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日本旅行編
お礼の品を求めて 4
『どうぞ召し上がってください』
待っている間にイクミ殿に勧められて、サクラ味のフィナンシェに手を伸ばす。
ほんのりとピンク色に色づいたフィナンシェを少し温めて出してくれたのか、近づけるだけで甘い香りがしてくる。
けれど、私の知るサクラとは全く違うことに驚かされる。
チェリーのような甘酸っぱい匂いがすると思っていたが、どちらかというとバニラに近い。
でもバニラともほんのり違う不思議な香り。だが、なぜだろう。クセになる。
完全に初めてのものにドキドキしながら口に入れると、ふわっと鼻に抜ける甘い匂いがなんとも美味しく感じられた。
『美味しい……』
上質のバターとコクを決して邪魔しないこのフレーバー。
想像をはるかに超える味わいに半ば茫然としながら味わう。
その様子をイクミ殿は笑顔で見守ってくれていた。
『お口にあったようでよかったです。こちらも試してみられませんか?』
勧められたのはサクラの花とともに焼かれた一口で食べられる小さなクッキー。
『この桜は塩漬けにしてあるものなので、少し塩味がありますが、クッキーと一緒に食べると美味しいですよ』
そんな説明を聞きながら、口に入れた。
サクホロと崩れる食感のクッキーにほんのり塩味の効いた花びら。
絶妙な味わいに、これなら旦那さまもお好きだろうと思えた。
『これは甘いものが苦手な殿方もお好きでしょうね』
『そうなんです。浩輔さんもこのクッキーが好きで……』
可愛らしい笑顔を見せるイクミ殿をみていると、旦那さまと一緒におられるユヅルさまが浮かんでくる。
いつも旦那さまのことを思い遣ってくださるユヅルさまと、このイクミ殿はよく似ていらっしゃるようだ。
『すみません、お待たせをしてしまいました』
コウスケ殿が黒服の男性と一緒に戻ってきた。
彼がこの店の店長なのだろう。
『ジュールさん。紹介します。彼がこの桜カフェで店長を任されている草薙です』
コウスケ殿から紹介されたクサナギという男性がさっと手を差し出した。
『初めまして。桜カフェの店長をしております櫻葉グループ飲料部の部長の草薙と申します。どうぞよろしくお願いいたします』
しっかりと私の目を見て、滑らかなフランス語で挨拶をなさるこの男性に私は好感を持った。
『ご丁寧なご挨拶を賜りありがとうございます。私はロレーヌ家で執事をしておりますジュール・エヴルーと申します』
笑顔で彼の手をとり握手をすると、彼だけでなく隣にいたコウスケ殿も驚きの表情を浮かべていた。
『エヴルー家といえばフランスでも有名な……。そうとは知らず、紅茶の淹れ方など簡単にお願いしてしまいまして大変失礼いたしました』
そういえば先ほどイクミ殿に自己紹介をしたときは、コウスケ殿はまだ席につかれていかなかったな。
『いいえ。よろしいのですよ。私も若い方々に美味しい紅茶の淹れ方を学んでいただくことは使命だと思っていますので、こちらでこのような機会をいただけて嬉しく思っています』
アヤシロ殿のご自宅で紅茶の淹れ方をお教えした時も喜んでいただけた。
時折講師として執事の専門学校で教える時とはまた違った喜びがあるものだ。
『ではさっそく始めましょうか』
私がやる気になったところで、他のスタッフが紅茶を淹れる道具を揃えてワゴンで運んできた。
周りに数組いたお客さま方が何事かとこちらに視線を向ける。
こうして注目を集めるのも、日本で紅茶が人気がゆえのことだろう。
それならば尚更美味しい淹れ方を覚えてもらうのはいいことだ。
そうして私はいつものように紅茶を淹れ始めた。
もちろん、ここは日本だからアヤシロ家で淹れた時と同様に抽出時間には気をつけなければいけない。
『紅茶を淹れる前にまず、ポットとカップを温めておくことが大事です。そして、ポットとカップを温めている間に、紅茶用のお湯を沸かします。その際はできるだけ、水道水を勢いよく注ぎ入れできるだけ水分中に空気を含ませることを心がけるとよろしいですよ』
注意点を説明しながら、ポットにお湯を注ぎ抽出時間に気をつけてカップに注ぎ入れる。
その間、コウスケ殿が動画を撮りながらクサナギ殿は真剣に私の手元を見てくださっていた。
『どうぞお召し上がりください』
三人分のカップに紅茶を注ぎ入れ、彼らの前に置く。
三人揃って口をつけ、同じように目を丸くする。
『美味しい……』
『本当! 同じ紅茶でもこんなに違うんだ!』
『これは……素晴らしいな』
彼らはじっくり味わうように何度もカップに口をつけあっという間に空になった。
『ジュールさん、本当に美味しかったです』
『お褒めくださり光栄です。きっとこの紅茶にはこちらのお菓子は大変相性がよろしいでしょうね』
もう一度新しく紅茶を淹れ、今度は私の分もカップに注いだ。
久しぶりに大勢の前で紅茶を淹れたからか、いつもより美味しく感じられる。
『このフィナンシェとの相性は抜群ですね』
私の言葉にクサナギ殿は笑顔になり、これからはこの紅茶の淹れ方をしっかりマスターして店で提供すると言ってくれた。
私の紅茶がこれほど役に立てるとは……なんとも嬉しいことだ。
一連の流れを見ていた周りのお客さま方も紅茶を飲みたくなったようで。それからしばらく紅茶が飛ぶように売れていた。
私はそれを微笑ましく思いながら、残っていたお菓子を紅茶と共にいただいた。
そうして、リオさまへのマカロンとフィナンシェ……もちろんどちらもサクラ味のものを包んでもらい、甘いものがお好きなユヅルさまミシェルさまとリュカ殿にもお土産のお菓子を持ち帰ることにした。
少し荷物が多いということでコウスケ殿とイクミ殿がホテルまで送ってくださり、最初から最後まで彼らにはお世話になってしまった。
『この度はありがとうございます。このお礼は必ずさせていただきます』
『いえ、お礼なんて……私たちこそ、美味しい紅茶をいただいて……それで十分ですよ。どうぞ残りの旅も楽しくお過ごしになりますように。今度はぜひ沖縄にもお越しください。西表島イリゼホテルでお待ちしております』
二人と固い握手をして別れ、私は部屋に戻った。
ああ……。一人で外出をしてみて素晴らしい出会いがあった。
彼らにはぜひとももう一度会いたいものだ。
いつか旦那さまとユヅルさまも一緒に沖縄に行ってみたい。
私のさらなる楽しみができた出来事だった。
待っている間にイクミ殿に勧められて、サクラ味のフィナンシェに手を伸ばす。
ほんのりとピンク色に色づいたフィナンシェを少し温めて出してくれたのか、近づけるだけで甘い香りがしてくる。
けれど、私の知るサクラとは全く違うことに驚かされる。
チェリーのような甘酸っぱい匂いがすると思っていたが、どちらかというとバニラに近い。
でもバニラともほんのり違う不思議な香り。だが、なぜだろう。クセになる。
完全に初めてのものにドキドキしながら口に入れると、ふわっと鼻に抜ける甘い匂いがなんとも美味しく感じられた。
『美味しい……』
上質のバターとコクを決して邪魔しないこのフレーバー。
想像をはるかに超える味わいに半ば茫然としながら味わう。
その様子をイクミ殿は笑顔で見守ってくれていた。
『お口にあったようでよかったです。こちらも試してみられませんか?』
勧められたのはサクラの花とともに焼かれた一口で食べられる小さなクッキー。
『この桜は塩漬けにしてあるものなので、少し塩味がありますが、クッキーと一緒に食べると美味しいですよ』
そんな説明を聞きながら、口に入れた。
サクホロと崩れる食感のクッキーにほんのり塩味の効いた花びら。
絶妙な味わいに、これなら旦那さまもお好きだろうと思えた。
『これは甘いものが苦手な殿方もお好きでしょうね』
『そうなんです。浩輔さんもこのクッキーが好きで……』
可愛らしい笑顔を見せるイクミ殿をみていると、旦那さまと一緒におられるユヅルさまが浮かんでくる。
いつも旦那さまのことを思い遣ってくださるユヅルさまと、このイクミ殿はよく似ていらっしゃるようだ。
『すみません、お待たせをしてしまいました』
コウスケ殿が黒服の男性と一緒に戻ってきた。
彼がこの店の店長なのだろう。
『ジュールさん。紹介します。彼がこの桜カフェで店長を任されている草薙です』
コウスケ殿から紹介されたクサナギという男性がさっと手を差し出した。
『初めまして。桜カフェの店長をしております櫻葉グループ飲料部の部長の草薙と申します。どうぞよろしくお願いいたします』
しっかりと私の目を見て、滑らかなフランス語で挨拶をなさるこの男性に私は好感を持った。
『ご丁寧なご挨拶を賜りありがとうございます。私はロレーヌ家で執事をしておりますジュール・エヴルーと申します』
笑顔で彼の手をとり握手をすると、彼だけでなく隣にいたコウスケ殿も驚きの表情を浮かべていた。
『エヴルー家といえばフランスでも有名な……。そうとは知らず、紅茶の淹れ方など簡単にお願いしてしまいまして大変失礼いたしました』
そういえば先ほどイクミ殿に自己紹介をしたときは、コウスケ殿はまだ席につかれていかなかったな。
『いいえ。よろしいのですよ。私も若い方々に美味しい紅茶の淹れ方を学んでいただくことは使命だと思っていますので、こちらでこのような機会をいただけて嬉しく思っています』
アヤシロ殿のご自宅で紅茶の淹れ方をお教えした時も喜んでいただけた。
時折講師として執事の専門学校で教える時とはまた違った喜びがあるものだ。
『ではさっそく始めましょうか』
私がやる気になったところで、他のスタッフが紅茶を淹れる道具を揃えてワゴンで運んできた。
周りに数組いたお客さま方が何事かとこちらに視線を向ける。
こうして注目を集めるのも、日本で紅茶が人気がゆえのことだろう。
それならば尚更美味しい淹れ方を覚えてもらうのはいいことだ。
そうして私はいつものように紅茶を淹れ始めた。
もちろん、ここは日本だからアヤシロ家で淹れた時と同様に抽出時間には気をつけなければいけない。
『紅茶を淹れる前にまず、ポットとカップを温めておくことが大事です。そして、ポットとカップを温めている間に、紅茶用のお湯を沸かします。その際はできるだけ、水道水を勢いよく注ぎ入れできるだけ水分中に空気を含ませることを心がけるとよろしいですよ』
注意点を説明しながら、ポットにお湯を注ぎ抽出時間に気をつけてカップに注ぎ入れる。
その間、コウスケ殿が動画を撮りながらクサナギ殿は真剣に私の手元を見てくださっていた。
『どうぞお召し上がりください』
三人分のカップに紅茶を注ぎ入れ、彼らの前に置く。
三人揃って口をつけ、同じように目を丸くする。
『美味しい……』
『本当! 同じ紅茶でもこんなに違うんだ!』
『これは……素晴らしいな』
彼らはじっくり味わうように何度もカップに口をつけあっという間に空になった。
『ジュールさん、本当に美味しかったです』
『お褒めくださり光栄です。きっとこの紅茶にはこちらのお菓子は大変相性がよろしいでしょうね』
もう一度新しく紅茶を淹れ、今度は私の分もカップに注いだ。
久しぶりに大勢の前で紅茶を淹れたからか、いつもより美味しく感じられる。
『このフィナンシェとの相性は抜群ですね』
私の言葉にクサナギ殿は笑顔になり、これからはこの紅茶の淹れ方をしっかりマスターして店で提供すると言ってくれた。
私の紅茶がこれほど役に立てるとは……なんとも嬉しいことだ。
一連の流れを見ていた周りのお客さま方も紅茶を飲みたくなったようで。それからしばらく紅茶が飛ぶように売れていた。
私はそれを微笑ましく思いながら、残っていたお菓子を紅茶と共にいただいた。
そうして、リオさまへのマカロンとフィナンシェ……もちろんどちらもサクラ味のものを包んでもらい、甘いものがお好きなユヅルさまミシェルさまとリュカ殿にもお土産のお菓子を持ち帰ることにした。
少し荷物が多いということでコウスケ殿とイクミ殿がホテルまで送ってくださり、最初から最後まで彼らにはお世話になってしまった。
『この度はありがとうございます。このお礼は必ずさせていただきます』
『いえ、お礼なんて……私たちこそ、美味しい紅茶をいただいて……それで十分ですよ。どうぞ残りの旅も楽しくお過ごしになりますように。今度はぜひ沖縄にもお越しください。西表島イリゼホテルでお待ちしております』
二人と固い握手をして別れ、私は部屋に戻った。
ああ……。一人で外出をしてみて素晴らしい出会いがあった。
彼らにはぜひとももう一度会いたいものだ。
いつか旦那さまとユヅルさまも一緒に沖縄に行ってみたい。
私のさらなる楽しみができた出来事だった。
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