白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第七章 闇の鳴動

8 千騎長レオ

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 それはまさしく、空間にぱくりと空いた奇妙な穴を塞ぐことだった。

「大丈夫か、シディ」
「は、はい……!」

 訊ねてくださるインテス様のことこそ心配だったけれど、彼の声と表情につらそうな雰囲気はなかった。ほっとして、シディはまた自分の魔力放出に集中する。

「もう少しだ! 気を緩めるんじゃねえぞ、野郎ども!」

 レオの太い声が飛ぶ。それを聞くまでもなく、だれも緊張を緩めた者はいない。彼の声が、こんな状況でも少しも明るさと軽妙さを失っていないからかも知れなかった。だからといって目端が利かないなどということもなく、レオは次々にみなに的確な指示を出してくれている。「次は右だ。右を厚くしろ!」「一旦攻撃やめ。様子を見る」といったように。
 彼なら本当に余裕のない戦況であってもこんな顔で飄々と隊を指揮するのにちがいない。豪胆かつ冷静。なおかつどこか人好きのする性格。注意深いが人間的に狭苦しいした感じはない。
 なるほど指揮官として、彼ほどの適任者はいないだろう。豪放磊落ごうほうらいらくなどというが、彼こそまさにそんな感じの人だなと思った。
 ちなみにレオは「野郎ども」と言ったが、討伐隊には実際、女性もいる。彼女たちは基本的に魔導士であることが多いようだ。キツネやネコなどの形質らしい人たちだった。

 《皿》が少しずつ縮んでいくにしたがって、そこから飛び出てくる生き物はどんどん小さく、また少なくなっていく。小さなものは武官が剣を振るうまでもなく、魔導士が直接、魔力による炎の玉などをぶち当てて粉砕してくれている。

(あと、少し……!)

 《皿》はもう、果物を乗せる大皿ほどの大きさもなかった。さらに見る間に縮んでいく。シディは自分の魔力をインテス様のそれと溶け合わせることだけに集中した。
 どれほどの時間が経ったかはわからなかった。最後にインテス様がつきだした腕をぐいっとひねると、《皿》を中心に空間がぎゅるるっとねじれたように縮み、「ぷちん」と奇妙な音を立てて消失した。

「よおッし、完了だ。攻撃やめェ!」

 レオの声が響くのと同時に、ぴたりと周囲の音がやんだ。
 シディはそれで、今まで獣たちの凄まじい断末魔や魔力の衝突音で空間がいっぱいに満たされていたのだということを初めて認識した。
 あまりの無音に、きいんと耳が痛くなる。
 気がつくと、隣からインテス様が体を支えてくださっていた。勝手に足がふらついてしまっていたらしい。そのまま抱き込むようにされている。頬にあたるインテス様の胸が温かい。いやが上にも、ゆるやかな安堵が這いあがってくる。つい顔が緩んでしまいそうになるのを、シディは一生懸命こらえていた。

 魔導士たちが精査魔法を使って丁寧に周囲を調べているらしい。同時に、周囲に散らばった黒い魔獣の躯も、火の魔法で燃やし尽くして消し去っていく。
 やがて「どうやら完了です」との報告があり、レオが「おっし。作戦完了」と頷くと、皆はそこではじめてほうっと息をついた。

(終わ、った……?)

 恐るおそるインテス様を見上げると、いつもの輝くような笑顔が降ってきた。

「終わったな。よくやったぞ、シディ!」
「ほ……ほんとですか」
「本当だとも。ごらん、そして空気の匂いを嗅いでごらん。そなたの鼻のほうが私なんぞよりはるかに優秀だろうから」

 ぐりぐり頭を撫でられて、やっとじわじわと喜びが湧いてきた。
 確かに言われた通りだった。さっきまで空気を満たしていたあの不快な臭いが消えている。空間を支配していた加虐と狂気の気配もすっかりなくなっている。

(やった……。やったんだ。できたんだ、オレにも)

「お~う、お疲れ」
 レオが大きな剣をでんと肩にのせたまま、のしのしとこちらへ近づいてきた。
「事後処理に少し人員を残したほうがいいだろうが、恐らくこれで大丈夫だろう。次はもうちょいやべえ所に回るぜ」
「次はどこの予定だ?」
「ここよりさらに北。あっちじゃ島じゅうがこんな調子になっちまってる。住民がいねえのが幸いだったが、そのせいで発見も遅れたかんな。出発前にもうちょい兵と魔導士を増やしてえところだが」
「わかった。要請を出しておく」
「ん。よろしく頼まあ」

 レオはにかっと笑うと、そのまま自分の兵らのところへずんずん歩いて行ってしまった。
 シディは背後に立っているティガリエの方を向いた。

「ティガも、どうもありがとう。さっき、いっぱい守ってもらった」
「礼など、もったいなきことにございます。それが自分の仕事ですゆえ」
「ううん」シディは首を左右に振った。「ティガがいてくれると、すごく安心できます。ほんとにどうもありがとう」
「こちらこそ。ありがとう存じます」

 きりりと腰を折ると、ティガリエはほんのわずかに目を細めた。もしかしたら笑ったのかもしれない。
 インテス様が例によってわざとらしく顎をこすり、意味深な目を向けてきた。

「うーん。やっぱり妬けるんだが」
「もう。インテス様ったら!」
「あっははは!」

 大笑いしたインテス様が真っ赤になったシディの頭をぽすぽすやって、その日の仕事はしまいになった。
 次の場所へ行くには、新たな増援部隊を待たねばならない。予想されたことなのでさほどの日数はかからないはずだが、その間はあの村で第一次討伐隊の体力を回復させる、というのがレオの判断だった。
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