【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀

12 肉迫(2)

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 シュウの奇跡の手によって息子の障害が取り除かれた。そのあまりの僥倖に、オットーはその後しばらく有頂天になってしまった。
 日々なんの代わり映えもなく、面白くもなんともないのに責任だけは重い。それが城の警護という仕事だ。にも係わらずオットーは、毎日うきうきと持ち場に就いた。天にも昇る心地だったからだ。
 今までのオットーの家は、これまでどうしても陰鬱な悲しみと諦めが支配していた。だが今やそこには活発に動き回る元気な可愛い息子と、それに手を焼きながらも嬉しそうにオットーを迎えてくれる妻がいる。舞い上がるなと言う方が無理な相談というものだった。

 気のいい同僚たちは不思議そうにしながらも、そんな彼を温かく眺めてくれていた。
 しかし。
 自分は、少々浮かれすぎていたのだと思う。クリスとホッパーからは「このことをあまり口外するな」と言われていたというのにだ。
 あの日、オットーは酒の席でつい、とある同僚にぽろりと漏らしてしまったのである。

「困ったことがあったら、後宮にいらっしゃるシュウ様にご相談するがいいぞ」──と。

 それが大きな間違いだった。オットーがそのことに気づいたのは、それから三日後の夜のことだった。その夜、なぜかその同僚から「とある高貴なお方がお前をお呼びだ」と聞いたのだ。自分は何の疑問も抱かずに、ほいほいとその男の後について行ってしまったのである。

 その「高貴なお方」の部屋に入って床の上のものを目にした時に初めて、大きな過ちを犯してしまったことに気付いた。そこには、自分が命よりも大切に思っている二人の家族が後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされて転がされていた。
 「高貴なお方」が口を開いた。妙に錆びたような声だった。

「あの男娼が、この子供の足萎えを治したと? それはまことか」

 疑わしげな気持ちの目いっぱい乗った、人間性の欠片も感じられない声音だった。

「ま……まことにございます、閣下……」自分は震え上がって、何度も何度もひたすら頷いてみせた。
「ふむ? ナリウスめ、ただの男狂いかと思うておれば……。なにやら面白き玩具おもちゃを手に入れおったようじゃのう……」

 男はくくく、とまるで蛇が笑うかのような喉声で嘲笑あざわらった。
 「しまった」と思ったときにはもう遅かった。クリスから「シュウ様の能力ちからのことは決して口外するな」とあれほど念を押されていたことを、自分はやっとその時になって思い出したのだ。こともあろうに、自分は最も言ってはならぬ相手にそのことを漏らしてしまったことになる。

「……そなた、妻子の命が惜しいかや?」
 鉄錆のような声が、聞くも恐ろしいことをほとんど呟くようにして訊ねた。
「も……もちろんにございます……」自分は震えながら、ただそう答えるより他なかった。
「よし。では、そちに頼むとしよう。そなた、あのシュウとやらいう男娼を誘き出せ。トロイヤードの間諜を名乗り、こっそりと彼奴きゃつに手紙を渡すだけでよい。……簡単な仕事であろう?」
「は……? し、しかし──」いったい何を言われているのかすら、よく分かっていなかった。
「問答無用!」鉄錆の声がぴしゃりと言った。「手紙その他の段取りは、こちらでつけてやろう程に。そなたはあの男娼ずれに手紙を渡すだけで良いのじゃ。そうするだけで、そなたの妻子は大事な命を拾うのだぞ。なかなかに良い取り引きだと思うがのう? どうじゃ」

 下卑た笑みを含んだ蛇の声が、ねっとりとした悪魔の囁きを耳に滑り込ませてきた。

「しかし、そのっ……。わたくしは、クリスやホッパーに顔も知られておりますし──」
「ふははは! なるほどなるほど?」

 オットーがやっとのことで絞り出した抵抗は、相手の哄笑によってすぐさまかき消された。

「心配いらぬ。それは我々に、すでに一案があるのでな……」
「いち、あん……」

 呆然としているうちにも、男は言葉を続けている。

「だが、決して裏切るでないぞ、オットー。万が一、貴様が裏切ったと知れればすぐにも、妻子の命はないと思え」
「か……閣下、どうか……」

 お許しください。お許しください。どうか家族を、家族だけは解放してやってください。
 そんな自分の必死の哀願など、存在自体を無視された。

「なるべくならば、失敗もせぬがよかろうの……。そのたびごとに、妻子の目はくり抜かれ、手足の指は一本、また一本となくなってゆくほどに。よくよく、心して使命を果たせ……」

 鉄さびた蛇の高笑いが、耳の中にこだました。
 
 ……そして。
 自分は城の外、雪の庭へと引いてゆかれ。
 その男の手下てかの者らに、いきなり油を浴びせられ──

 そこへ、火を放たれた──。


 ◇


 シュウはオットーの語る話を、ただただ真っ青になって聞いていた。体じゅうに鳥肌が立っているのが、触れてみるまでもなくわかった。クリスは厳しい渋面のまま腕組みをして突っ立っている。ホッパーは怒りに燃える瞳を隠そうともせず、握り締めた拳をぶるぶると震わせている。
 オットーが言葉を継いだ。

「その後は、皆様ご存知のとおりです。私は『ガルフ』という偽名をつけられ、『医務の間』で働くシュウ様に近づくように仕向けられました。あの手紙は、医療補佐官として潜り込んだあちらの手の者から、その都度手渡されておりました……」
「シュウ様が『ラギ様』として私の包帯を替えてくださる時を狙って、こっそりと手紙をポケットに入れさせていただいておりました。警護の皆様は、まさか私のような重傷者が『ふくろう』だとは思われなかったのでしょう。あまりこちらをご覧にはなっていなかったので……」
「なるほど、そういうことかよ……!」

 ホッパーが悔しそうに唇を噛みしめている。そのためにこそ、いやそんなことのためだけに、オットーはこんなにも無残な重傷者に仕立て上げられねばならなかったのだ。

(ひどい……)

 シュウは我が胸を抑えて震えた。先ほどから涙が止まらない。雫はつぎつぎに頬から顎へと零れては落ちていく。
 あまりにも酷すぎて、もう何を言葉にすることもできなかった。そんな非人間的なことが、このまま許されてもいいのだろうか。

「……して」クリスがとうとう重い口を開いた。静かだが、裏に確かに激しい怒気を含んだ声だった。聞く者すべてを心底からおののかせるほどの、閃くような凄みがあった。「……その者の名は」

 オットーが一瞬、沈黙した。しかし、すぐに意を決して顔を上げた。

「宮中伯、サリヨル卿──」
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