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しおりを挟む「私を放って、ずいぶん物思いに耽っていたな。なにを考えていた?」
「あ、ごめん……」
一応あやまってみたけど、別に皇子の声に責める調子はない。
基本的に、皇子が俺に向かって不快感を投げつけてくるようなことは滅多にない。あるとしたらそれは、俺がちょっと可愛い女の子を見て鼻の下をのばしてるとき……ぐらい。
ぐへえ。いやごめんて。
だから割と、こういう女の子関連の嫉妬やらなんやらはお互い様なところがあるんだよな、実際。わかってんのよ、俺も。そのぐらいはさ。
二杯目のコーヒーが、もうすっかり冷めている。
「ええと……ちょっと、甲子園の思い出に浸ってた」
皇子、くくっと苦笑した。
「そなたはいつもそれだな」
「んだよー。いいだろ? いい思い出なんだからっ。これからだって俺、一生、何回も思い出すもんね! ぜってえ思い出すもんね!」
「それはいいが。先ほど少し、表情が曇っていたようだったから」
「……ぶほっ」
最後にひと口飲んだコーヒーに噎せそうになる。
「大丈夫か、健人」
「いや待って。そんな詳細に表情を観察されてるんですか俺。怖いんですけど?」
「当然だろう。愛する人の一挙手一投足は、いつでも詳細に見つめていたいと思うのが普通ではないのか」
「んー。どうだろね。そこまでフツーとは思わねえけど──」
「ふむ。だとしたらそやつの愛は不十分なのさ」
「しれっと言うなや、そんなこと……」
がくっと脱力する。真顔でよく言うわ。それも、こんなフツメン前にして。
そばに座ってる人がいないからいいようなもんだけど、こんなん誰かに聞かれたらって思うだけで全身から火が出るわ。
「そういえば、そろそろそなたの誕生日なのではないか?」
「はへ? あ……うん。そーだけど」
あまりにも急な話題の転換についていけねえ。
でも、そうなんだよ。俺、冬生まれ。
しかもなんちゅうか、ものすごーく微妙な日に生まれてて──
「『バレンタインデー』とやらいう日と一緒だと、姉上からお聞きしているが」
「そーそー……って出ドコロは姉貴かい!」
「そなたの情報については、彼女が逐一教えてくださるものでな。とても親切な姉上で私としては助かっている」
「いややめて……これ以上、俺の恥を展開させんのヤメテ……」
ちょっと頭かかえたくなるわ。
が、皇子はしれっとしたまま続けた。
「昔から、その日が誕生日で苦労してきたのだろう?」
「あっ、そーなんよー! もう聞いてよ、『聞くも涙、語るも涙』ってコレよ?」
だって考えてみ?
「お誕生日おめでとー」っつてプレゼント貰ったら、それは大抵チョコレートなんだって。それも、スーパーとかで大袋で安売りしてる、どっからどう見ても「義理用」のチョコ。それをクラスメートの女子から「義理と誕プレね~」なんて渡される。
年頃になって以降、俺の誕生日ってずーっとこれだった。もう悪夢だって。
家に帰って誕生日パーティをしてもらうときも、一応ケーキはケーキなんだけどチョコケーキだし。つまり、それはおふくろから親父と家族へのバレンタインチョコも兼ねているわけで。
ま、そりゃね? クリスマスや正月とかぶってるよりかはいいよ?
でもな~んか微妙じゃん。
なんかほかのイベントと一緒くたにされちゃって、俺の誕生日なんて霞みに霞んじゃってるじゃん。
「あっちでのクリスの誕生日ってさ~、さぞかし盛大だったんだろ? 俺は参加できなかったけど。やっぱり皇子だし」
「……それはまあな。一応皇族なのだし、それなりのパーティが催されるのが普通だったな。もちろん、皇太子や第二皇子ほど派手なものではなかったが」
「そーなんだ」
「ああ。だが、別にどうでもよかったな、私自身は。誕生日パーティとはいえ、あれは社交の場に過ぎない。本気で私の誕生日を祝いに来ている者などごくわずかで、要は互いの顔繋ぎと情報交換のための場だ。朝から着飾らされて窮屈だし、一日じゅう気が休まることもない。ひたすら面倒なだけだったな」
皇子、つまらなそうに遠い目をしている。
「ふーん。庶民の悩みとはまた違うけど、雅な人たちってのも大変なんだね~」
「高貴な女性はもっと大変だったろう? 何日も前から肌の手入れだの爪の手入れだのと、非常に手間ひまが掛かると聞いたぞ」
「あー。俺はあんま、そこまでパーティに参加しなかったから」
そりゃあちょびっとは参加したけど、途中から例の楽チンなシュミーズ・ドレスしか着てねえし、そうこうするうちに騎士団に入っちゃって、北壁に行っちまったし。
けど確かに、皇后陛下にお会いする日の前とかは、どえらく大変な流れだったな。何日も前から念入りに入浴させられて体にも髪にもいい香りのする香油を塗られて、頭の先からつま先まで磨き上げられた上、何百着ものドレスの中から選び抜いたドレスを買って着せられて……とか、とか。もう俺の中じゃ、すでに懐かしい話になっちゃってるけど。
「ともかく。……その日がくれば、そなたは十八。晴れて成人だな」
「んっ? ……お、おお」
おおう。
話の流れが遂にそっちへいったか……。俺がアレコレ話をそらしてんの、きっと気づいているよなあ、皇子。
その微笑みは間違いなく、気づいてるよなあ?
考えるだけで、なんかじわじわ臍のあたりがむず痒くなり、耳がじんじん熱くなっていく。
あれじゃね?
なんかこの部屋、暖房効きすぎじゃね……??
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