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しおりを挟む──明日は、土曜日。
つまり、今夜は泊まり……ってことなんだよな?
ってそれ、どーゆーこと?
……す、すすすす、スルの……?
アレを?
えええ、マジっすか。
ほんとのほんとにマジっすか……???
食事が終わるころには、すでに俺の心臓は相当やかましくなっていた。
最後のデザートである苺のシャーベットみたいなのが出され、香りのいいコーヒーと一緒にいただいていても、なんとなく尻が椅子に落ち着いてくれない感じ。
ばっくんばっくん。
ばっくんばっくん。
ああ。ほんっとやかましいわ!
(てか、ほんとに皇子、俺とすんの……? この皇子が? この俺と……??)
というか、やり方とかわかってんのか? マジで。
(いやそーじゃなくって!)
あああ、ほっとくとどんどん思考が変な方へ突っ走っていくう!
そんな俺の内面なんか素知らぬ顔で、皇子は例のブラックカードで会計を済ませ、余裕の表情で立ち上がった。
「そろそろ出ようか」
「え、あ、うん……」
いつもとまったく変わらない平静な表情。これだと逆に感情が読めねえんだわー。
何を考えてるんだ、こいつ……?
懸命にその表情の裏を探ろうとするけど、すべての努力が虚しい感じ。
またもやほとんど手を引かれていくみたいな状態で、高級フレンチレストランをあとにする。
ゆっくりとエレベーターホールまで歩いてからふと立ち止まり、皇子は微笑みながら俺の方を振りむいた。
「一応、部屋は取っておいたんだが。……どうする? 健人」
「ひょえあわっ……」
やっぱり変な声が出ちゃった。
そしてやっぱりなのか皇子!
「ど、どどどどうするって──」
キョドりすぎてる俺をじっと見つめて、皇子は苦笑し、ひとつ息をついた。
「『一応』と言っただろう。そなたに無理をさせる気はないんだ」
「え……」
「そなたが成人した暁には、その日、その夜を最高のものにしたいと思っていた。ずっと」
「……うん」
「それは、そなたが不快に思うことを無理強いすることではない。決して。そなたにも、『最高の一日だった』と思ってほしいからだ」
「う、うん……ひょわっ!?」
隣から、そっと手を握られてビクンッと跳ねてしまう。うう、カッコわる!
「ともに夜を過ごすことが、それだけを意味するものではないしな。私は今夜、そなたと一緒にいられるだけでも満足なんだ」
「えー? そ、そんなことってある……?」
「もちろんあるとも」
「えー……?」
「美しい夜景を見て、美味いものを食べ、飲み、話をして一夜を過ごす。眠くなれば静かに眠る。それだけでも、そなたとの『はじめて』の多くは満たされる。そうじゃないか?」
いや、そんな爽やかな笑顔で言われちゃうと困るわ。
なんかこっちが色々勝手にシモのほうに気を回しちゃってるみたいじゃん!
あんただって、なんだかんだ言っても健康な若い男子だろ。同じ男子として、そこはちょいと信用ならねーなあ、とは思う。それは当然のことだろ?
まあこの人の忍耐力の凄まじさについては、あっちの世界で十分に証明済みだけどさ。
「そんなに私は信用されていないのか。まあ、それは私の責任だな。仕方がない」
「え、いや……」
「では、帰ろうか」
「はあっ?」
でかい声を出したとたんに、エレベーターの扉がすうっと開いた。中にいたボーイさんがぺこっと頭を下げる。
「ご利用ありがとうございます、お客様。どちらの階へおいででしょうか」
別にこのエレベーター付きの人ってわけじゃないんだろうけど、お客がいれば案内することになってるのかも。
「ああ。エントランスホールまで──」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったあ!!」
なんかのテレビ番組で聞いたみたいなセリフをぶちあげてしまってから、皇子とボーイさんの微妙な視線を浴びていることに気づく。
全身が一瞬で熱くなった。
「あ、あわわわ、そーじゃなくて、ええっと──」
扉の「開」ボタンを押したまま続く言葉を待っているボーイさん。
怪訝な顔のままの皇子。
「えっと……そうじゃなくって」
もうしどろもどろ。
でも俺は最終的に、やっとのことで言った。
「こっ……こいつが予約してる部屋の……ある階まで。お願い、しゃッス」
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