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第七章 闇の鳴動
3 離島の村
しおりを挟む目的の島には、ラシェルタの予告どおり、二刻ほどで着いた。
「では、お手数ですがまた私の近くにお立ちください」と彼が言った次の瞬間には、シディの足は見知らぬ島の地面を踏んでいた。
島民に到着を知らせるため、討伐隊の一人が先に村に向かい、一同はその後からゆっくりと歩いていった。
島はとても小さいという話だったが、降りたってみるとそのことはあまり感じられなかった。空は青々と広がり、雲がのんきな顔をして通り過ぎていく。気のせいかもしれないが、生えている木々や草に少し元気がないようだ。
そこは小さな貧しい村だった。山と山に挟まれて流れる小さな川から、坂道を少しあがった場所にある。村の周囲には、かれらの食物を育てるための畑があちらこちらに作られていた。
遠くから見ると、一見おだやかで平和そのものの村だ。しかしその周囲には、先を尖らせた丸太がぐるりと取り巻いていた。明らかに外敵を防ぐための防壁だ。
入り口や物見櫓には、槍や弓を手にした村人の姿も見える。かなりものものしい感じだ。
防壁の一部だけが口をあけており、引き上げ式の丸太組になった扉がつけられている。いま、その扉は客人のために開かれていた。
扉の脇に、先ほど先触れをしに行った魔導士が立っており、その隣に非常に小柄で年老いた人が杖をついて立っている。ふたりの背後には、村人らしい人たちが居並んでいた。
老人は真っ黒でしわくちゃの顔をしていた。ほかの村人と同じように、ごく貧しい人たちが着る灰色の荒布をまとっている。目の周りだけが特に黒いところを見ると、タヌキの形質の強い人のようだ。この人が村長なのだろう。
そっと観察すると、背後の人たちはキツネや野ウサギ、犬やネズミなどさまざまな形質の人がいるようだった。一見しただけでは、シディにはどんな生き物の形質なのかがわからない人もかなりの数でいる。
ちなみに、異なる形質の人が結婚して子どもを儲けることはよくある。その場合、比較的ちかい形質の両親であれば双方の形質が混ざり合う形で子どもに現れる。
夫婦の形質がかなり異なる場合には、どちらか一方の特徴を濃く受け継ぐことになるようだ。だから同じ親を持つきょうだいでも、まったく違う顔立ちをしているということはよくある。
インテス様は先触れの魔導士とわずかに目だけで会話すると、一歩前に出た。
「わざわざの出迎え大儀である。インテグリータス・アチーピタだ。そしてこちらが、わが《半身》のオブシディアンである。どうか見知っておいてくれ」
「インテグリータス殿下。オブシディアン様。斯様な鄙びた地に、はるばるとようこそお越しくださりました。村民一同、みな首を長うしてお待ちもうしあげておりました」
村長が胸の前で手を合わせてお辞儀をすると、後ろの人々もそれに倣った。これがこのあたりの習慣なのだろう。
インテス様はにこりと笑ってうなずいただけだったが、シディは彼らを真似して顔の前で手を合わせ、ぺこりとお辞儀を返した。
タヌキの老人のまなざしが一瞬だけ自分に注がれ、ふと柔らかくなったような気がした。
「わたくしは、村長のカニスと申しまする。どうぞ皆様、《闇》の者どもから我らをお守りくださりませ」
「もちろんだ。だがそのため、しばしの間こちらの村に世話になることになる。申し訳ないがよろしく頼む」
「とんでもなきことにござります。ご覧のとおりの貧しき村ですゆえ、たいしたおもてなしもできませぬが、どうかごゆるりとお過ごしくださりませ」
言って老人はまた頭を下げ、討伐隊を自分の住居へ案内した。
村人たちが左右に分かれて道をあけ、頭を下げて見送ってくれる。
シディはなるべく目を伏せて歩きつつも、人々を五感で観察していた。
なんとなく、痩せて血色の悪い人が多い。老人と女性と子どもたちの数のわりに、男たちの顔は少ないようだ。特に、戦えるような力のある若者や、壮年までの男たちが極端に少ない。
列の後ろの方から、子どもが母親らしい人にしがみついて「おなかがすいたよう」とべそをかいている細い声も聞こえた。
そしてなによりも、ここにいるすべての人から恐れと不安の匂いが立ちのぼっていた。
ちょっと観察しただけでも、かなり疲弊しているのがわかる。胸が押しつぶされるような感じがして、息が苦しくなった。
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