星のオーファン

るなかふぇ

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第四章 相棒(バディ)

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「貴様! 何をする……!」

 相手の軍服が明らかに下士官のものであることに気づいて、アルファはそいつを遠慮なく叱咤した。
 振り向けば、男はアルファよりも頭ふたつ分ほども大きな、ヒグマの顔をした巨漢だった。ちらっと見えた襟章からすると、伍長クラスであるようだ。そんな立場の者が将校である自分にこんな真似をすれば、ただでは済まない。
 しかし、男は金色に光る目でアルファを見下ろしたままにかにか笑っただけだった。

「いーい、ニオイだ……。やっぱり、いたな」

 そうして手を放すどころか、その丸太のようなかいなで後ろからますますアルファの腰を締め上げるようにする。見た目どおりの怪力らしい。逃げようにも、その腕はびくともしなかった。何度か肘うちを食らわせ、拳で背後にあるその顔を殴りつけ、足でも膝のあたりを蹴り上げてみたのだったが、すべては無意味だった。
 ヒグマ男は蚊に刺された程度のダメージも覚えぬ様子で、逆にくんくんとアルファの顔に鼻先を近づけてにおいを嗅ぐようにした。

「ずうっと、ニオイをたどってた。今日こそは、絶対見つけてやるってな――」

 男の全身から溢れてくるのは、食堂などでよく飛んでくるあの情念、淫蕩な情欲にまみれた「気」そのものだった。
 物思いにふけるあまりに、自分はうっかりと<隠遁>を解いてしまっていたらしい。アルファは舌打ちをした。不用心な自分自身を殴りつけてやりたい。こんな奴に、こんなにあっさりと捕まってしまうなど。
 しかし、もちろんもがくのはやめなかった。

「離せ! いい加減にしろ」
「いやだねー」
「私が誰だか、分かっているのか? 私は――」
「さあ? 知らねえな。なんなら、言ってみるかい」
「ぐうッ……!」

 途端、すさまじい膂力りょりょくで羽交い絞めにされて、アルファは呼吸もできなくなった。毛むくじゃらのその腕にばりばりと爪をたててかきむしったが、やっぱりなんの意味もない。

「なあんだ。言わねえの? 奥ゆかしいんだねえ。ま、いいけど。こういう秘密の逢引きってのもオツなもんだし」
「…………」
「俺は俺の鼻だけを信じてるもんでよ。素敵なかわいこちゃんのことは、この鼻がちゃあんと教えてくれらあ」
「…………」

 アルファが無言なのはもちろん、肺と横隔膜を同時に抑え込まれて息をすることもできないからだ。
 わざとそうしているくせに、男は満足げに熱い息をアルファの顔に吹きつけながらその股間を後ろから押し付けてきた。それはその体格に相応しい、凶器そのものの大きさだった。互いの衣服を通してでも十分、それが硬く張り詰めているのがわかる。
 男はアルファの耳元でべろりと舌なめずりをした。
 そして驚くほどに手馴れた様子で、持っていた細いロープのようなものでアルファの両腕を背後の木にくくりつけてしまった。ちょうど万歳をしたような格好になったところで、いかにも汚れたハンカチかなにかを口に詰め込まれた。
 もちろんアルファはあらゆることに対して暴れて抵抗したのだったが、やはり何をやっても無駄だった。こうして体を拘束されてしまったら、<隠遁>にはほとんど意味がないのだ。あとはもう、殺気のこもった目で相手を睨み据えるぐらいのことしかできない。
 だが男は、それすら嬉しくてたまらないようだった。

「いい目だねえ。たまんねえ……。ずうっと、こうしたかったんだよ。あんたのニオイ、めちゃくちゃだもんな。そこらへんの女なんぞ、比べもんにもなんねえ。ほんと、気が狂いそうになる。いや、もう狂っちまってるかもしんねえ」
 はあはあと、湿った吐息が耳にかかった。肉が腐って茶色じみた紫に変色したときのような、えた臭い。吐き気がする。
「なあ、知ってるかよ? 俺が一体、頭ん中で何回あんたを犯したか」
 知るもんか、そんなこと。アルファは頭の中だけで相手を罵倒するありとあらゆる言葉を何百回も唱えた。
「おとなしくしてりゃあ、痛い目は見せねえからさ。いつ出会ってもいいように、ちゃあんと準備もしてたんだ。ひいひい言わせて、がらせてやんよ。もう戻ってこれなくなるぐらい、イイ思いをさせてやる」
「……!」

 次の瞬間にはもう、アルファの下肢の軍服が下着ごとずり下ろされていた。
 自分の全身から、一気に血の気がうせるのがはっきり分かった。

(ザンギ。ミミスリ……!)

 自分から彼らの目を盗んでふらついておきながら、なんという身勝手さだろう。結局は彼らにこうして、助けを求めている。己が情けなさに涙が出そうになる。
 男は子供でも扱うかのように軽々と、アルファの両足を開いて腰を割り込ませ、抱え上げるようにした。なにか冷たくてぬるぬるしたものが、男の指で足の間に塗りつけられている。ぐちゅぐちゅと、卑猥な音が下方からした。

 いやだ。
 いやだ。
 ……どうして、こんな。

 護身用に持っている、あの麻酔銃さえ手にできれば。
 この腕さえ、自由になれば――

 と、男はよだれを垂らしながら舌なめずりをすると、改めてアルファの足を抱えなおした。
 巨大で固く熾りたった暴力的なものが、自分のそこに押し当てられる。
 アルファは全身を硬直させた。

 いやだ。
 やめて。

 そうしてついに、心で彼の名を呼んだ。

(ベータ……!)


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