ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第六章 陸の王子たち

5 帰還

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 ユーリたちが本国に帰還したのは、それから数日後のことだった。
 行ったときと同様、例の飛行艇に乗せられて、あっというまに何千キロメートルの距離を飛ぶ。
 親善使節の面々と共に、玻璃もついてきてくれた。
 前回と同様、あの高原に《エイ》が降り立つと、むっつりした瑠璃皇子を中心にして、海底皇国の親善使節と、それを取り囲むアルネリオの兵士の一団が見えた。
 今回はなぜか、イラリオンだけでなく皇太子セルゲイまで同行してきている。まずそのことに驚いて、ユーリは目を丸くした。

(ど、どういうことなんだ……?)

 どういうわけか二人の兄は、どちらもなにやら熱い視線で瑠璃皇子を見つめている……ような、気がする。ユーリが不在の間に、いったい何があったというのか。
 当の瑠璃はと言えば、相変わらず氷のような冷たさと拒絶の意思を全身で表現している。美しい紺の瞳は相変わらず冷ややかだった。しかしユーリに対してだけは、そこに紛れもない憎悪の色が閃いていた。
 瑠璃皇子の殺気の度合いは、玻璃が最後にユーリの腰を抱きよせて「ではまた、近いうちに」と頬に口づけをしてくれたときに最高潮に達したようだった。もしも眼光に物理的な力があるのなら、ユーリの体などとっくに八つ裂きにされていることだろう。

「はい、玻璃殿。……どうか本当に、近いうちにお逢いできますように」
「無論のことだ。つぎ逢うときは、俺がそなたをめとるとき。どうかその心づもりでいてくれ。託した文書は、必ずお父君にお渡しをな」
「はい……。必ず」

 名残惜しくてたまらないが、瑠璃の手前、あまりそれを表に出すわけにはいかなかった。胸元に入れている、玻璃から預かった父あての文書をそっと上から抑えて確認する。
 自分には、使命があるのだ。
 玻璃に託された大事な使命。
 それは我が国の弱い人々を救うための大切な仕事になるはずだった。
 ユーリがしっかりと頷いて見せると、玻璃もまたにこっと笑って頷きかえした。
 そして最後に、その豊かな胸元に思い切り抱きしめてくれた。
 さらに額に、髪にと口づけが降りてくる。

「愛している。……これにて、しばしのお別れだ」
「はい……。私も。玻璃殿……」

 ちょっと涙ぐみそうになるのをこらえながら、ユーリは胸の痛みをおさえ、やっとのことで玻璃の胸から自分の体を引きはがした。
 腕から、背中から、指先から、玻璃の体温が消えていく。なんだかそれだけで胸に穴があいたような気持ちになる。しかし、ユーリは唇をきゅっと噛んで、にっこりと笑って見せた。

「では……また」
「ああ。くれぐれも達者でな」

 互いの中間地点まで来て、ユーリは一度立ち止まり、こちらに向かって同様に歩いてきていた瑠璃に丁寧に一礼をした。が、瑠璃のほうでは前回同様、こちらを一顧だにしないまま、玻璃の待つ飛行艇の方へさっさと歩いて行っただけだった。

(相変わらずでいらっしゃるのだな……瑠璃どの)

 その背を見送っていたら、向こう側にいる玻璃が「すまぬ」と口の形だけで言い、顔の前で拝むように片手を上げて苦笑した。
 ユーリは思わず微笑んだ。今にも寂しさに塞がりそうになっていた胸の奥が、ほっこりと温かみを取り戻す。そうして気を取り直して前を向くと、兄たちの待つ場所へとゆっくりと歩いていった。





 ユーリが何に驚いたといって、アルネリオ宮の人々の彼に対する態度の豹変以上のものはなかっただろう。
 兄たちはさほど変わらなかったけれども、それ以外の者たちががらりと変わった。ほとんど手のひらを返すに等しかった。

「おかえりなさいませ、ユーリ殿下」
「我ら一同、みな首を長くしてお待ち申し上げておりました。まこと、ご無事でなによりにございました」
「長旅、さぞやお疲れになりましたでしょう。ささ、湯殿の準備も整っておりますれば」
「いやいや、まずはお食事を。殿下のお好きな料理をたんと、準備させておりますれば──」

 これまでであれば、表面上はにこやかでも腹の底ではユーリを見下し、陰で散々におとしめていたはずの臣下たち。そんな者どもが、満面に笑みを貼りつかせ、揉み手をせんばかりにして、ユーリへの貢物を手に、我先にとにじり寄ってくる。下にも置かぬ扱いとは、まさにこのことだった。
 帰還したユーリを迎えたアルネリオ宮は、一時、ユーリに群がる貴族たちでおおわらわになってしまった。
 もちろん、どれも今までユーリに対してこんなご機嫌うかがいなどしたこともない面々だ。
 ユーリはただただ呆気にとられ、皆に囲まれているばかりだったが、隣にいるロマンはもう、いけなかった。彼らのにやにやしたお追従顔を見た瞬間から、完全に怒り心頭である。

「まったく……まったく、腹立たしいっ! なんですか、あやつらのあの顔は! 厚顔無恥にも程がありますっ……!」

 ロマンがそう叫んだのは、ようやくユーリの私室に戻り、扉を守る衛士に「王族以外の訪問者は取り次ぎ無用」と申しつけ、黒鳶と三人になった途端のことだった。少年はもう、髪の毛を逆立てんばかりの形相で地団太を踏んでいる。
 凄まじい顔で怒っているのに、その目にはきらきらと光るものが浮かんでいた。もう悔しいやら情けないやらで、感情をコントロールできないらしい。

「なんって、醜き奴儕やつばらなのでありましょう。殿下のお立場が変わったとたんに、あの小憎らしいしたり顔! 全員その場に雁首を並べさせて、面の皮をひっぺがしておやりになればよかったのに!」
「お、おいおい……」

 ユーリはちょっと肩を落として苦笑した。

「そう言ってやるなよ、ロマン。仕方のないことだろう。私の覚えがめでたくなれば、今後、海底皇国からの援助そのほかも手厚くしてもらえるかも知れぬ。なにも彼らだって、別にああしたくてしているわけではあるまいし」
 まあ、さすがに「恥を知らぬ御仁たちだな」とは思うけれども。が、そんなことをちらりとでも洩らしたりすれば、ロマンの怒りに油を注ぐばかりだ。ユーリは敢えて口をつぐんだ。
「だからこそ問題なのですっ! 殿下はお人が好すぎまする!」
 ロマンはまだ真っ赤な顔で憤慨している。
「少しはお怒りになられませ。あれは結局、殿下を馬鹿にしているのと同じこと。いえむしろ、以前より悪うございます。ひどすぎるではありませぬかっ!」
「まあ、そう興奮するな。あまり怒ると体に障るぞ。せっかく故国に戻って来たのに、体を壊したのではしょうがない」
「でっ、でも……!」
 ユーリはまるで「どうどう」と馬でもなだめるようにして、柔らかく少年の背中をたたいた。
「そなたが体を壊したら、そなたのお父上やお母上に顔向けできない。頼むから、どうかもう少し心穏やかに過ごしておくれ。私のために。な? ロマン」
「う、ううう……」

 なんともしれない顔でロマンがまだ体を震わせているところへ、外にいる衛士から声が掛かった。

「皇帝陛下のお成りです」
「えっ? 父上……!?」

 ユーリは慌ててソファから立ち上がった。
 衛士の先触れの通り、さっと開かれた扉から、父、エラストが入って来た。


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