ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第五章 駆け引き

9 出航準備

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 それから、話はとんとん拍子に進んだ。
 フランはすぐにユーリから腕輪を借り受け、《サム》に解析させて互いの通信を可能にさせた。ただ腕輪がこのままのスペックでは宇宙をまたぐ長距離通信が不可能なので、《サム》のほうである程度改造することになったらしい。戻って来た腕輪は見た目こそあまり前と違わなかったが、「中身も材質も雲泥の差だぞ」というのがアジュールの言だった。
 その後、ユーリと玻璃を地球に戻すため、ユーリが乗って来た宇宙艇の整備と動作チェックが始まった。

 アジュールはその後、この計画に「否」とも「応」とも言わないまま、ほとんど姿を見せなくなっていた。
 だが、どうしても反対だというのなら、あの男にはそれを阻止する方法がいくらでもある。つまりこれは、積極的でこそないものの、結局この計画に賛成したのと同義だった。
 巨大宇宙船はゆるゆると回頭し、火星の軌道上を離れると、ステルス・システムを発動させてそろそろと地球へ向かって移動し始めたようだった。ある程度接近してから、ユーリたちの宇宙艇を飛ばす予定であるらしい。


「とうとう帰れるんだね……。玻璃」

 《水槽》のそばにぴったりと寄り添うようにして座り込み、ユーリが呟くと、中で胡坐をかいた姿勢の玻璃がにっこり笑い返して来た。
《そのようだな。やれやれだ》

 妙に嬉しそうなのは、ようやく自分を敬称ぬきで呼べるようになったユーリが可愛くて堪らないからなのだそうだ。真顔でそんなことを言われたときには、顔から火が出たユーリだった。

《とはいえ、最後まで気は抜くまいよ。外連けれんの鬼のようなあの男のことでもあるし》
「うん。そうだよね」
《先日申していた『約束』もまだだ。必ず釘を刺しておかなくてはな》
「うん」

 ユーリが頷いたとき、入り口から跳びはねるようにしてフランが入って来た。今ではもう、この子も以前のような、暗く無力感に満ちた表情はほとんど見せない。
 フランは他の様々な仕事や勉強の合い間にできるだけユーリたちの側にいようと努力しているようだった。なにしろこれから、間違いなく数年は会えなくなるのだ。
 ユーリとの別れを思えばやっぱり泣きそうになる少年だったが、それを必死に我慢しながら、笑顔を見せ続けてくれている。ただ、ここを離れられるのが嬉しいのも事実なのだろう。これでやっと平和的に、地球の皆にもこれ以上の迷惑を掛けずに、あの男を宇宙の果てへ連れていけるのだから。

「ねえねえ。それで、玻璃どのはどうやってそこから出るの?」
「あ、そうか。具体的なことは僕もよくわからないなあ。フランはアジュールから何も聞いてない?」
「うん、僕はなんにも……」
 フランが心配そうに《水槽》を見やると、玻璃は苦笑でそれに応えた。
《そこは俺にもまったくわからぬ。なにしろ、気が付いた時にはここに入れられていたのでな》
「そうだよね……。僕、思うんだけど、《羊水》をただ抜いちゃっても大丈夫なのかなあ」
「え? どういうこと? フラン」
「あ、うん……」

 フランが少し困った顔で説明してくれた。
 そもそも、本来この《水槽》はあの《人形ドール》と呼ばれるアジュールたちを生み出し、赤子の状態から育てるためのものだ。彼らの体に不具合が起こった時のメンテナンスのための装置でもある。
 ある程度設定を変更することで人間の治療にも使えないことはないけれど、基本的にこんなに長期間、人間を入れて世話をするためのものではない。用途が違うということは、システムとしてかなり無理をしてきたということでもある。
 玻璃はこの中にいる間、人間と同じような食事もしなければ排泄もしてこなかった。どういう仕組みかは分からないが、すべては《サム》とアジュールがこの《羊水》を介して面倒を見てきたということになる。

「うーん。僕にはよく分からないけど……。何か問題になりそうなのかな?」
 心配な顔になっただろうユーリを、少年も困った顔で見返した。
「ごめんね、パパ。僕にも詳しいことは分からなくて。《水槽》のことは教育プログラムから外されていたし、《サム》に訊いても、なんだかちゃんと答えてくれないんだ。きっとアジュールパパがそう命令しているんだよ」
「そうなの?」

 一体どういうことなのだろう。
 ユーリは背筋がざわりと粟立つのを覚えた。
 もしも玻璃が無事にこの容器から出られないなどということになったら……?

(いやいや。そんなことは考えるな。アジュールは何も言ってないんだし)

 ユーリは思わず首を横に振り、いやな予感を振り払った。
 それよりも、自分はこの子にきちんと言っておかなくてはならないことがある。今はそちらの方が先だった。

「ね、フラン?」
 いつものようにふたりで並んで《水槽》のそばに腰をおろすと、ユーリはタイミングを見計らってそっと訊ねた。「本当に、これでいいんだね?」と。
「え、どうして?」
 フランは不思議そうに目を上げた。
「そりゃ、ユーリパパと離れるのは寂しいよ。……ほんとに寂しい。ほんとうは、ずっとずっと一緒にいたかった。でも、アジュールパパはこっちにはいられないでしょ。地球の人たちに、ものすごく酷いことをしちゃったから──」
「うん……」
 力なく頷いたら、フランはにこっと微笑んだ。
「だったら、いいんだ。僕はアジュールパパと行く」
「フラン……」
 見返した先には、美しく澄んだみどりの瞳があった。そこには確固たる意志の光があった。
「ユーリパパには、大好きな玻璃どのがいるもの。玻璃どのがいれば、ユーリパパは大丈夫でしょう? 地球に帰れば、ほかにも家族とか、いろんな人たちがいるんだものね。……でも、アジュールパパはそうじゃない」
 
 ユーリは声を呑んだ。そのぐらい、今のフランの姿は神々しく見えた。

「アジュールパパは、僕がいなかったら本当にひとりぼっちだ。僕、パパをひとりぼっちにしたくない」
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