12 / 195
第二章 陸の国と海の国
4 訪問者
しおりを挟む
「何をそのようにいきり立っておるのだ」
「何をではございませぬ!」
瑠璃は自分よりも濃い青紫色をした瞳を燃え上がらせて、きっと兄を睨んだ。
自分よりも八年ばかり遅く生まれたこの第二皇子を、父の群青はことのほか可愛がっている。
気はやや荒くて短慮なところもなきにしもあらずだが、それを補って余りあるこの美貌だ。肌の色は透けるように白く、青や紺を基調とした瞳や髪も美しい。胸にさがった真珠の飾りの両側にちらりと見える桜貝色の胸の突起が、時にひどくなまめかしく見えることもある。
腰から下は、やはり藍色のつややかな鱗に覆われた美麗な魚の尾になっていた。
「先日、あの《天井》に赴かれたのみならず……今度はそちらへ、《変貌》してまで参られるというのは本当ですかッ!」
「……だれに聞いた」
声を低めてじろりと睨めつけただけで、弟はびくっと背筋を強張らせた。自分の姿と声にそれだけの迫力があることを、玻璃は十分に弁えている。
周囲に視線を走らせると、奥へさがったはずの手下の文官、武官の数名が、仕切りの玉簾の向こうで肩を竦め、視線を落としたのが目に入った。
(しょうのない奴らめ)
この弟が可愛い顔をして「お願いだ、どうか教えて」と泣きすがれば、大抵の者はすぐに陥落してしまう。海皇の寵愛めでたい皇子であるのもさることながら、この美貌と愛らしさだ。なかなか、その懇願に抗うことは難しかろう。
どうせ、反対してくることは分かり切っていた。わざわざ秘密にしようとまでは思っていなかったが、敢えて知らせなかったのも事実だったというのに。
玻璃は敢えて鷹揚な微笑みをうかべると、穏やかな顔に戻って美しい弟の顔を見つめた。
「……もう決めたことだ。父上の許可も頂いている」
「ま、まさか。そのような……!」
激昂した弟がまたきゃんきゃん吠えだす声を、玻璃はもうまるで聞こえていないかのように右から左へと聞き流した。
そうだ。
もう決めた。
自分はもう一度、あの青年に逢いに行くのだ。
◆
不思議な訪問者がやって来たのは、ユーリがあの危険な長旅から帰還して、ほんの数日後のことだった。
「殿下。その……」
非常に言いにくそうにしながら現れたユーリの部屋付きの警備兵は、かなり困った顔でこう言ったのだ。
「お心当たりがおありでなければ、大変申し訳ないことにございまするが。ええ、その……」
「なんだい? 早く言ってくれ。せっかくの、ロマン自慢の紅茶が冷めてしまうよ。そうなっては可哀想だから」
それはちょうど、午後のお茶の時間だった。ロマンがユーリの大好きな茶菓子を準備し、熱々の紅茶を注いで、いざ味わおうとした矢先のことだった。
ロマン少年は努めて表情を動かさぬように頑張っていたが、それでも十分不快そうに見えた。実はこの少年、紅茶には一家言ある人なのだ。
茶葉の状態、蒸らしの時間、カップそのほか茶器の温度。その日の気温や湿度によっても紅茶の味は変わってしまう。そこを読み切って、常に最高の味のものをユーリに供することがこの少年の至上の喜びらしいのだった。
「あ、申し訳もございませぬ。ええ、その……。先ほど、城門前に奇妙な男が現れまして」
「男……? それが?」
そんなもの、普段ならユーリに話が来る道理のものではない。城内の人間に約束のある者なら承認印の捺された証書や手形を持参しているはずだ。それがない者は門前払いが普通である。
そもそも一国の王子を名指しで訪ねてくるなど、常識では考えられない。
それでもこの話がユーリまで回って来たという時点で、これはかなりの椿事だった。
「どんな男なのだ? 風体は」
「は。それが、その……非常な巨躯の男なのです。なにやらおかしなほど堂々としておりまして。長い銀髪に紫の瞳。肌色はやや黒く──」
「えっ?」
(銀髪に……紫の瞳だと?)
言葉の途中で、もうユーリは椅子から半分腰を浮かしていた。
「ま、まて。ええっと……」
頭が混乱する。口の中が一気に水分を失ったのが如実に分かった。
(まさか。まさか……!?)
「そ、その男……何か申していなかったか? 私に、なにか」
「あ、はい」
警備兵はぴしっと踵をつけて、いつもの言上する姿勢を取った。
「殿下に、る、『【ルサルカ】と伝えてくれればよい』と申しておるそうですっ!」
(……!)
その途端。
椅子がガタンと、派手な音を立てて床に倒れた。もちろんユーリが倒したものだ。
それを振り向くこともせず、もうユーリは駆け出していた。
「あっ! 殿下……!」
ロマン少年の声が、はるか後方から聞こえてきていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさかの、ロマン=杉下右〇説が浮上してみたり……(笑)。
「何をではございませぬ!」
瑠璃は自分よりも濃い青紫色をした瞳を燃え上がらせて、きっと兄を睨んだ。
自分よりも八年ばかり遅く生まれたこの第二皇子を、父の群青はことのほか可愛がっている。
気はやや荒くて短慮なところもなきにしもあらずだが、それを補って余りあるこの美貌だ。肌の色は透けるように白く、青や紺を基調とした瞳や髪も美しい。胸にさがった真珠の飾りの両側にちらりと見える桜貝色の胸の突起が、時にひどくなまめかしく見えることもある。
腰から下は、やはり藍色のつややかな鱗に覆われた美麗な魚の尾になっていた。
「先日、あの《天井》に赴かれたのみならず……今度はそちらへ、《変貌》してまで参られるというのは本当ですかッ!」
「……だれに聞いた」
声を低めてじろりと睨めつけただけで、弟はびくっと背筋を強張らせた。自分の姿と声にそれだけの迫力があることを、玻璃は十分に弁えている。
周囲に視線を走らせると、奥へさがったはずの手下の文官、武官の数名が、仕切りの玉簾の向こうで肩を竦め、視線を落としたのが目に入った。
(しょうのない奴らめ)
この弟が可愛い顔をして「お願いだ、どうか教えて」と泣きすがれば、大抵の者はすぐに陥落してしまう。海皇の寵愛めでたい皇子であるのもさることながら、この美貌と愛らしさだ。なかなか、その懇願に抗うことは難しかろう。
どうせ、反対してくることは分かり切っていた。わざわざ秘密にしようとまでは思っていなかったが、敢えて知らせなかったのも事実だったというのに。
玻璃は敢えて鷹揚な微笑みをうかべると、穏やかな顔に戻って美しい弟の顔を見つめた。
「……もう決めたことだ。父上の許可も頂いている」
「ま、まさか。そのような……!」
激昂した弟がまたきゃんきゃん吠えだす声を、玻璃はもうまるで聞こえていないかのように右から左へと聞き流した。
そうだ。
もう決めた。
自分はもう一度、あの青年に逢いに行くのだ。
◆
不思議な訪問者がやって来たのは、ユーリがあの危険な長旅から帰還して、ほんの数日後のことだった。
「殿下。その……」
非常に言いにくそうにしながら現れたユーリの部屋付きの警備兵は、かなり困った顔でこう言ったのだ。
「お心当たりがおありでなければ、大変申し訳ないことにございまするが。ええ、その……」
「なんだい? 早く言ってくれ。せっかくの、ロマン自慢の紅茶が冷めてしまうよ。そうなっては可哀想だから」
それはちょうど、午後のお茶の時間だった。ロマンがユーリの大好きな茶菓子を準備し、熱々の紅茶を注いで、いざ味わおうとした矢先のことだった。
ロマン少年は努めて表情を動かさぬように頑張っていたが、それでも十分不快そうに見えた。実はこの少年、紅茶には一家言ある人なのだ。
茶葉の状態、蒸らしの時間、カップそのほか茶器の温度。その日の気温や湿度によっても紅茶の味は変わってしまう。そこを読み切って、常に最高の味のものをユーリに供することがこの少年の至上の喜びらしいのだった。
「あ、申し訳もございませぬ。ええ、その……。先ほど、城門前に奇妙な男が現れまして」
「男……? それが?」
そんなもの、普段ならユーリに話が来る道理のものではない。城内の人間に約束のある者なら承認印の捺された証書や手形を持参しているはずだ。それがない者は門前払いが普通である。
そもそも一国の王子を名指しで訪ねてくるなど、常識では考えられない。
それでもこの話がユーリまで回って来たという時点で、これはかなりの椿事だった。
「どんな男なのだ? 風体は」
「は。それが、その……非常な巨躯の男なのです。なにやらおかしなほど堂々としておりまして。長い銀髪に紫の瞳。肌色はやや黒く──」
「えっ?」
(銀髪に……紫の瞳だと?)
言葉の途中で、もうユーリは椅子から半分腰を浮かしていた。
「ま、まて。ええっと……」
頭が混乱する。口の中が一気に水分を失ったのが如実に分かった。
(まさか。まさか……!?)
「そ、その男……何か申していなかったか? 私に、なにか」
「あ、はい」
警備兵はぴしっと踵をつけて、いつもの言上する姿勢を取った。
「殿下に、る、『【ルサルカ】と伝えてくれればよい』と申しておるそうですっ!」
(……!)
その途端。
椅子がガタンと、派手な音を立てて床に倒れた。もちろんユーリが倒したものだ。
それを振り向くこともせず、もうユーリは駆け出していた。
「あっ! 殿下……!」
ロマン少年の声が、はるか後方から聞こえてきていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさかの、ロマン=杉下右〇説が浮上してみたり……(笑)。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる