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第二部 エスペローサ編 第二章 解放
2 禁錮の間(2)
しおりを挟む兵士たちの反応は、当然のように鈍かった。
「は? え、えーと……」一人はなんのことか分からず、戸惑っている。
「あ~、はい……。少しですよ? 本当に──」やや飲み込みの早いもう一人が、やっとシュウの意図を理解して隣の兵士に耳打ちすると、ようやく二人の甲冑姿がのそのそとその場で半周回った。
途端、レドに再度顎を捉えられ、シュウは唇を奪われた。
「ん、んんっ……!」
あまり激しくて、息が詰まりそうになる。
「は……あふ……」
歯列をなぞり、口蓋の裏を舐め、深く舌を絡めあうその音が部屋中に響いて恥ずかしすぎた。
「ん、……い、や……」
すぐ後ろに、人が立っているというのに!
恐らくレドは、後ろの二人に聞こえるようにわざと音を立てている。逃げようにも、片方の肩をがっちりとつかまれていて動くこともできない。
(バカバカ、陛下のバカ──!!)
シュウは涙を滲ませながら、心の中でレドへの暴言の数々を並べ立てた。
しかしそれでも、唇を離したいとは思わなかった。
「は……あ」
ようやく解放された時には、なんだか立っているのも億劫になっていた。
(もうやだ、この人……)
鉄格子に掴まりながら、まだ少し荒い呼吸を整える。そうやって、なんとか立っている状態である。
間に鉄格子がなかったら、間違いなく目の前の寝台に引きずりこまれている流れだった。
「久しぶりだと、腰にくるか? ……悪かったな、我慢してくれ」レドはそんなシュウを見てくすくす笑った。「なにしろ、この状況なんでな」
肩をすくめて鉄格子を指先でつつき、そんなことを嘯いている。
「……っ!」
シュウは涙の滲んだ目で彼をにらみつけた。
と、背後から、かなり困ったような兵士たちの身じろぎが聞こえてきた。
「あのう……そろそろ……」
シュウは、はっとした。「あ、ごめんなさい……。もういいです……」そう告げると、また二人はのそのそと半回転した。二人とも、ひどくばつが悪そうだ。それだけは、顔の見えない兜越しでもよく分かった。
シュウは恥ずかしさのあまり、本当に穴があったら入りたい気持ちになる。もちろんそんな穴はどこにも存在しないので、片手で顔を隠すほかできることもなかったが。
「すみません……。できれば、忘れて欲しいです……」
気持ち的に滂沱の涙を流しつつ、再びお願いしていた。
鉄格子の中ではレドが腕を組み、からからと上機嫌で笑っていた。
「なんでもいいが、シュウ?」思いついたようにレドが口を開いた。
「……なんですか?」多少、膨れっ面になりながらシュウは返事をした。
「あいつに、あんまり触らせるなよ?」
「…………」
(またですか……)
シュウはがっくり来る。
以前、タルカスにも、そんなとんでもない釘を刺した男だ。それぐらいのことは言うだろうけれども。
──しかし。
(ああ……絶対、言えない……)
シュウは心の中で頭を抱えた。
「すでに、後ろから抱きしめられてしまいました」とか。
意識が無かったこととはいえ「『お姫様だっこ』までされてしまいました」……とか。
レドの瞳がぎろりと光った。
「……今、考えたことを言ってみろ」
びくーん、とシュウが飛び上がった。
(ひ──!)
血の気が引いていくのがはっきり分かった。
「『怒らないから』……とは、言わんがな」すでに、その声が地を這っていた。
「ご、ご、ごめんなさい──!!」
シュウはもう、あとも見ないで「禁錮の間」から逃げていった。
◇
シュウの後ろを慌てて追いかけてゆく監視兵たちを見送って、レドは腕を組んだ。
無造作に口を開く。
「……で? あんたはそこで何をやってる」
「おや。さすがはレド王、気付いてたんだね」
扉の影からするりと現れたのは、ナリウスだった。
白手袋の指をいつものように頬に添わせている。
「随分と、お楽しみのようだったね?」
「用件は」
レドは半眼だ。美貌の王の悪戯心になど、付き合う気はさらさらないらしい。
「ちょっと相談ごと……かな?」
静かな微笑みは、今ではさほどの冷たさを感じさせなかった。
その変化の理由を知っているかのように、レドが目を細め、少し不快げな顔になる。
「……囚人ごときに、何の相談が?」
皮肉混じりの返事はまるで聞こえなかったかのごとくに、ナリウスは黙って手にしていた封書をレドに差し出した。
「これなんだけどね」
巻かれた羊皮紙の表には、正式な文書であることの証として封蝋が施されていた。
封印はすでに解かれて、一読された後のようである。
紅の封蝋の上には、王家の紋章が捺されている。
それは明らかに、獅子の頭部を象った、トロイヤードの紋章だった。
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