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第十一章 背後の敵
14 水晶球
しおりを挟む「魔塔まで来たときには、神殿の魔導士どもが雲霞のごとく周囲を取り囲んでいた。セネクス師匠もここまでで多くの魔力を消費しておられ、突破が難しくなってしまってな……。あとは皆も存じている通りだ」
「そうだったんですね」
このセネクス翁が魔力を枯渇させかけるほどだったというのだから、相当大変な脱出劇だったということだろう。殿下がそのあたりはあまり細かく説明されなかっただけで。
「で? こっからはどうする」
レオのひと言で、みなは一旦沈黙した。
やがて重い口を開いたのはインテス様だった。
「まずは、父に直接、嘆願書を差し出そう。今回の仕儀はおそらく皇太子の独断によるものに過ぎぬだろうから」
「いま現在、陛下のご容態はどのようなもので?」
訊ねたのはラシェルタ。
「よくわからぬ」インテス様はやや溜め息まじりの笑声を洩らした。「皇太子が、敢えて情報を遮断しているのだろうよ。内にも、外にもな」
「もしも本当に意識不明にでもおなりなのだとすれば、いかがなさいます」
マルガリテ女史が中心に糸のような切れ目の入った爬虫類としての金色の目を細めて訊く。
「まあまあ。落ち着け、若人たちよ」
しゃがれてはいるがほっこりした声が下から聞こえて、「若人」と呼ばれた皆はその人を見下ろした。もちろんセネクス様だ。
可愛らしいふわふわの毛皮につつまれたイタチのご老人は、にこにこ笑っていらっしゃった。
「そんなこともあろうかと思っての。皇太子の目を盗んで、皇宮に《目》と《耳》を残してきたぞよ」
「えっ。まことですか、師匠」
「まこともまこと。まあ、とくと御覧じろ」
言って老人は、自分の執務机の上に置かれている自分の頭ほどの大きさの水晶球の前に立った。皆の視線が吸い寄せられる。
老人がごく低くもごもごと何か唱えたかと思ったら、水晶球から光があふれ始めた。
「うわあ……」
思わず声が出てしまう。その光は優しくて、ほっとする温かさを備えていた。まるでセネクス師匠のお心そのもののように。
やがてその光が上方に集まっていくと、そこにどこかの景色が映し出されはじめた。
「おお。これは皇帝の寝所ですね」
「左様、左様」
「ええっ」
びっくりして目をまんまるに見開いてしまう。さすがにマルガリテ女史やラシェルタはさほど驚いている様子はないが、レオとティガリエは感嘆の目をして水晶を見つめていた。
「すっ、すごい。さすが師匠ですね──」
「シディや。少うし静かにしておくれ」
優しく言って、師匠が口の前に指を立てるまねをする。シディはハッとして黙った。
「す、すみません……!」
「よいよい。……さあ、そろそろなにか聞こえてくるぞよ──」
師匠が言った通りだった。
皇帝の寝所だという、天井から幾重にも美しい布がさがった大きな部屋の隅に、人影が見える。寝所で皇帝のお世話をする奴隷たちのようだった。ネコ族やウサギ族の女たちのようである。どれもほとんど半裸のような、ひどくなまめかしい姿だ。
《それにしても、いったいどうされたのかしらね、陛下》
《この間まで、あんなにお元気でいらしたのに》
《お食事もお酒もいつもどおりに召し上がっていらしたのにね》
《別にどこか痛いとか、ご不調をおっしゃったこともなかったのに──》
こちらのみんなは、映像の向こうの女たちのひそひそ声に、固唾を飲んで耳を傾けている。
《ただずいぶんと『眠い、ひどく眠い』とはおっしゃっていたけれど》
《そうねえ。でもしまいにこんな風に、ずうっと眠りっぱなしにおなりになるだなんて。思いもしなかったわね》
(なんだって……?)
シディが目を上げると、インテス様の視線とかち合った。その目も言っていた。「これはなにかあるぞ」と。見回してみたところ、ほかの人たちも同意見のようである。
そこでセネクス翁は軽く手をふり、映像を終了させた。
「このように、あちらの様子はこちらから手に取るようにわかるようにしてきた。あちらお抱えの魔導士どもに、この細工は見破れぬ。魔力の差がありすぎるゆえな」
「す、すごいですねっ、師匠!」
思わずシディは叫んだ。
魔塔の宗主であれば、家庭教師のような形で皇族に魔法を伝授することもある。あるが、それは飽くまでも相手の程度に合わせた授業であり、本格的に高度な魔法まで教えることはない。それはどこまで行っても魔塔のための知識であり、技術なのである。
それにこうした問題が生じたとき、魔塔が魔法戦において確実に優位にたつための工夫だったのだとも言える。
セネクス翁がそのように語る間、みなはしんとして老人の言葉を聞いていた。
(さすがは師匠。そんなところまで見越して計画されてきたなんて……)
「この映像を見るかぎり、皇帝はまだ健在であるようじゃ。しかし、長い眠りについておる。しかも不自然な形で」
「もしやとは思いますが……なんらかの毒、あるいは魔法が?」
マルガリテ女史の問いに、セネクス翁はふわりと顔を上下させた。
「可能性は大じゃな」
「つまり誰かの差し金ってかい」
レオがまた面倒臭そうに鼻を鳴らした。
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