60 / 195
第六章 陸の王子たち
6 歓待
しおりを挟む「えっ? 父上……!?」
ユーリは慌ててソファから立ち上がった。
衛士の先触れの通り、さっと開かれた扉から、父、エラストが入って来た。
「おお、ユーリ。よく戻ったな」
ユーリの目の前まで颯爽とやってきたエラストは、かなり上機嫌に見えた。王宮で普段着用している軍装に、白いマントの出で立ちだ。そのまま足早にユーリに近づき、両腕でぎゅっと抱きしめてくれる。父の方がやや背は低いが、その分厚い体に抱かれると、やっぱり安堵するものがあった。
「も、申し訳ありません、父上……。まだこんな旅装のままで。着替えが済み次第、すぐにこちらから参上するつもりだったのですが」
「なに、構わぬ構わぬ」
戸惑った息子の顔を見て、父は片手をあげ、明るく破顔した。
「どこの世界に、可愛い息子の帰還を喜ばぬ父があろうか。すっ飛んで来て当然ではないか。しかもこの度、そなたはなによりの僥倖をわが国にもたらしてくれた。そなたはわが国とかの国との大いなる架け橋となる者なのだ。歓待せずしていかにせん」
「い、いえ……。私など、さほどのことは何も」
恐縮するユーリを促して、エラストはどかりとソファに腰をおろした。ユーリもその隣に遠慮がちに座り込む。
ちょっと呆気にとられていたロマンが、慌てて茶菓の準備を始めたが、父はそれを待たずに口を開いた。
「長旅、まことにご苦労であった。玻璃殿とそなたの婚儀の件は、こちらの御前会議でも十分に吟味しておったところだぞ」
「は、そうですか。それで……?」
恐るおそる顔色を窺うが、父は相変わらずにこにこと楽しげなままだった。
「結論から申せば、『応』である」
「ほんとうですか……!」
ユーリがぱっと顔を輝かせると、エラストの笑みはやや複雑そうなものに変わった。傍で茶器の準備をしているロマンと、隅で片膝をついたままの黒鳶が一瞬だけ目を見かわす。ロマンは明らかに嬉しげな目になっていた。
「そなたさえ良いのであれば、我らはこの婚儀を肯い、喜んで互いの国交を開きたいと望んでいる。ハリ殿の援助の申し出は、いずれも非常に魅力的だ。御前会議の連中も、ほぼ満場一致で賛成したぞ」
「そうですか……」
「まあ、こちらとしては色々と細かな希望条件もあるのだがな。実際、御前会議はなかなかに紛糾した。みな、それぞれ自分の領地やら利権のことが気にかかるのだ。海底皇国との国交が成った暁には、自分の領地がどうなるのか、税収はどうなるのか。はたまたなにがしかの新たな『取り分』はあるのかと、互いの顔色を窺うのに忙しい連中ばかりよ。まあ、仕方あるまいが」
「はい。それは」
いずれも無理からぬ話である。貴族連中は、なによりまずは自分の領地と、そこから上がってくる己が収入のことを気にするものだ。
今後あの滄海と親密になることで、なにか利になることあらば、それは大いに参入したい。しかし、自らの領地や領民にわずかの損失でもあっては困る。万が一そうなるぐらいならば、いっそ国交などしなくてもよい……。そう考えるのは当然の話なのだ。
「しかしそなた、本当にそれでよいのか?」
「は?」
父はそこで、いきなりものが言いにくそうな顔になった。
「なんというか、だな。つまり……あちらのハリ殿はれっきとした男子であろう。そしてそれは、そなたも同じ。そういう『結婚』は、こちらではあまり普通とは申さぬゆえ──あ、いや。決して、それが駄目だと申しておるわけではないのだがな?」
父らしくもなく、言葉の最後がどんどん尻すぼみになっていく。
ユーリは思わず微笑んだ。父の逡巡はよくわかったからだ。そして、この大国の皇帝である父が、ただの一人の父親として、息子である自分を心配してくれているのが嬉しかった。
「ありがとうございます、父上……。こんな私の身を案じてくださっているのですね。嬉しゅうございます」
そう言ったら、父はやや心外な目になった。
「なにを申す。親であれば当然のことであろう」
「でも、大丈夫でございますよ」
「本当か? なにかその……我々にはわからぬ面妖な装置や薬でも使われて、そなたが無理やりにあの男から迫られている、などということはないのだな……? 本当に?」
ユーリはびっくりして飛び上がった。
「と、とんでもない! そのようなことは決してありません。玻璃殿は、本当に紳士的でお優しい方です。むしろいつも、私の気持ちを最優先に考えてくださって……。決して無理なことを強要したりもなさいませんし」
具体的なことは口が裂けても言えないが、あの夜の出来事を思い出して、ユーリはつい、自分の耳が熱くなるのを覚えた。
それを察したのかどうなのか、父がごほんとひとつ咳ばらいをした。
「……そ、そうか。では、信じてよいのだな?」
「もちろんですとも」
「そなたは、ちゃんと幸せになれるのだな? 約束できるな?」
「父上……」
思わず、ぐっと喉が詰まった。
兄たちのような才知も美貌もない自分のことを、父は一段も二段も低く見ているのだと思ってきたが。
もしかして、それはユーリのひがみによる、単なる思い過ごしだったのだろうか……?
「約束してくれるな、ユーリ。そなたとて、きちんと幸せにならねばならぬぞ。少しでも身に不幸があって、辛抱たまらぬことがあらば、いつでも戻ってくればよい。そなたの性格では『国のためなのだから』と要らぬ無理をしそうでな。今からそれが気がかりでならぬ──」
「父上……」
とうとう、ユーリの目の中に熱いものがあふれ出した。
「おお、すまぬ」
父はハッとしたように、ユーリの頭をその肩に抱きよせてくれた。
「泣かせるつもりはなかったのだ。……私はただただ、そなたの幸せと安寧を願っているばかりだからな。『国のため民のため』などと考えて、決して無理をするではないぞ。そなたは、いつでも帰ってくればよいのだからな」
「はい……父上」
「なに、あちらの皇太子には、こちらからいくらでも代わりの美姫でもほかの美少年でも差し上げようほどに。候補は枚挙に暇がないわ」
「ちょっ……そ、それは困ります……!」
びっくりして叫んだら、うははは、と父は大笑いした。
「なに、冗談ではないか! まったく、さてはそなた、ハリ殿に相当ぞっこんだな? 息子にのろけられてしもうたわ。参った参った」
「ちっ、父上……!」
父が大いに哄笑し、ユーリは真っ赤になって俯いてしまう。茶器を運んできたロマンは幸せそうな笑みを浮かべている。黒鳶も静かな目をして、黙って脇に控えている。
なんだか不思議なほど、温かくて穏やかな時間だった。
そのことが余計にユーリの涙腺を刺激した。
「……あ、そういえば」
やっと少し落ち着いてきて、ユーリはそこではじめて自分の胸元におさめていたものの存在を思い出した。
「どうぞ、こちらを。玻璃殿から、あらためて父上に差し上げたいとのことで、書状を預かって参りました。今後の私の処遇そのほか、大切なことをお伝えしたいのだそうです」
「ふむ。どれどれ」
父は滄海式に折りたたまれた長い文書を受け取ると、無造作にそれを開いた。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる