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第二部 エスペローサ編 第五章 呪詛
10 毒杯(2)
しおりを挟む(……奸臣め)
十四のナリウスでさえそう思った。
彼らの望みなど聞いてみるまでもなかった。奴等は明らかに側室腹の王子たちと通じている。彼らが自分よりもその王子のうちの誰かを王位に就けたがっていることは、とうの昔から知っていた。その奸臣たちが王の耳にどのようなことを囁くかなど、わざわざ誰かに教えてもらうまでもないことだった。
王の態度は日々冷たくなっていった。ナリウスに対してはもちろんのこと、王妃に対してはさらに輪を掛けた酷さだった。時には母に、傍にあった物を投げつけさえした。
自分のことはどうでも構わなかったが、母のことだけは気がかりだった。母自身は、父からどのような言葉を投げつけられても何をされても、少し悲しげな微笑を浮かべるだけで、特に自身を弁護する風もなかった。
思いあまって「お父上のなさりようはあまりに酷い」とでも言おうものなら、むしろ母はそれを諌めて「お父様はご病気なのですから」と、父を庇うほどだった。そんな母のことを思えば、父に面と向かって刃向かうことなど、その時の自分にはできなかった。
今にして思えば、それが間違いの元だった。
自分がその時、もっと大人で、十分に周りが見えていたなら。そう、どんなに悔やんだことか知れない。もっと早く、もっと確実に、そして手段など選ばずに母を守るために動くべきだった。
だが、その時の自分にはそれを選択するだけの覚悟も、勇気も、知恵も、胆力も……ともかく、なにもかもが欠けていたのだ。
……そして。
ついに、その日がやってきた。
◇
その日は、不思議なほどに天気が良かった。
毎年のトロイヤードへの侵攻と撤退も終了し、空は短い秋の訪れを告げていた。
ナリウスは午前の授業を終了させ、昼餉の時間までの間に少し剣術のおさらいでもしておこうと、愛用の長剣を手挟んで庭へと続く廊下を歩いていた。と、そこへ侍従が飛んできた。父王が自分を呼んでいるというというので、そのまま父の寝室に向かった。
(……?)
部屋に一歩踏み込んだだけで、すぐに異様な空気に気づいた。
天蓋つきの寝台の上にはいつものように顔色の悪い父が横たわり、その脇に宮宰が、意味ありげな笑みを浮かべて立っていた。父はすでに長い髪も髭も真っ白になっており、夜着の上にガウンを羽織っていた。宮宰はだらしなく肥えた体を、いつものように豪奢な長衣と指輪や腕輪などの装飾品でごてごてと飾り立てている。
少し離れて、桜貝色のドレスの母もソファに座り、やや不安げな顔で微笑してナリウスを迎えてくれた。その他の侍従などはだれもおらず、すでに人払いがなされているらしかった。
「お呼びでしょうか、父上様」
いつも通りに礼をすると、父は不機嫌な声を隠そうともせずに頷いた。「うむ。近う」
親しみなどというものからはまるで程遠く、物言いもまるきり臣下に対するそれだった。が、ここ最近はずっとそんな調子だったため、特におかしいとも思わなかった。その瞳には、ずっと以前なら存在した息子に対する愛情など、もはや欠片も残ってはいなかった。
「今日は、そなたと王妃に大切な話があって呼んだのじゃ。まずは……」
「陛下は、ここしばらくの城中での噂の真偽をお確かめになりたいそうなのでございます」
でっぷりと太った中年の宮宰があとを引き取った。男は、名をロズメルと言った。にんまりと気持ちの悪い笑顔を浮かべている。傍らの小さなテーブルには、葡萄酒の瓶が一本と、銀製の杯がいくつか載った盆が置いてあった。
(確かめる……? いったい、どうやって──)
不審な気持ちで母を見やると、母も微かに首を横に振って応えた。「わからない」という意味だと理解した。
宮宰ロズメルはもったいぶった様子でゆっくりと杯に一杯だけ葡萄酒を注ぐと、盆に乗せてしずしずと目の前にやってきた。そこで静かに膝をつき、盆をナリウスに差し出してきた。
(……?)
ロズメルの求めることを計りかねて沈黙していると、父王が静かに命を発した。
「取るがよい。ナリウス」
「……はい」
一瞬ちらりと父母を見やってから、ナリウスは仕方なくその杯を取った。ロズメルが元のように、またしずしずと父の傍らに戻った。その目には明らかにほくそ笑む色が浮かんでいて、ナリウスは吐き気を催した。
気味の悪い予感は自分の意思に関わりなく、心臓の拍動とともに不穏のレベルを押し上げてゆく。
母は、心配でたまらぬ様子で美しい眉をひそめ、父に尋ねた。
「陛下、あの、これは──」
「王妃よ」母の言葉を打ち消して父が言った。「そなた、今ここでまことの心をもって答えよ。このナリウスは、まこと真実をもって儂の子か?」
母の瞳は一瞬、驚きに見開かれた。
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