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第六章 陸の王子たち
6 歓待
しおりを挟む「えっ? 父上……!?」
ユーリは慌ててソファから立ち上がった。
衛士の先触れの通り、さっと開かれた扉から、父、エラストが入って来た。
「おお、ユーリ。よく戻ったな」
ユーリの目の前まで颯爽とやってきたエラストは、かなり上機嫌に見えた。王宮で普段着用している軍装に、白いマントの出で立ちだ。そのまま足早にユーリに近づき、両腕でぎゅっと抱きしめてくれる。父の方がやや背は低いが、その分厚い体に抱かれると、やっぱり安堵するものがあった。
「も、申し訳ありません、父上……。まだこんな旅装のままで。着替えが済み次第、すぐにこちらから参上するつもりだったのですが」
「なに、構わぬ構わぬ」
戸惑った息子の顔を見て、父は片手をあげ、明るく破顔した。
「どこの世界に、可愛い息子の帰還を喜ばぬ父があろうか。すっ飛んで来て当然ではないか。しかもこの度、そなたはなによりの僥倖をわが国にもたらしてくれた。そなたはわが国とかの国との大いなる架け橋となる者なのだ。歓待せずしていかにせん」
「い、いえ……。私など、さほどのことは何も」
恐縮するユーリを促して、エラストはどかりとソファに腰をおろした。ユーリもその隣に遠慮がちに座り込む。
ちょっと呆気にとられていたロマンが、慌てて茶菓の準備を始めたが、父はそれを待たずに口を開いた。
「長旅、まことにご苦労であった。玻璃殿とそなたの婚儀の件は、こちらの御前会議でも十分に吟味しておったところだぞ」
「は、そうですか。それで……?」
恐るおそる顔色を窺うが、父は相変わらずにこにこと楽しげなままだった。
「結論から申せば、『応』である」
「ほんとうですか……!」
ユーリがぱっと顔を輝かせると、エラストの笑みはやや複雑そうなものに変わった。傍で茶器の準備をしているロマンと、隅で片膝をついたままの黒鳶が一瞬だけ目を見かわす。ロマンは明らかに嬉しげな目になっていた。
「そなたさえ良いのであれば、我らはこの婚儀を肯い、喜んで互いの国交を開きたいと望んでいる。ハリ殿の援助の申し出は、いずれも非常に魅力的だ。御前会議の連中も、ほぼ満場一致で賛成したぞ」
「そうですか……」
「まあ、こちらとしては色々と細かな希望条件もあるのだがな。実際、御前会議はなかなかに紛糾した。みな、それぞれ自分の領地やら利権のことが気にかかるのだ。海底皇国との国交が成った暁には、自分の領地がどうなるのか、税収はどうなるのか。はたまたなにがしかの新たな『取り分』はあるのかと、互いの顔色を窺うのに忙しい連中ばかりよ。まあ、仕方あるまいが」
「はい。それは」
いずれも無理からぬ話である。貴族連中は、なによりまずは自分の領地と、そこから上がってくる己が収入のことを気にするものだ。
今後あの滄海と親密になることで、なにか利になることあらば、それは大いに参入したい。しかし、自らの領地や領民にわずかの損失でもあっては困る。万が一そうなるぐらいならば、いっそ国交などしなくてもよい……。そう考えるのは当然の話なのだ。
「しかしそなた、本当にそれでよいのか?」
「は?」
父はそこで、いきなりものが言いにくそうな顔になった。
「なんというか、だな。つまり……あちらのハリ殿はれっきとした男子であろう。そしてそれは、そなたも同じ。そういう『結婚』は、こちらではあまり普通とは申さぬゆえ──あ、いや。決して、それが駄目だと申しておるわけではないのだがな?」
父らしくもなく、言葉の最後がどんどん尻すぼみになっていく。
ユーリは思わず微笑んだ。父の逡巡はよくわかったからだ。そして、この大国の皇帝である父が、ただの一人の父親として、息子である自分を心配してくれているのが嬉しかった。
「ありがとうございます、父上……。こんな私の身を案じてくださっているのですね。嬉しゅうございます」
そう言ったら、父はやや心外な目になった。
「なにを申す。親であれば当然のことであろう」
「でも、大丈夫でございますよ」
「本当か? なにかその……我々にはわからぬ面妖な装置や薬でも使われて、そなたが無理やりにあの男から迫られている、などということはないのだな……? 本当に?」
ユーリはびっくりして飛び上がった。
「と、とんでもない! そのようなことは決してありません。玻璃殿は、本当に紳士的でお優しい方です。むしろいつも、私の気持ちを最優先に考えてくださって……。決して無理なことを強要したりもなさいませんし」
具体的なことは口が裂けても言えないが、あの夜の出来事を思い出して、ユーリはつい、自分の耳が熱くなるのを覚えた。
それを察したのかどうなのか、父がごほんとひとつ咳ばらいをした。
「……そ、そうか。では、信じてよいのだな?」
「もちろんですとも」
「そなたは、ちゃんと幸せになれるのだな? 約束できるな?」
「父上……」
思わず、ぐっと喉が詰まった。
兄たちのような才知も美貌もない自分のことを、父は一段も二段も低く見ているのだと思ってきたが。
もしかして、それはユーリのひがみによる、単なる思い過ごしだったのだろうか……?
「約束してくれるな、ユーリ。そなたとて、きちんと幸せにならねばならぬぞ。少しでも身に不幸があって、辛抱たまらぬことがあらば、いつでも戻ってくればよい。そなたの性格では『国のためなのだから』と要らぬ無理をしそうでな。今からそれが気がかりでならぬ──」
「父上……」
とうとう、ユーリの目の中に熱いものがあふれ出した。
「おお、すまぬ」
父はハッとしたように、ユーリの頭をその肩に抱きよせてくれた。
「泣かせるつもりはなかったのだ。……私はただただ、そなたの幸せと安寧を願っているばかりだからな。『国のため民のため』などと考えて、決して無理をするではないぞ。そなたは、いつでも帰ってくればよいのだからな」
「はい……父上」
「なに、あちらの皇太子には、こちらからいくらでも代わりの美姫でもほかの美少年でも差し上げようほどに。候補は枚挙に暇がないわ」
「ちょっ……そ、それは困ります……!」
びっくりして叫んだら、うははは、と父は大笑いした。
「なに、冗談ではないか! まったく、さてはそなた、ハリ殿に相当ぞっこんだな? 息子にのろけられてしもうたわ。参った参った」
「ちっ、父上……!」
父が大いに哄笑し、ユーリは真っ赤になって俯いてしまう。茶器を運んできたロマンは幸せそうな笑みを浮かべている。黒鳶も静かな目をして、黙って脇に控えている。
なんだか不思議なほど、温かくて穏やかな時間だった。
そのことが余計にユーリの涙腺を刺激した。
「……あ、そういえば」
やっと少し落ち着いてきて、ユーリはそこではじめて自分の胸元におさめていたものの存在を思い出した。
「どうぞ、こちらを。玻璃殿から、あらためて父上に差し上げたいとのことで、書状を預かって参りました。今後の私の処遇そのほか、大切なことをお伝えしたいのだそうです」
「ふむ。どれどれ」
父は滄海式に折りたたまれた長い文書を受け取ると、無造作にそれを開いた。
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