93 / 149
第二部 エスペローサ編 第二章 解放
3 密書(1)
しおりを挟む自分にできる限り、目いっぱいの速さで「禁錮の間」から飛び出ると、シュウは必死で走り続けた。どこへ向かっているかなど、わかるはずもない。
鉄格子の中のレドが追ってこられるはずはないのになぜそこまでと自分でも思うが、こればかりは仕方がない。気持ちの問題である。
兎にも角にも、怒らせると怖いのだ、あの王は。
それに、ノインやタルカスもきっとそうなのだが、あの種の男たちはきっと殺気だけでも人が殺せる。離れておくに越したことはなかった。
シュウの監視兵たちが、あわてて後ろからどかどかと走ってくる音がする。
と、目の前に槍がからんと倒れてきて、シュウは足を止めた。
(……ん?)
それが、からからから、とシュウの前方に少し転がってゆく。
廊下の脇に立っていた警備兵が、慌てたようにそれを拾い上げようとした。どうやら取り落としたらしい。
が、それは間違いだった。なぜならその男が、素早くシュウの手に何かを握らせてきたからである。手袋越しに触ってみると、なにか柔らかい物だった。
「………?」
不審に思って見上げたときには、彼はもう元通り、壁の置物になっていた。顔を覆う兜からはなんの表情も読み取れない。もはや微動だにしなくなっている。
「あ……あの」
言いかけたところに、すぐに監視兵の二人が駆け込んできた。シュウは反射的に、手の中のものを握り締めた。
「シュ、シュウ様! 急に走り出されては──」息を切らしながら、兵士の一人が苦言を呈した。「困ります。我々も仕事ですので……」
「あ、はは……。すみません……」
シュウは苦笑して頭を掻いた。
手の中のものは、そっと握って彼らの視線からさりげなく外しておいた。
◇
部屋に戻って一人になってから、シュウはそれをようやく見ることができた。
それは、小さく折りたたまれたおよそ十セントル四方ほどの小さな羊皮紙だった。開いてみると、小さな文字がびっしりと書き込まれている。
(手紙……?)
シュウはまず、それが自分にちゃんと読めるのかどうかが不安だった。が、とりあえず椅子に座ると、文面を注意深く目で追い始めた。
文字はまだヴォダリウスに手ほどきされ始めたばかりだった。だから所々分からない部分はあったものの、幸い何とか意味は読み取れた。
それは、大体以下のような文章だった──
『シュウ様
このような突然のご無礼をお許しください。
わたくしは、オットーと申します。
先日、地下牢へあなた様をご案内した警備の者です。
あのとき、あなた様にした非礼の数々を思えば、このようなことをお願いするのは まったくの筋違いであることはわかっております。しかし──』
ここで一旦、インクが滲んで読めなくなっている。
シュウは先へと目をやった。
『どうしても、お願いしたいことがあるのです。
それは、わたくしの息子のことでございます。
息子は五歳になりますが、いまだに立つことができません。
医者には「足が萎えている、一生このままであろう」といわれ、妻とともに泣き暮らす日々を過ごしております。
兜の陰でご覧になれなかったとは思いますが、あのとき、地下牢であなた様のお力を見たとき、わたくしは涙が止まらなかったのです。
「とうとう、息子を救ってくださるかたが現れた!」と──。
どうか、どうか、お願いです。息子を救っていただきたいのです。
息子を連れてくる算段は、どうにかしてつけるつもりでおります。
なにとぞ、なにとぞ、私の息子を救ってやってくださいませ──』
最後のほうも、インクで汚れてよくわからなくなっていた。
シュウは項垂れたまま、じっとその羊皮紙を見つめていた。
父親の愛情が、行間に溢れていた。
そのうち、ぽとりと雫がその上に落ちて、また新たなインク染みを作った。
そのほかの染みが、同じ理由でついたものであることは明白だった。
その手紙を、なにか読み落とした部分がないか、シュウはもう一度じっくりと読み直した。そうしてしばらく考えた後、文机の引き出しからインク壷と羽ペンを取り出して、その裏側にゆっくりと丁寧に文字を書き始めた。
半刻後。
「う~ん……」
シュウは自分の書いた文面を前に顔を顰めていた。
それは、我ながら子供の書いたものよりも酷かった。
『オットーさま
おてがみ ありがとう ございました。
すみませんが 私は まだ あまり 字が うまく 書けません。
でも、おきもち よく わかりました。私に できる ことが あれば、
どうぞ お手つだい させて ください。
でも、しんちょうに けいかくを ねる ひつようが あります。
オットーさんと 息子さんが つみに 問われる ことが あっては いけません。
まずは、あいずを 決めましょう。 私が あなたの 前を 通ったら、左足を 少し 上げて せきばらいを して ください。
それから オットーさんが けいごに 立つ 所は いつも 同じ ですか?
私に あなたが わかる ように、ほかに なにか いい 考えが あったら おしえて ください。
シュウ 』
出来上がった手紙を見直して、シュウは溜め息をついた。
「もっと、勉強しなくちゃな……」
ともあれ、内容は何とか伝わりそうだ。あとは、これをどうやってオットーなる警備兵に渡すかである。
今から、わざわざ先ほどと同じ場所まで行くのはまずいだろう。監視兵たちに疑われるかも知れない。ともかく、いつも肌身離さずこの手紙を持っていて、彼のほうからまた接触してくるのを待つしかないようだ。
何しろ自分には、彼の顔どころか、声さえも分からないのだから。
ひとまずそこまで考えたところで、部屋付きの侍従の一人が昼食の用意ができたとシュウを呼びに来た。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜
真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」
現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。
無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。
しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。
おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った?
世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。
※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。
この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる