星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
34 / 191
第一章 スメラギ皇国

しおりを挟む

 宮中に、花びらの零れるがごとき女官らのさんざめきが流れている。
 女たちは長く豊かな黒髪にそれぞれのくらいに従った髪飾りをさし、長く裾をひく豪奢な袷の衣に身を包んでいる。

「ほら、ごらんなさい。タカアキラ殿下の、なんとお可愛らしいこと」
「本当ね。兄君のナガアキラ殿下、ツグアキラ殿下もそれはすばらしいお姿、お心映えでいらっしゃるけれど」
「それはもちろんよ。けれどあのお年であのご聡明さ。ほんとうに驚いてしまうわ」
「それに明るさ、お可愛らしさも、兄君さまがたより秀でておいでよ。これは大きな声では申せませんけれど」
「なによりタカアキラ様は、その上、お心までお優しいときているのよ!」
「そうそう。この間なんて、わたくしがついお運びした茶器を床に落としてしまって軽い火傷をしたとき、あわてて駆け寄っていらして、『大丈夫?』ってこの手をとって。見ればまあ、本当に泣きそうなお顔で、心から心配してくださったのよ」

 スメラギ皇家の広大なみやは、全体に板敷きの平屋建てとなっている。周囲をゆったりとした山水の庭園に囲まれ、春には春の、秋には秋のいろどりで住まうものの目を楽しませるのだ。
 スメラギおう──この国の人々はかの御方おんかたを「ミカド」とお呼びするのが普通だが――とそのご家族がたのおわす宮全体は皇居と呼ばれ、そのうちこのきさきの住まう宮のことを、ここでは「曙光ひかりの宮」と呼ぶ。
 后妃は正妃であられる「光の上」を筆頭に三名。とはいえミカドのご寵愛は、ほとんど一筋にその「光の上」のもとにあった。

 二のきさき、三の后にも子はあるが、基本的に皇位を継ぐことができるのは正妃の子のみだ。あとの子らはといえば、いわばある種の「保険」のような存在で、万が一正当な皇位継承者たちに不測の事態が発生したときにのみ、その上に皇座が舞い降りてくるのである。ちょうずるまでの間にそうした事態にならなかった場合、それらの子らは臣下筋の何某なにがしかへと養子に出され、いずれ未来のミカドの手足となって働くしんの一人になるのが普通だ。

 女たちから扇や袖の陰でこそこそと好きなように噂されていることなど露知らず、スメラギ家の第三皇子タカアキラは、ちいさな額に玉の汗を光らせながら、一心に母のいる宮へと駆けている。
 明るい空色の絹糸けんしで織られた童水干わらわすいかんと、動きやすい小袴こばかまといった出で立ち。水干には胸元や袖のあたりに可愛らしくぽんぽんと菊綴きくとじと呼ばれる房飾りがあしらわれている。長い黒髪は頭の後ろでひとつにまとめ、素直な垂れ髪になっていた。

「母上、母上! 池の向こうの陽だまりに、すみれが咲いておりました。今年、はじめて見つけたのです!」
「あら、可愛らしいこと」

 女官に勧められて香炉を手にし、新しい香を吟味していた母「光の上」がふわりと微笑む。そうやって愛する息子を迎えるのも、この宮のいつもの光景だ。
 皇后はくつを投げ出さんばかりにして座敷へ上がってきた小さな息子の手からその二輪ばかりの花を受け取り、生けてやるようにと傍らの女官に預けた。それからあらためて息子を近くへと招き寄せ、やさしく抱きしめる。
 男児が七つになれば、たとえ血を分けた母といえどももはやこうして同じ部屋に起居したり、直接顔を合わせたりすることは許されなくなる。だからこれはこの親子に、今だけに許された大切なふれあいのひとときなのだった。

「美しいわね。どうもありがとう、タカアキラ」

 女官が小ぶりな花瓶に生けてきたその花をすこし嗅ぐようにして、母はそっと傍らの息子を見やった。皇子は上気した丸い頬をにっこりと微笑ませる。もちろん、母の喜ぶ顔が見られて嬉しいのだ。
 母はそんな息子をみながら、やや首をかしげてもの思う風だったが、やがて顔をあげて息子の目をじっと見返した。そこにのぼった微笑みはそのままに。

「けれど、タカアキラ。花は摘んでしまったら、もう長くは生きられないのよ。今度はすぐに摘んでしまわないで、まずわたくしを呼んでちょうだい。そうして、そこへ案内してくださればいいの。そうしたら、もっともっとお母様は嬉しいわ」
「え、母上……」

 どうやら母の意にそまぬことをしてしまったらしいと気づいて、タカアキラの相貌が曇る。この皇子は非常に感受性が豊かで、相手の気持ちの機微に敏感なのだ。
 母のほうでも息子の表情にすぐに気づいて、困ったような笑みを作った。

「いえいえ。叱っているのではありませんよ。ただ、花にも命があるのだから。あなたの手で手折たおられなければ、この花とてこれからまた種を残して、命をつないでいきたかったかも知れないでしょう」
 「あ」と小さく声をあげて、皇子はしょんぼりと目線を落とした。たとえまだ幼いよわいだとは言っても、この皇子に多くの言葉は必要ないのだ。
 母はそれを察して、ゆっくりと笑みを深くした。
「ですからわたくしは、たとえ少々土に汚れていても、お日様のもとで健やかに根付いている花が好きなの」
「……はい、母上……」
 少ししょんぼりしたタカアキラを、かさねた長い袖を揺らして抱き寄せると、母はその髪を、優しく撫でてやった。
「がっかりさせてごめんなさいね。気に病む必要はないのですよ。わたくしが、少しばかり敏感すぎるだけのことだから」


 そんな微笑ましい母と子の様子を遠目に見ながら、女官らの噂話は続いている。
「それにしても、ツグアキラさまにはお気の毒なことだったわね」
「そうね。まさか第二皇子であらせられる方に、<恩寵おんちょう>があらわれなかっただなんて──」
「これで第二皇位継承者は、タカアキラ殿下に決まったようなものね。なにしろ殿下は、あのお年でもう<恩寵>を賜っておいでなのだもの。しかも、ひとつではないという噂もあるわ」
「そうらしいわね。わたくしたちにとっては喜ぶべきことよ。大きな声では言えないけれど」
「そうね。それに、その……こう言っては何だけれど、あのツグアキラ殿下は少しばかり──」
「しっ。誰が聞いていないとも限らないのよ。まして皇族さまがたには<恩寵>があられるのだから。迂闊な言葉はお口になさらないのが身のためだわよ。お互いにね」
「そ、そうね……」

 途端に、女たちの声はぼそぼそとさらに低くなり、周囲には聞こえないほどになった。


 「曙光の宮」のまわり、池を囲んだ木立の陰に、陰鬱な顔をした青白い相貌の少年が立っている。
 その目はじっと、邸の中で今もまだ戯れている「光の上」とその三男、タカアキラを虚ろな光をたたえて見つめている。

 が、その薄暗い視線を感じたかのように、いきなりぱっとタカアキラがこちらを見て、少年は小さく舌打ちをした。そして素早く木の幹に体を隠すと、足早にその場を去って行った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

処理中です...