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第二章 囚われの王子

14 双子

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 ぎらぎら光る星の海を背景に、紐でつながれたふたりの影だけが動いていく。
 船は船体を薄くスライスしたように何層にも分かれていた。そのどれもがあまりにも広大なスペースなので、ワイヤーで引かれているだけではどこをどう歩いているのかもわからない。
 そもそもユーリは、けっこう方向音痴なのだ。アルネリオにいた時だって、ロマンからしょっちゅう「殿下、そちらの道ではございません」とかなんとかと行く手を修正されていた。

(ロマン……。元気かな)

 いや、元気なはずはなかった。利発で責任感の強いあの少年のことだ。今回のことでは、さぞやひどい後悔の念に苛まれていることだろう。次兄のイラリオンが彼を責めずにいてくれているのは幸いだったが、それでも食事も喉を通らず、眠れないでいるに違いない。
 いつもは気丈な少年なのに、自分と別れる時はあんなにも号泣してくれていた。そばにいる黒鳶が、うまくなだめて食事を摂らせ、眠らせてやってくれていればいいのだけれど。

 そのロマンにはじまって、残して来たたくさんの人の顔を思い浮かべながらついていくうちに、やがて男は、比較的こぢんまりとした部屋へやってきた。中に入ると、自動的に壁や天井が光りはじめて明るくなる。ここではそれが照明になるらしい。
 銀色や白色が多いほかの場所とは違い、この部屋の壁は爽やかな薄い緑色ズィリョーヌイに塗られている。生活スペースであることはひと目でわかった。楕円形のテーブルの前に、座り心地のよさそうなソファや椅子などがいくつも設置されている。
 ずいぶん長いことほったらかしだったのだろう。生活空間であるはずのそこは、なんとなく全体に埃っぽくて、かび臭い気がした。

 部屋の隅には、長方形の鉢のようなものがある。形状からして、以前は植物が植えられていたのだろう。壁にははめ込み式の水槽らしいものまであった。かつてはここに魚を泳がせていたのだろうか。今ではどれも空っぽで、ぽっかりとした空洞を晒している様が不気味に映った。
 ユーリがあれこれ観察するためにきょろきょろしていたら、男はまた無情にワイヤーをぐいと引いて、部屋の隅へ連れて行った。
 男が壁のあたりでまた何かのパネルを操作すると、空中に四角い画面が浮き出て来た。さすがのユーリもすっかり見慣れた光景なので、もはや驚くことはない。

 男はそのまま無造作にソファのひとつに腰を下ろした。もちろんワイヤーから手は離さない。ユーリは仕方なく、そのそばにたたずんだ。
 画面はしばらく白色に光っていたが、やがてその中に二人の子供の姿が映し出された。

(わあ。可愛い……)

 状況を忘れて、思わずユーリは見とれてしまった。
 よく似た小さな少年がふたり。せいぜい三、四歳ぐらいだろうか。まるで双子のように見える。ひとりは銀色の髪と薄青の瞳。もうひとりは蜂蜜のような甘い金色の髪に、春の若葉のような美しい緑の瞳をもっていた。
 ふたりは今ユーリが着ているのと同じような生成り色の前袷の衣服を着ている。彼らのは随分小さくて短いもので、代わりに下穿きのようなものを穿いていた。
 ふたりは非常に仲睦まじく見えた。にこにこ笑って、小さな手をお互いの体に回してくすぐったり、抱きついたりといったじゃれあいを繰り返している。つやつやとした薔薇色の頬。いかにも健康で、幸せそうに見えた。

 が、ユーリはある瞬間にハッと気づいた。銀色の髪をした少年が、隣にいる恐るべき存在とひどく似た姿であることに。両者の雰囲気があまりにもかけ離れているために、今までまったく思いもつかなかったのだ。

(え……。でも、まさか──)

 恐るおそる傍らを見ると、氷のような二つの光がひたとユーリを射抜いていた。

「あ……の。これ……」
「当然、俺だ。もう一人は俺の弟」
「お、弟……ぎみ?」
「まあ、どっちが兄でどっちが弟かはわからんが。お前らの言葉で言うなら、双子だからな」

──双子。

 なるほど、そう言われればこのふたりはとてもよく似ている。髪と目の色は違うけれど、顔立ちはそっくりだ。ただし、金髪の少年のほうがやや雰囲気が優しいような気がする。そちらの少年は少し目尻の下がった容姿で、微笑む顔がとても可愛らしかった。
 男は画面に目を戻した。じっと目を細めて、映像の中の二人を見つめる。
 少年たちは、子供に特有の澄んだ甲高い声できゃあきゃあ言いながら、鉢植えの植物に水をやったり、水槽の魚たちに餌をやったりしているようだ。

(え、ここって──)

 そう、それはまさしくこの部屋だった。
 この映像は、ここで起こった過去の出来事なのだ。

「……この頃がいちばん、平和だった」
「…………」

 ユーリは絶句して、男の鋭い横顔を凝視した。
 それに気づいていないわけはないだろうに、男はこちらに一瞥もくれないで、何とも形容のしにくい色を湛えた瞳でじっと映像を見つめていた。

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