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第六章 陸の王子たち
4 口減らし
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そこからの日々は、ほとんど飛ぶように過ぎていった。
ユーリは親善使節の皆とともにあのエイのような飛行艇に乗せられ、玻璃たちに案内されて、海底皇国のあちらこちらを次々に視察させてもらった。
巨大な珊瑚のように見える滄海の建造物は、ひとつひとつがアルネリオが従えているちょっとした小国ほどの広さを持っている。区画によって、それが広大な農園になっていたり、何かの工場群になっていたり、民たちが暮らす居住区画になっていたりした。
居住区は全体に緑が多く、ゆったりとしていて、とても暮らしやすそうに見えた。子どもを連れた家族連れらしい人々が、ときおり楽しげに行きかう姿も見られた。
農園も工場も、多くは《エーアイ》による制御で稼働している。必要な人員は最小限ですむようになっており、親の農作業を手伝うためだとか、あるいは貧しさのために子供が教育の機会を奪われることはないそうだ。子供は社会全体で育てていかねばならぬもの。この思想が徹底されているのだという。これもまた、アルネリオの実情とは大違いだった。
地面を照らす人工太陽は、地上とまったく同じペースで昇り、沈むように設定されている。夜は星と人口の月が夜空を彩り、背景には深海の生き物がふわふわと泳ぐという、幻想的な景色が広がるのだった。
「うわあ……。本当にきれいですねえ、ここは」
ユーリが飛行艇の外を見てうっとりとそう言うと、隣に座った玻璃が自然なしぐさで肩を抱きよせて微笑んだ。
「すべて人工的なものゆえ、どうしても限界はあるのだがな。それでもなんとか、民らが人としてあまり不自然な生き方にならぬようにと、細かな配慮はしてあるわけだ。一応きちんと、四季もある」
「へえ……」
「農作物もそうだ。ただひたすらに良い天気と適度な雨が降るだけでは、やがて弱いものしか育たぬようになっていく。不思議なことに、病気も増えるし、味も落ちる。だから時には人工的に嵐を起こし、農作物にも喝を入れる。まあ、大きな被害の出ぬ程度にだが」
「なるほど……」
そうやってさまざまな地域を見て回りながら、玻璃はときどきにユーリに今後のことを説明してくれていた。
とりわけ、アルネリオの庶民たちのことをである。
中でもユーリが驚いたのは、このことだった。
「えっ。不治の病を治してくださるのですか? こちらの民たちの……?」
「当然だ。もちろん、こちらでもいまだに治療法が確立していない病もあるので、すべて治せるわけではないのだがな」
玻璃はゆったりと微笑んだ。
「本来であればきちんとした教育を受け、自分の能力を生かして働くこともできるはずの人々を、ただむざむざと寝台にしばりつけておく意味はないであろう。それは価値ある宝石を、わざわざ砂漠に放り出すようなものだ。そうではないか?」
「……そ、そうですね」
「こう申し上げてはなんなのだが。逆に、そちらではいまだに、そうした障害のある子らや老人たちを口減らしする文化が残る地域もあるのだとか。それはまことなのだろうか」
「あ。は、はい……」
ユーリは思わず目を伏せた。
ごくごく貧しい地域では、いまだにそうした習慣が残っていると聞いている。本来であれば、生まれてくる男女の比率は同じほどであるはずだ。それなのに、実際は男子のほうがはるかに多い。田舎の貧しい地域に行けばいくほどそうなっていく。それそのものが、悪習がいまだに残っていることの証左であろう。
玻璃は困惑しているユーリの表情をしばらく見つめていたが、やがて窓外の遠くを見やって、ゆっくりと言った。
「そうした悲劇は、できれば避けるのが国のためにもよかろうと思う。先々のことを考えれば、なおのことな」
「はい……。そうですね」
「ユーリ殿」
「は、はい」
玻璃の目がいっそう真剣な色になって、ユーリは思わず姿勢を正した。
「よろしいか。人はすなわち、国の宝だ。人材こそは、国の礎。そなたも一国の王子たる者なれば、努々お忘れのなきように」
「はい……。必ず」
ユーリも真摯な声で応じた。
背筋が伸びる思いがした。
帝国アルネリオの国内では、生まれつき目が見えなかったり足が立たなかったりする子供は、闇から闇へ葬られていると聞いている。とりわけ貧しい農村部では顕著なのだと。惨いことには違いない。だが、無理もない話なのだ。
痩せた土地しか与えられない貧しい人々にとって、仕事の役にもたたない者を食べさせておく余裕などない。その子に食べさせるものがあるのなら、労働力になる別の子供に食べさせたいと思うのは当然の理なのである。背に腹は替えられない。
苦渋に満ちたものになったユーリの顔を、玻璃は相変わらず泰然とした表情のまま、ゆるりと微笑んで覗きこんだ。
「ユーリ殿」
柔らかく肩を抱き、そっと耳に口を寄せられる。
それだけで、びっくりするほどぞくぞくと背筋を何かが駆け抜けた。
(ダメだ、ダメだ。何を考えているんだ、私は……!)
必死で自分を叱咤する。
玻璃の唇は、ほとんど口づけをせんばかりの距離でユーリの耳に囁いた。
「実はあなたにはその件で、大いにお力になって欲しいことがあるのだが。いかがだろうか」
「えっ? 私が、ですか……?」
強い光を放つ瞳で至近距離から見つめられ、ユーリはきょとんと眼を丸くした。
ユーリは親善使節の皆とともにあのエイのような飛行艇に乗せられ、玻璃たちに案内されて、海底皇国のあちらこちらを次々に視察させてもらった。
巨大な珊瑚のように見える滄海の建造物は、ひとつひとつがアルネリオが従えているちょっとした小国ほどの広さを持っている。区画によって、それが広大な農園になっていたり、何かの工場群になっていたり、民たちが暮らす居住区画になっていたりした。
居住区は全体に緑が多く、ゆったりとしていて、とても暮らしやすそうに見えた。子どもを連れた家族連れらしい人々が、ときおり楽しげに行きかう姿も見られた。
農園も工場も、多くは《エーアイ》による制御で稼働している。必要な人員は最小限ですむようになっており、親の農作業を手伝うためだとか、あるいは貧しさのために子供が教育の機会を奪われることはないそうだ。子供は社会全体で育てていかねばならぬもの。この思想が徹底されているのだという。これもまた、アルネリオの実情とは大違いだった。
地面を照らす人工太陽は、地上とまったく同じペースで昇り、沈むように設定されている。夜は星と人口の月が夜空を彩り、背景には深海の生き物がふわふわと泳ぐという、幻想的な景色が広がるのだった。
「うわあ……。本当にきれいですねえ、ここは」
ユーリが飛行艇の外を見てうっとりとそう言うと、隣に座った玻璃が自然なしぐさで肩を抱きよせて微笑んだ。
「すべて人工的なものゆえ、どうしても限界はあるのだがな。それでもなんとか、民らが人としてあまり不自然な生き方にならぬようにと、細かな配慮はしてあるわけだ。一応きちんと、四季もある」
「へえ……」
「農作物もそうだ。ただひたすらに良い天気と適度な雨が降るだけでは、やがて弱いものしか育たぬようになっていく。不思議なことに、病気も増えるし、味も落ちる。だから時には人工的に嵐を起こし、農作物にも喝を入れる。まあ、大きな被害の出ぬ程度にだが」
「なるほど……」
そうやってさまざまな地域を見て回りながら、玻璃はときどきにユーリに今後のことを説明してくれていた。
とりわけ、アルネリオの庶民たちのことをである。
中でもユーリが驚いたのは、このことだった。
「えっ。不治の病を治してくださるのですか? こちらの民たちの……?」
「当然だ。もちろん、こちらでもいまだに治療法が確立していない病もあるので、すべて治せるわけではないのだがな」
玻璃はゆったりと微笑んだ。
「本来であればきちんとした教育を受け、自分の能力を生かして働くこともできるはずの人々を、ただむざむざと寝台にしばりつけておく意味はないであろう。それは価値ある宝石を、わざわざ砂漠に放り出すようなものだ。そうではないか?」
「……そ、そうですね」
「こう申し上げてはなんなのだが。逆に、そちらではいまだに、そうした障害のある子らや老人たちを口減らしする文化が残る地域もあるのだとか。それはまことなのだろうか」
「あ。は、はい……」
ユーリは思わず目を伏せた。
ごくごく貧しい地域では、いまだにそうした習慣が残っていると聞いている。本来であれば、生まれてくる男女の比率は同じほどであるはずだ。それなのに、実際は男子のほうがはるかに多い。田舎の貧しい地域に行けばいくほどそうなっていく。それそのものが、悪習がいまだに残っていることの証左であろう。
玻璃は困惑しているユーリの表情をしばらく見つめていたが、やがて窓外の遠くを見やって、ゆっくりと言った。
「そうした悲劇は、できれば避けるのが国のためにもよかろうと思う。先々のことを考えれば、なおのことな」
「はい……。そうですね」
「ユーリ殿」
「は、はい」
玻璃の目がいっそう真剣な色になって、ユーリは思わず姿勢を正した。
「よろしいか。人はすなわち、国の宝だ。人材こそは、国の礎。そなたも一国の王子たる者なれば、努々お忘れのなきように」
「はい……。必ず」
ユーリも真摯な声で応じた。
背筋が伸びる思いがした。
帝国アルネリオの国内では、生まれつき目が見えなかったり足が立たなかったりする子供は、闇から闇へ葬られていると聞いている。とりわけ貧しい農村部では顕著なのだと。惨いことには違いない。だが、無理もない話なのだ。
痩せた土地しか与えられない貧しい人々にとって、仕事の役にもたたない者を食べさせておく余裕などない。その子に食べさせるものがあるのなら、労働力になる別の子供に食べさせたいと思うのは当然の理なのである。背に腹は替えられない。
苦渋に満ちたものになったユーリの顔を、玻璃は相変わらず泰然とした表情のまま、ゆるりと微笑んで覗きこんだ。
「ユーリ殿」
柔らかく肩を抱き、そっと耳に口を寄せられる。
それだけで、びっくりするほどぞくぞくと背筋を何かが駆け抜けた。
(ダメだ、ダメだ。何を考えているんだ、私は……!)
必死で自分を叱咤する。
玻璃の唇は、ほとんど口づけをせんばかりの距離でユーリの耳に囁いた。
「実はあなたにはその件で、大いにお力になって欲しいことがあるのだが。いかがだろうか」
「えっ? 私が、ですか……?」
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