場所から向かう者など居なかった為、誰とも出会す事はなかった。
中に入ってしまえば、ダンジョン内に外と同じ昼夜の理屈はない。ここは中級なだけに、様々な環境、仕掛けも用意されたダンジョンだが、暫くはずっと昼間のような明るさのフィールドが続く事になる。
だからそこは気にせず駆け続ける事が出来ていた。
「せいっ! せいっ! せいっ!」
どかっ どかっ どごっ
下に降りる程にモンスターは強くなる。一撃で倒せていたものが、2撃、3撃と増えて行く。
武器はこれしかないので仕方ない。
黒ケヤキというだけあってそれなりの硬度を持つ戦闘用の棒ではあったが、そこまでお高い物でもない。
恐らく、初級ダンジョンならばそれなりに活躍も出来たであろう装備であった。しかしここは中級ダンジョン。文字通り、初級よりは甘くない。
弱点が分かるとは言え、特に戦闘のプロでもなかった元おっさん。剣術も無ければ格闘術も有していなかった。幸運以外は『並』のステータスの青年。
それでも棒くらいは扱える。強く握って振り下ろすだけ。
衝撃はそれなりに返ってくるはずなのだが、無敵状態のスインには、それすら何も感じられなかった。
太刀打ち出来なくなってきたと感じたら直ぐに引き返す。そう思ってチャレンジしているのだが。もう暫くは大丈夫そうだと感じていた。
階層を降りる度に感じるモンスターの手応えが、そこまで急激ではなかったから。まだ上層階だからなのだが、そこは降りてみないと分からない。
それに、『数日間無敵で飲み食い要らず』と言うのは伊達ではなかった。飲み食いだけでなく、出るものも出なかった。もよおす事もなかった。大も小も。喉の渇きすら感じる事もなかった。
まさに、無敵。いや。無滴。
体が光っている訳ではなかったし、体当たりだけで敵が吹っ飛んで行くとか、倒せてしまうような無敵状態でもなかったが、ダメージと言われるものはスインには入らなかった。疲れもなかった。
無敵とは言え重量の概念は存在しているので、殴られればダメージは入らなくとも、その反動を受ける事にはなるのだが、今の所そんな力のあるモンスターとは遭遇していなかった。
だからスインは駆ける。
散々お世話になった二次元知識を活用し、経験値を稼ぎながら、魔石を回収しながら、ドロップアイテムを拾いながら。一応、出来る限りの警戒はしながら。
この先に恐ろしい罠が待っているとも知らずに。
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