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第二部 エスペローサ編 第三章 過去
1 昇進(1)
しおりを挟む「おう、邪魔するぜ」
トロイヤード王宮、国王の執務室に珍しい客がやってきたのは、レドがエスペローサから帰城して十日あまり後のことだった。
いつもは黒い鎧に黒いマントと上から下まで黒ずくめのその男は、珍しく鎧を脱いではいたものの、やはり黒の長衣に黒マントという姿で現れた。秋も深まり、北東辺境に敵が進軍してくる危険も薄れ、ひとまずの兵士の休暇といった風情にも見える。
執務机の前に座ってなにか思いに耽るがごとくに窓外を眺める風だった部屋の主が、徐に振り向いた。彼以外、部屋にはだれもいなかった。
「来たか。まあ座れ」
黒髪に紅いマントのその姿は、まぎれもなくこの国の王である。
「長居するつもりはねえよ。話があるならさっさとしてくれ」
面倒臭そうに答えながら短い銀髪の頭を掻くのは、北東辺境バルド城塞の常駐指揮官、千騎長ノインだった。
「せっかくの休暇中に人をわざわざ辺境から呼びつけやがって。話があんなら、あの時むこうですりゃあいいもんを──」
腕を組んで不平を鳴らすが、その目は決して怒ってはいなかった。レドは手を組み、そこに顎を乗せた姿勢でしばしそんなノインを眺めていたが、いきなり結論のみ言った。
「ノイン。万騎長になれ」
今度はノインが言葉を失う番だった。
「はあ!? アホかてめえ!?」目を剥いて叫ぶ。「冗談じゃねえよ! なんで俺が──」
「先日のことで思い知った。お前が最初から傍にいれば、あんな事態にはならなかった」レドはまっすぐにノインの目を見て言い切った。「北東の辺境なんぞにいつまでも燻っていられては迷惑だ。重要な話もすぐにできんようでは、話にならん」
ノインは一瞬言葉に詰まった。「いや、それはそうかも知れねーが。この年で万騎長になんぞなってみろ! おっさんどもから袋叩きじゃねえかよ、勘弁しろや!」本当に勘弁しろとばかりに言い募る。
この国では、これまでの通例として齢三十代以降の者しか万騎長になったことがない。いまだ二十代前半のノインがそうなれば、異例中の異例ということになる。当然、年長の士官たちからの風当たりは強くなろう。
「大体、今の千騎でも多すぎるぐらいだっつーの! 俺はせいぜい二百騎ぐらい引き連れて奇襲でもやってんのが性に合ってんだよ、知ってんだろうが!」
「心配するな。お前は十分、その器だ」
レドがにやりと笑ってみせた。
「ぐ……」さすがに二の句が継げなくなってノインが黙った。
「お前が言うところの『おっさん』将軍どもは俺が黙らせる。ともかく、すぐに王都に戻って来い。冬の間に、できることはすべてやっておきたい。お前の助けが要る。聞き分けろ」
まさに立て板に水。言い返す隙などあらばこそだ。ノインの額に青筋が立った。
「ってめ、こら──」
しばしの沈黙。
やがて、ふうっと息を吐いてノインが言った。
「……全部、てめえの責任だとか思ってんじゃねえだろうな?」
眉間に皺を寄せレドを睨みつけるようにしているが、多少、口調は穏やかなものに変わっている。
レドが苦笑し、ただ静かに答えた。
「そういうお前も、自分の責任だと思っている。……違うか?」
ノインが溜め息をついた。
「ま、おっさんはおっさんで、間違いなく自分の責任だと思ってるけどな、あれは──」
どうやらタルカスを思い出したらしい。舌打ちしてやりきれない顔になり、がしがしとまた頭を掻いている。
「だがまあ、ここでみんなしてそう思ってたってしょーがねえわな。俺らは今、やれることをやるしかねえ。でなきゃ──」
レドの瞳がぎらりと光った。
「シュウが残った意味が無い」
ノインが黙って頷き、にやりと笑った。
「ちっ……。しょーがねえ、付き合ってやるわ──」軽く伸びをして後ろを向き、ノインは軽い調子で言った。「ただし、全部終わったら身分戻せよ? そのままずっと万騎長とか、ぜってー御免だからな。いいな?」
振り向いてレドを指差しながら釘を刺す。レドは笑った。
「無論だ。……だが」
「あ? まだなんかあんのかよ?」
「親父殿と、普通に会話できるぐらいにはしておけよ」
「う……」ノインが本格的に絶句する。
「当然だろう。同僚とまともに話もできない万騎長など、話にならんぞ?」レドが少し面白そうに、にやにや笑った。「命令だ。わかったな?」
「ってめ……」
「話は以上だ」
怒りの形相で拳を震わせているノインを無視して、レドは手近な羊皮紙を取り上げるとそこに目を落とし「出て行け」とばかりに手を振った。それ以上はもう、黒服の男を一顧だにしなかった。
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