高校球児、公爵令嬢になる。《外伝》~初体験ってどんなものでしょう~

るなかふぇ

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 そして、バレンタインデー。
 つまり俺の誕生日当日。

「あの、栗栖クリスくんいますか」
「あのう……エノマニフィク先輩、いらっしゃいませんか」

 すでに受験勉強やらなんやらで、三年生でまともに学校に来ているメンツは多くない時期。そうなんだけど、今日限定で、皇子の周りだけは異常に人口密度が高くなっていた。

 朝も早くから、ひっきりなしに呼び出されている。
 もちろん早朝から、校門の前で呼び止められてたくさん渡されていたし、靴箱の中にも溢れるほどチョコのプレゼントが突っ込まれていた。
 そして休み時間もずっとこの調子。皇子が立っているところを先頭に、めいめいにプレゼントを手にした女の子たちの列がずらりと出来あがっている。なんか知らねえけど、「ここ最後尾でーす」ってノートを掲げて、列の最後に立って整理までしてくれてる子さえいたりして。

 クラスの男子がうんざりした目でそれを見て……いや、見てねえな。見て見ぬふりをするか、とっとと教室から離れてどっか行ってる奴がほとんど。
 わかるよ。こんなん、目の前で見せられたら傷つくもんな。たとえバレンタインデーとはいえ、「義理チョコ」のひとつもいただけない悲しい身の上じゃそうなるわ。
 俺にもよーくわかるぜ、その気持ち。「涙がちょちょぎれる」ってコレよ! マジで。

「あ、田中。今日、誕生日だったよね~。んじゃこれ、『義理と誕プレ』ねっ」
「お、おう。サンキュな」

 去年同じクラスだった陽キャ女子から、例によって大袋入りの十円チョコを一個だけ、ぽいといただく。俺の学校でのバレンタインと誕生日イベントはこれで終了。ま、毎度のこった。
 そいつをすぐにぽいと口に放り込んで咀嚼しながら、教室のすぐ外にできている「クリス王子推し」の列をぼんやり眺める。

「……はあ」

 つきんと胸が痛む。
 なんかヤだな。やっぱり。
 別に公表してるわけじゃねえけど──ってか、「内緒にしようぜ」って言ったのは俺だけど──お前はもう、俺と付き合ってる人でしょうがよ。なーんか微妙。
 いくら秘密にしてるって言っても、ちょっとぐらい断ってくれりゃあいいんじゃね? すぐそばに恋人がいるっつーのに、あんな綺麗な笑顔で応対して「ありがとう」まで言って、丁寧に全部受け取ってあげるこたあねえんじゃね……??

「あーあ。カッコわる」

 いや、自分がな。
 「お前と付き合ってること、公表したくねえ」とか言っときながら、こんなことでしっかり嫉妬してる自分が、カッコ悪すぎて泣けてくるわ。
 この時間だと、いつもはとっくに腹が減って早弁してんだけど、今日はそんな食欲もねえ。まあ部活してねえのも大きな理由なんだけどな。
 のそっと立ち上がり、背後の大騒ぎを敢えて無視して、俺は屋上に退避した。
 屋上では、冬らしい寒風がぴゅうぴゅう吹いてた。
 現クラスの男子と、前に同クラスだった男子、それに野球部のメンツが数名ずつ、半笑いで座り込んでいる。

「おー。田中ぁ。お前も来たかー」
「ん? みんなもいたのね」
「そりゃそうだべ? あんなん見せつけられたら溜まったもんじゃねえだろ」
「寂しい男どうし、傷をなめ合おうぜ、慰め合おうぜ~」

 この寒いのに、大変だなあ。
 そんでもあの教室の近くには居たくねえんだよな。わかるわー。
 ま、俺のはちょっとばかし理由が違うけどな。

「予想通りだったけど、やっぱすげえな、王子人気」
「顔よし、頭よし、スポーツよし。しかも高身長で実家も太いとくりゃあなあ」
「しかもこの間、いいとこの大学に受かったんだろ? 私立だけど、有名校じゃん」
「そーそー」
「今からツバつけときたい女子もさぞ多かろうってもんよ。あーあ、洋モノのイケメンってだけですげえアドバンテージなのによ~。いいよなあ、生まれのいい奴は」
「そ……そんな言い方すんなよ」
「は? なんだよ田中あ」

 つい口を出したら、一部のやつから睨まれた。
 「おい、やめろよ」って言ってくれてる奴もいるけど、そいつは構わず食って掛かってきた。

「そりゃお前は、あいつが入って野球部が甲子園でいいとこまでいって、恩があんのはわかるけどさ。いいだろ別に。本人がいる前で悪口言ってるとかじゃねえんだからさー」
「う。……で、でも、陰でこんなん言われたら、俺だったら嫌だもん」

 それに、陰で言ったら陰口じゃん!
 とかなんとか思いつつ、そう言ってる俺の声はどんどん尻すぼみになった。
 気持ちがわかるだけに、強くは言えねえ。
 だけどやっぱり、クリスの悪口なんて聞きたくねえ。あいつだって別に、嬉しくてチョコレートを受け取ってるわけじゃねえってわかってるし。

 だって本命は……お、俺──なんだしさ。

「あ。そーいやあ今日、誕生日なんだったな? 健人」

 野球部のやつがふと思い出したように言って、息巻いてたやつが「ん? そうなのか」って矛をおさめた。顔に大きく「そりゃ気の毒に」って書いてある。ま、悪い奴じゃねえんだよな。根本的に。

「そりゃおめでとー」
「これで田中も成人か~」
「成人ったって、別に全然変わんねえし。そんな気しねえよなー」
「ああ……うん。だよなー」

 うはははは、と座が笑いに変わってほっとする。
 ──でも。

 本当は俺、朝からずーっとドキドキしてた。
 カバンの中には、ちゃんとだって入ってるし。
 ああいう売り場に行ったのはじめてで、めちゃくちゃテンパって、売り子さんにちょっと笑われちゃったりして。

(……でも。ちゃんと渡さなきゃな)

 そう心に決めたとき、三限目の始まるチャイムが鳴った。
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