白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十四章 審議

7 審議官

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 のろのろと進んだ議題は、結局なんこくも時を費やし、終わったころには日がかなり傾いていた。もちろんその間に休憩や食事もはさまっていたので、余計に時間がかかることになる。さすがのシディもいらだちを覚えずにはいられなかった。

「まあ、イライラしても始まらん。これでも食べて落ちつけ、シディ。なかなか美味いぞ」

 インテス様一行だけで独立した部屋をあてがわれ、食事休憩をとる間も、インテス様はわずかの苛立ちもお顔には出さず、むしろこんな風にシディのことを心配してくださるのだった。非常に申し訳ない気持ちになってしまう。自分ごときがこのかたに気を遣わせるなんてとんでもないことだ。というわけで、シディもどうにかこうにか苛立つ自分を抑えていた。

 食事の毒見については「自分が」「いや自分が」とティガリエとラシェルタが少し言い争う場面もあったが、最終的に「交代で」ということで落ちついている。
 口につっこまれた冷菓はとても甘くて、嘘みたいに舌の上で溶けていく。こんな贅沢なもの、王侯貴族でなければまず口にできない。この年中温暖な気候の土地では、冷たいものを冷たいままに保存しておくのもひと苦労なのだ。遠くの雪山から巨大な氷をきり出してくる必要があるからである。このたったひと口が、いったいどれほどの奴隷や市民たちの労働の賜物たまものであることか。

(うう……おいしい)

 確かに美味しい。恨めしくてたまらないがそれは事実だ。
 
 そうこうするうち、ついに待ちに待った議題へと話が進むときがやってきた。それはそろそろ陽も落ちて、夕刻の風がひんやりと涼しく感じられるほどの時間帯だった。

 審議に先だって、まず議会の席順が改められた。
 これまでずっと貴族たちの背後で傍聴していただけの白く長い衣を着た一団が、しずしずと前に出てきて場を占める。これが法務部からきた審議官たちだった。
 真ん中がガマガエルの顔をしたご老人。その左右にそれぞれヤギの顔をして初老の男とにわとりの顔をした男が座る。
 人間としての形質が薄いことは、それだけ大貴族の家門の出身者でないことを意味する。
 法務部の人事は家門の優劣よりも、どちらかと言えば本人の資質をしっかりとかんがみて集められている──と、インテス様が待ち時間の間に教えてくださった。

 審議官三名が上座に座り、皇太子アーシノスはその脇の最も高い位置に座る形になる。
 インテス様一行はそれと向かい合い、審議官から見て右手に位置を占めた。座るのは上座からインテス様、セネクス師匠、そしてシディだ。レオとラシェルタ、ティガリエはそれぞれ背後に立っている。ほかの貴族らも基本的には同様で、護衛の武官や補佐の文官らを従えているのが普通だ。

 審議とは言ったが、これは実質「裁判」と呼んで差しつかえないものだった。つまり前方の三名は裁判官のような立場だ。かれらもそれぞれ、後ろに補佐らしい文官を立たせている。
 裁判官にしては何も手にもっていないんだなと思っていたら、その補佐官が低く呪文を唱えはじめた。と、空中に巻物が出現して、すとんと裁判官の手におさまる。

(あっ。なるほど……)

 大量の証拠品や文書は、こうやって必要なときに補佐官が魔法で呼び出すという方法をとるらしい。
 審議官たちはまず立ち上がってそれぞれに自己紹介をした。その後、皇太子とインテス様に丁寧に頭を下げてから着座する。

「審議に入るまえに、あらかじめ皆様にお伝えしておくことがございます。こちらの広間はただいまより《無音の壁》にて包まれることとなります。疑義が正しかった場合を除き、ここで話されたこと、公開された証拠などもすべて秘匿されねばなりませぬ。皆様には決して口外なさらぬよう、まずは《秘匿の誓いの書》へご署名をお願いいたします」

 ガマガエルの裁判官は低音の、なかなかおごそかな美声を持っていた。その声で朗々と宣言されると、大貴族の面々もぴたりと私語をやめて黙りこんでしまう。そういう不思議な迫力のある声だった。これは、なかなかの人物であるようだ。

「さて。今回、第五皇子インテグリータス殿下からご提出されました疑義についてあらためまして発表いたします」

 ガマガエルがすっと目線だけで合図すると、隣のヤギ裁判官がうなずき、補佐官から巻物を受けとってしずかに開いた。

「長らく病のとこにおつきになり、このところ意識不明のご容態となられている皇帝陛下のご病状に関する疑義について。以下の通り御前会議にてご審議をおん願い奉る──」

 ヤギ裁判官の声はうってかわってか細く甲高く聞こえたが、これはこれで大広間の隅までよく通る声だった。

「ふん。なにを言い出すかと思えば」

 期待通りというべきか、それを嘲るように遮ったのは皇太子だった。
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