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第二章 囚われの王子
13 散歩
しおりを挟む(わけが分からない。いったい何がしたいんだ、この男……)
《水槽》の部屋を出てからこっち、ユーリの頭の中ではずっと同じ疑問が飛び回っている。
男はハンドルを持った手首にワイヤーを幾重にも巻いて長さを適当に縮め、ユーリを連れまわしている。本当に犬の散歩でもするようだ。かなり大股で足が速いので、首を無理にひっぱられたくないユーリはちょこまかと小走りにならざるを得なかった。
船内の様子は先日から変わっていない。誰の姿も見えないし、通路のどこも閑散として、まったく人の気配や生活感といったものがなかった。気がつけば、先日通り過ぎた広い窓のある長い通路を歩いている。
「あのう……そ、アジュール、ど……アジュール」
あれこれ間違いまくってやっとのことで呼びかけたら、男が「ぷはっ」と吹き出した。口元をおさえ、くつくつ笑っている。自然に足を止めてくれたので、ユーリは密かにほっとした。
「お前、最高だな。なんでそこまで不器用なんだ? 一応は王子なんだろうが。もう少し小器用に生きればいいだろうに」
「お、王子にも、こういう不細工なのはいるのでっ……だよ」
あっちこっち言葉が渋滞しまくっている。まことに不自然きわまりない。しゃべりにくくて仕方がなかった。
そもそもユーリは、普段から基本的に丁寧な言葉遣いであることが多い。比較的ぞんざいな言葉遣いになるのは、自分付きの使用人であるロマンや、明らかに目下と思われる子供たちといった限られた人々に対してぐらいのことだろう。
ユーリの立場ならもっとぞんざいに話しても許されるはずではあったけれども、皆から優秀な父や兄たちと同等に遇してもらうなど、気が引けてできるものではなかったのだ。
そしてこの場合、事態はもっと難しかった。そんな話し方でこの男と会話をするなんてとんでもない話だ。もしも爪の先ほどもこの男の機嫌を損ねてしまったら、自分も玻璃もきっと命はないのだから。一体どうしたらいいのか、ユーリには皆目わからない。
「そうかそうか。不器用で、不細工。お前の親父殿は、さぞや頭の痛いことだろうよ」
「大きなお世話でっ……だよ」
「ぶっは!」
男は腹をおさえてひとしきり笑っていたが、やがてすっと顔を上げた。
「で? 何が訊きたい」
「え?」
「なにか訊こうとしてたんだろう、いま」
「あ、そうか」
目を瞬かせたら、男がさすがに半眼になった。
「……ほんとに頭が痛いだろうな、親父殿は。同情する」
ユーリはむっとして男を睨んだ。たいへん大きなお世話である。第一、ユーリがこうして困っているすべての原因はこの男自身ではないか。
「あの。この宇宙船には、あなた一人なので……なのかい」
「『あなた』は好かんな。『君』にしろ」
「…………」
「ついでに、一人称は『僕』がいいかな」
「…………」
注文が多い。
そもそも自分を「僕」なんて呼んだのは、ごく幼い頃だけの話だ。側付きのだれかから「王族には相応しくない」と言われて、物心ついたころにはもう自分を「私」と呼んでいた。それをいまさら「僕」に戻せだなんて。慣れないせいもあって、気恥ずかしくて堪らない。
が、そう言っていても仕方がない。ユーリは目を細めて男を睨みつけ、ひとつ大きく深呼吸をしてから言い直した。
「き……君ひとりなの、この船には」
「そうだな」
男の声が、心持ち柔らかくなった。
目線が窓外の星々を見やる。肉眼で見る地球は非常に遠くて、ユーリの目ではどれがそうだかも分からない。
「以前は他にも色々いたが、今はひとりだ。ずうっとな。地球時間で言えば、ざっと五十年ほどじゃないか」
「ごっ……?」
ぎょっとして男を見つめたら、逆に男はふっと静かな目になってこちらを見据えていた。
「俺たちの時間は、お前ら人間のそれとは違うのさ」
(『俺たち』……?)
そう言えば、前にもそんなことを言っていたような気がする。とすると、この男のような人でない生き物が、この船にはうじゃうじゃといたということなのだろうか。
が、男はあっさりとユーリの想像を否定した。
「『俺と同じ者』はあと一人だけだ。ほかはお前と同じ、人間ばかりさ。全部で百匹ほど。みんなクソ虫ばかりだったがな」
ユーリは二、三度、目を瞬いた。
そうか。これだけの規模の宇宙船を使うのだから相当な人数だったことが窺われたが、やっぱり事実だったらしい。
ユーリは試しに、鰓の中の通信機を使って玻璃にも同じように報告してみた。
《五十年? それは驚きだな。それに、ほかにも人間がいたとは》
幸い、声は届いたようだ。玻璃の声にも驚きの色が混じっていた。
《はい。彼と同じ仲間の者は、ひとりだけだったようですが……》
玻璃は少し考えたようだった。
《その者はどうなったのだろうな。その辺りがこの事態を打開するための鍵であるような気がするが──》
《そうなのです。それと、なんとなくこの男──アジュールは、さっきから私の声に拘っているように思えるのですが》
《うん。恐らくそうだろうな》
玻璃もすぐに同意した。
なにしろ今回、アジュールがユーリをわざわざ「こっちへ送れ」と言い出したのは、玻璃の腕輪に送られていた、尾鰭をつけたユーリの画像を見たことがきっかけなのだそうだ。
男は何度かそれを再生し、ユーリの姿を見るよりも、常にその声に耳を澄ます風だったのだという。
《納得です。さっきから自分のことを『「君」と呼べ』とか『一人称は「僕」にしろ』とか、色々と注文が多いもので……》
《そうなのか》
玻璃の思念は明らかに不快そうである。当然だろう。要するにこの男、ユーリをそのいなくなった同族の者の身代わりにしたいだけなのだ。こんなもの、単なる気まぐれなのだろうし、飽きればすぐに殺すつもりなのは見え見えだった。
《ともあれ、しばらくは言う通りにするしかあるまい。色々と情報を取るためにもな。まずは敵を知らねば、俺たちにはどうにもならん。対策すら立てられん》
《はい》
《だが、我慢しすぎる必要はないぞ。俺の命を盾にそなたに酷いことを要求するようなら、必ず断れ。そのようなこと、俺は望んでおらぬから。これはすべて、無様にもあやつに易々と捕えられた俺の責任だ。そなたが背負う必要などまったくない話なのだから》
《玻璃どの……》
《約束だぞ。そこはくれぐれも、心に据えてかかってほしい》
玻璃の思念は温かくて、いつものように深い愛情と誠意に溢れている。飛び上がるほど嬉しかったけれど、ユーリがそれに答えることはできなかった。男がまたワイヤーをきつく引っ張って、ずんずん歩き出したからだ。
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