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もう一つの出会い
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<side比呂>
「比呂、行こうぜ!」
今日は大学の大講義室でこの大学のOBによる講演会がある。
医学生の俺たちにとって医師として実際に働いている人の話を聞けるのはかなりありがたい。
しかも今日の講演会で話をしてくれる先生が、あの人なんて……
すごい偶然としか言いようがない。
先生は覚えてくれているかわからないけどな。
「コレットさんとは相変わらず仲良くしているみたいだな」
「えっ、あ、うん」
ロベールのことは隼人には全て話している。
高校時代からの友人の隼人は、俺がロベールに会うよりもずっと前から、女の子より逞しい男性のほうが似合うと思っていたらしく、ロベールの話をしてもすぐに納得してくれた。
今日は大学まで送ってもらっているところにちょうど隼人と出くわしたから、そう言われたんだろう。
もしかしたら車の中でキスしているところも見られたかもだけど、揶揄ったりしてこないところはさすが隼人だなって思う。
「そういえばさ、今日話をしてくれる先生。この前すごい論文を出したの知ってるか?」
「え、そうなの?」
ここのところ、ロベールと新居についての話ばかりしてて論文は見てなかった。
「ああ、『リハビリテーション医療の――』ってやつ、海外でもかなり評価されててさ、その論文に感銘を受けたばかりだったから今日すっげぇ楽しみだったんだよ」
隼人がここまで熱くなるのも珍しい。それほど、すごい論文だったんだろう。
「へぇ、そんなすごいんだ。俺も早速今日読んでみるよ」
「ああ、絶対読んだほうがいい。絶対だぞ! 本当すごいから!」
隼人の勢いに押されそうになっていると、
「ははっ。そこまで褒めてくれるとくすぐったいな」
突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、びっくりして振り返った。
「先生!」
「ああ、君だったか。そういえば医学生だと言ってたな。まさかこの大学とは思わなかったが、世の中狭いな」
そう。今日ここで講演会をしてくれる先生は、以前ロベールを診察してくれた先生。
あの時、俺が巻いたテーピングを上手だと褒めてくれた先生だ。
ガタイが良くてクマみたいだって思ったけど、分厚い胸板を見るとかなり鍛えているのがわかる。
「お、おい。比呂。お前、この先生知り合いなのか?」
袖をくいくいと引っ張られて、隼人のことを思い出した。
「ああ、ごめん。ごめん。前にロベールの診察をしてもらったことがあるんだ。その時一度だけ話しただけだったから覚えてもらえてるとは思ってなかったんだけど……」
隼人に説明をして、先生に向き直る。
「改めて僕、小日向比呂です。こちらは友人の吉瀬隼人。今日は先生の講演会を楽しみにしていました」
「あ、ああ。私は球磨龍之介。よろしく」
隼人の紹介をすると、先生はまっすぐに隼人だけを見つめながら手を差し出した。
「は、はい。よろしくお願いします」
隼人が先生の手を握ると、先生はにこやかな笑顔を見せる。
そして、そのまましばらく握ったまま、離そうとしなかった。
「あ、あの先生……そろそろ手を……」
「ああ、悪い」
隼人が困っているのが見えて声をかけると、先生はなぜか名残惜しそうに手を離した。
「君、吉瀬くんだったね。この講演会の後、時間はある?」
「え、は、はい。あります、けど……」
「それならよかった。私の論文を気に入ってくれているようだったから、この後ゆっくりと話をしたいんだ。どうだろう?」
「そ、それは嬉しいですけど、いいんですか?」
「もちろんだ。じゃあ、終わったら必ず席で待っていてくれ。念の為、連絡先を教えておくよ」
そういうが早いか、胸ポケットから取り出した手帳にサラサラっと電話番号を書き、隼人に手渡した。
「それじゃあ後で」
そう言って、先生は大講義室の裏口に走っていった。
隼人はもらったメモ紙に何度も視線を落とし、大事そうにポケットにしまった。
「よかったな。先生とゆっくり話せるなんてこんないい機会ないよ」
「比呂も一緒に行くだろう?」
「ああ、ごめん。俺……この後ロベールと用事があるんだ。だから二人で行ってきてよ」
「そうか? わかった」
本当は特に用事があるわけじゃない。
多分、ロベールに連絡を入れたら行っておいでと言ってくれるだろう。
でもなんとなく、邪魔しちゃいけない。
そんな気がした。
「比呂、行こうぜ!」
今日は大学の大講義室でこの大学のOBによる講演会がある。
医学生の俺たちにとって医師として実際に働いている人の話を聞けるのはかなりありがたい。
しかも今日の講演会で話をしてくれる先生が、あの人なんて……
すごい偶然としか言いようがない。
先生は覚えてくれているかわからないけどな。
「コレットさんとは相変わらず仲良くしているみたいだな」
「えっ、あ、うん」
ロベールのことは隼人には全て話している。
高校時代からの友人の隼人は、俺がロベールに会うよりもずっと前から、女の子より逞しい男性のほうが似合うと思っていたらしく、ロベールの話をしてもすぐに納得してくれた。
今日は大学まで送ってもらっているところにちょうど隼人と出くわしたから、そう言われたんだろう。
もしかしたら車の中でキスしているところも見られたかもだけど、揶揄ったりしてこないところはさすが隼人だなって思う。
「そういえばさ、今日話をしてくれる先生。この前すごい論文を出したの知ってるか?」
「え、そうなの?」
ここのところ、ロベールと新居についての話ばかりしてて論文は見てなかった。
「ああ、『リハビリテーション医療の――』ってやつ、海外でもかなり評価されててさ、その論文に感銘を受けたばかりだったから今日すっげぇ楽しみだったんだよ」
隼人がここまで熱くなるのも珍しい。それほど、すごい論文だったんだろう。
「へぇ、そんなすごいんだ。俺も早速今日読んでみるよ」
「ああ、絶対読んだほうがいい。絶対だぞ! 本当すごいから!」
隼人の勢いに押されそうになっていると、
「ははっ。そこまで褒めてくれるとくすぐったいな」
突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、びっくりして振り返った。
「先生!」
「ああ、君だったか。そういえば医学生だと言ってたな。まさかこの大学とは思わなかったが、世の中狭いな」
そう。今日ここで講演会をしてくれる先生は、以前ロベールを診察してくれた先生。
あの時、俺が巻いたテーピングを上手だと褒めてくれた先生だ。
ガタイが良くてクマみたいだって思ったけど、分厚い胸板を見るとかなり鍛えているのがわかる。
「お、おい。比呂。お前、この先生知り合いなのか?」
袖をくいくいと引っ張られて、隼人のことを思い出した。
「ああ、ごめん。ごめん。前にロベールの診察をしてもらったことがあるんだ。その時一度だけ話しただけだったから覚えてもらえてるとは思ってなかったんだけど……」
隼人に説明をして、先生に向き直る。
「改めて僕、小日向比呂です。こちらは友人の吉瀬隼人。今日は先生の講演会を楽しみにしていました」
「あ、ああ。私は球磨龍之介。よろしく」
隼人の紹介をすると、先生はまっすぐに隼人だけを見つめながら手を差し出した。
「は、はい。よろしくお願いします」
隼人が先生の手を握ると、先生はにこやかな笑顔を見せる。
そして、そのまましばらく握ったまま、離そうとしなかった。
「あ、あの先生……そろそろ手を……」
「ああ、悪い」
隼人が困っているのが見えて声をかけると、先生はなぜか名残惜しそうに手を離した。
「君、吉瀬くんだったね。この講演会の後、時間はある?」
「え、は、はい。あります、けど……」
「それならよかった。私の論文を気に入ってくれているようだったから、この後ゆっくりと話をしたいんだ。どうだろう?」
「そ、それは嬉しいですけど、いいんですか?」
「もちろんだ。じゃあ、終わったら必ず席で待っていてくれ。念の為、連絡先を教えておくよ」
そういうが早いか、胸ポケットから取り出した手帳にサラサラっと電話番号を書き、隼人に手渡した。
「それじゃあ後で」
そう言って、先生は大講義室の裏口に走っていった。
隼人はもらったメモ紙に何度も視線を落とし、大事そうにポケットにしまった。
「よかったな。先生とゆっくり話せるなんてこんないい機会ないよ」
「比呂も一緒に行くだろう?」
「ああ、ごめん。俺……この後ロベールと用事があるんだ。だから二人で行ってきてよ」
「そうか? わかった」
本当は特に用事があるわけじゃない。
多分、ロベールに連絡を入れたら行っておいでと言ってくれるだろう。
でもなんとなく、邪魔しちゃいけない。
そんな気がした。
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