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第五章 駆け引き
10 フランの決意
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ユーリは声を呑んだ。そのぐらい、今のフランの姿は神々しく見えた。
「アジュールパパは、僕がいなかったら本当にひとりぼっちだ。僕、パパをひとりぼっちにしたくない」
「フラン……」
「ねえパパ。パパは、想像してみたことがある?」
「え?」
ユーリが目を瞬くと、少年はやや悲しげな顔で微笑んだ。
「僕ね。実は何度か、この船の中でひとりで迷子になったことがあるの」
「え……」
唐突に思ってもみなかった言葉がきて、ユーリは今度は目を丸くする。
「あ、でも大丈夫だよ? すぐに《サム》やアジュールパパが見つけてくれたし。だから、いま思えばそんなに長い時間じゃなかったんだと思うんだけど……。でもね、そのとき思ったんだ」
そう言って、少年はふと遠くを見るような目になった。
幼児のころ、少年はそうやって自分がどこにいるのか分からなくなってしまったことが何度かあった。このまま誰にも見つけてもらえなかったら、自分はどうなってしまうのだろう。食べるものも飲むものもなくて、ここで誰にも知られないまま干からびて死んでしまうのだろうか。
そんなことをちょっと想像するだけでも、少年はもう身をよじられるような恐ろしい恐怖と孤独に襲われたという。体があまりにも震えて、怖くて怖くて、しばらくは立ち上がることも難しかったのだと。
淡々とそう語る少年の横顔は、とてもその年の子供とは思えないほど大人びて見えた。
「この船には、アジュールパパもユーリパパもいる。玻璃どのだっている。《サム》は優秀なAIなんだから、僕を探せないなんてことは絶対にない。そうだとわかっていても、僕は寂しくて寂しくて、ひとりでわんわん泣いてたんだ。見つけてくれたアジュールパパにぎゅーってしがみついて、何日も離れられなかったこともあるんだよ」
「フラン……」
そんなことは知らなかった。あの男が、何も教えてくれなかったからだ。
「だからね、ユーリパパ。……アジュールパパがたった一人で何十年もこの船に乗ってここへ来たって聞いたとき、思ったんだ。僕は絶対、絶対にアジュールパパをひとりにはしないって」
「…………」
ユーリは遂に絶句した。
なんという優しい子だろう。
アジュールを親として愛しているのは本当だとしても、あの男と宇宙にたった二人になることに不安がないわけではないだろうに。
それに、ひとつ大きな問題もある。
アジュールはいずれ、この子を自分の番としたいと考えているのだろうと思われる。しかしこの子の認識は飽くまでも、まだ「父親」を慕う意味での愛だろう。それとこれとの間には、大きな隔たりがあるはずなのだ。
だが、今ここでそれをこの子に問うべきではないと思った。
すべてはこの子が、あの男と関わる中で自分で答えを見出さなくてはならないことだ。
ユーリは胸の痛みを押し隠して、両手で少年を抱きしめた。すぐに少年も思いきり抱きしめ返してくる。ユーリは優しく彼の頭を撫で、ぽすぽす叩いてあげた。
「強くなったね。考え深くて賢くて……そして優しい。君は本当に偉いと思う。僕は、君の親になれてとても幸せだ。そしてとっても誇らしい」
「ユーリパパ……」
フランが恥ずかしそうに身じろぎをした。
「本当は、僕だってとっても寂しい。君と離れて暮らすなんて、実は寂しくてしょうがない……。僕のほうが、ずっとずっと情けないよね──」
「ユーリ、パパ……」
ユーリの声が涙に滲んだのとほぼ同時に、フランもくしゃっと顔を歪めた。
だが、それは一瞬のことだった。
「僕も寂しい。……本当に。でも、いつでもユーリパパには会えるんだもの。そう約束してくれたでしょ?」
「うん……」
「だから頑張る。アジュールパパとふたりで行くよ」
「うん……。本当に本当に、いつでも帰ってくるんだよ。ちょっとのことでも、すぐに連絡していいんだからね。なんでも相談していいんだからね。絶対だよ……?」
「やだなあ、もう。ユーリパパがそんな、泣かないでよ!」
フランが泣き笑いの顔で声をたてて笑った。その目の端から、綺麗な玉がぽろぽろ零れた。
ユーリもつられて、同じものを零しつづけながら笑った。
そうしてまた、ふたりで思いきり抱きしめあった。
《水槽》の中では玻璃が、そんな二人を静かな瞳で見つめていた。
「アジュールパパは、僕がいなかったら本当にひとりぼっちだ。僕、パパをひとりぼっちにしたくない」
「フラン……」
「ねえパパ。パパは、想像してみたことがある?」
「え?」
ユーリが目を瞬くと、少年はやや悲しげな顔で微笑んだ。
「僕ね。実は何度か、この船の中でひとりで迷子になったことがあるの」
「え……」
唐突に思ってもみなかった言葉がきて、ユーリは今度は目を丸くする。
「あ、でも大丈夫だよ? すぐに《サム》やアジュールパパが見つけてくれたし。だから、いま思えばそんなに長い時間じゃなかったんだと思うんだけど……。でもね、そのとき思ったんだ」
そう言って、少年はふと遠くを見るような目になった。
幼児のころ、少年はそうやって自分がどこにいるのか分からなくなってしまったことが何度かあった。このまま誰にも見つけてもらえなかったら、自分はどうなってしまうのだろう。食べるものも飲むものもなくて、ここで誰にも知られないまま干からびて死んでしまうのだろうか。
そんなことをちょっと想像するだけでも、少年はもう身をよじられるような恐ろしい恐怖と孤独に襲われたという。体があまりにも震えて、怖くて怖くて、しばらくは立ち上がることも難しかったのだと。
淡々とそう語る少年の横顔は、とてもその年の子供とは思えないほど大人びて見えた。
「この船には、アジュールパパもユーリパパもいる。玻璃どのだっている。《サム》は優秀なAIなんだから、僕を探せないなんてことは絶対にない。そうだとわかっていても、僕は寂しくて寂しくて、ひとりでわんわん泣いてたんだ。見つけてくれたアジュールパパにぎゅーってしがみついて、何日も離れられなかったこともあるんだよ」
「フラン……」
そんなことは知らなかった。あの男が、何も教えてくれなかったからだ。
「だからね、ユーリパパ。……アジュールパパがたった一人で何十年もこの船に乗ってここへ来たって聞いたとき、思ったんだ。僕は絶対、絶対にアジュールパパをひとりにはしないって」
「…………」
ユーリは遂に絶句した。
なんという優しい子だろう。
アジュールを親として愛しているのは本当だとしても、あの男と宇宙にたった二人になることに不安がないわけではないだろうに。
それに、ひとつ大きな問題もある。
アジュールはいずれ、この子を自分の番としたいと考えているのだろうと思われる。しかしこの子の認識は飽くまでも、まだ「父親」を慕う意味での愛だろう。それとこれとの間には、大きな隔たりがあるはずなのだ。
だが、今ここでそれをこの子に問うべきではないと思った。
すべてはこの子が、あの男と関わる中で自分で答えを見出さなくてはならないことだ。
ユーリは胸の痛みを押し隠して、両手で少年を抱きしめた。すぐに少年も思いきり抱きしめ返してくる。ユーリは優しく彼の頭を撫で、ぽすぽす叩いてあげた。
「強くなったね。考え深くて賢くて……そして優しい。君は本当に偉いと思う。僕は、君の親になれてとても幸せだ。そしてとっても誇らしい」
「ユーリパパ……」
フランが恥ずかしそうに身じろぎをした。
「本当は、僕だってとっても寂しい。君と離れて暮らすなんて、実は寂しくてしょうがない……。僕のほうが、ずっとずっと情けないよね──」
「ユーリ、パパ……」
ユーリの声が涙に滲んだのとほぼ同時に、フランもくしゃっと顔を歪めた。
だが、それは一瞬のことだった。
「僕も寂しい。……本当に。でも、いつでもユーリパパには会えるんだもの。そう約束してくれたでしょ?」
「うん……」
「だから頑張る。アジュールパパとふたりで行くよ」
「うん……。本当に本当に、いつでも帰ってくるんだよ。ちょっとのことでも、すぐに連絡していいんだからね。なんでも相談していいんだからね。絶対だよ……?」
「やだなあ、もう。ユーリパパがそんな、泣かないでよ!」
フランが泣き笑いの顔で声をたてて笑った。その目の端から、綺麗な玉がぽろぽろ零れた。
ユーリもつられて、同じものを零しつづけながら笑った。
そうしてまた、ふたりで思いきり抱きしめあった。
《水槽》の中では玻璃が、そんな二人を静かな瞳で見つめていた。
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