大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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ずっとそばにいるよ

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さっと羽織ってみたが、袖も丈も少し……いや、かなり短い気がする。
フランスで日本のキモノを見たことがあるが、こんな感じではなかったような?

まぁでも、いくら大きいと言っても元はユヅルが着るために作ったのだから、これくらいの大きさになるのは仕方がないか。
ユカタの方はともかく、このヒモはどうやって結べば良いのだろう?

ああ、ユヅルに習ってからにしたらよかった。
変な格好でユヅルの前に出ることだけは避けたいが……如何せん見たこともないヒモをどうやって結べば良いのか悩んでしまう。

これを日本人は皆着られるのか……。
すごいな……。

あまり待たせるとユヅルが心配するだろうな。
やはり正直に着方がわからないというべきだろうか……。
だが、こんなこともわからないのかと思われるのも嫌だ。
ユヅルがそんなことを思わないとわかっていても気にしてしまうのが男というものなのだ。

どうすべきか悩んでいると、廊下側の扉からユヅルの心配する声が聞こえる。
やはり来てくれたか……。
優しいな。

こうなれば、言うしかない。
着方があっているかわからない……そう告げると、どうやら手伝ってくれるようだ。

扉を開けますよと何度も念を押してから扉を開けてくれたユヅルは私の姿を見て驚いた声をあげた。

やはりどこかおかしかっただろうか?

私がヒモの結び方がわからないというと、

「ああ、帯……」

と呟いて可愛らしく微笑んだ。

そうか……これはオビと言うのだな。
ユヅルが教えてくれたものだ。
一生忘れることはないだろう。

私の着替えの手伝いをしてくれることになったユヅルに任せて、ユカタの前を押さえていた手を離すと、手慣れた様子でさっと裾を持ち上げた。

その瞬間、

「わっ――!」
Oupsうわっ!」

目の前に立ったユヅルに愚息が丸見えになってしまい、思わず声をあげてしまった。

通常サイズであったのが何よりの救い。
これで少しでも兆していたら言い訳のしようがなかった。

変なものを見せてしまって申し訳ないと謝る私に、ユヅルは真っ赤な顔をしながらも変ではないと言ってくれた。
ユヅルがそう返してくれたことに驚いている間に、ユヅルは何をどうしたのかわからないほどの速さでささっとオビを結んで脱衣所から転がるように出ていった。

愚息を見たあの反応……あれは一体どちらなのか?
嫌がっているようには見えなかったが、かといって喜んでくれているとは思えない。

おそらくユヅルの身体についているものとは全く違うだろうし。
ユヅルのはきっともっと小さくて果実のように可愛らしく、色も綺麗な色をしているに違いない。
愚息とは似ても似つかないものだろう。

ユヅル優しさでああ言ってくれたのに違いない。
やはりもう一度きちんと謝った方がいいだろうな。

私は意を決して、脱衣所の扉を開けユヅルの元へ向かった。

名前を呼ぶと少し赤い顔で私を見てくれた。
目を合わせてくれたことにホッとしながら、謝罪の言葉を述べるとユヅルも謝ってきた。

勝手に見てごめんなさいなんて言うが、ユヅルが悪いことなど何もない。
私が下着をつけていないと一言告げていれば済んだ話なのだ。

そういうと、ユヅルはそれでも納得していない様子で、自分が悪いと言っていた。

どちらも悪いと一歩も引かない様子がだんだん可笑しく思えてきて、思わず笑ってしまったらユヅルも可愛らしく笑っていた。

ああ、なんだか心がぐんと近づいた気がする。
こう言うのを怪我の功名というのかもしれないな。

家族だから見ても見られても気にしない。
そう言って、私たちの初めての事件はあっという間に仲直りして幕を閉じた。

そろそろ休もうと声をかけると、ユヅルは自分がソファーで寝るから私にベッドで寝るようにと言い出した。
馬鹿な、そんなことさせられるわけがない。

アマネが亡くなって心に穴が空いたように寂しがっているだろうに、そんなユヅルを一人でこんなところで寝かせるなど、アマネやニコラが生きていたら、私はとんでもなく怒られるに決まっている。

何より、私自身がユヅルをソファーで寝かせることなど微塵も考えていないのだ。

ユヅルがそんなに言い張るなら私がソファーで寝ると申し出るとそこはしっかりと反対してきた。
ならば答えは一つ。
私とユヅルがベッドで寝れば万事解決だ。

一緒にベッドで寝ると聞いて戸惑っている様子のユヅルに有無を言わさず抱きかかえてユヅルの部屋へと向かった。

ユヅルの部屋はさっきの風呂場以上にユヅルの匂いが充満してきて、愚息が昂り始めていたが、ユヅルに気づかれないように必死に愚息を抑えつけながらユヅルと共にベッドへと潜り込んだ。

二人で寝るにはいささか小さなベッドだったが、小さなユヅルと一緒なら問題はないだろう。
愚息を残しては。

小さなユヅルは私の胸元にまるで誂えたかのようにすっぽりと嵌まり込んでいる。
元々一人の人間だったかのような感覚さえ覚える。

ああ、やはり私とユヅルは会うべく運命だったのだ。

ユヅルの体温が上がってきた。
もうすぐ眠るのかもしれない。

ユヅルの今夜の夢でアマネと会えるようにと願いを込めて、どんな人だったかと尋ねてみた。

すると、ユヅルは少し考えて、

「母さんは一言で言うと……強い人、でしたね」

と答えた。

あの、細く儚げなアマネが強い?
おおよそ私の持つアマネの印象とは違いすぎて驚いた。

だが、ユヅルからこれまでのアマネの話を聞いて苦労したのだなと思い知らされた。
考えてみれば、慣れない土地で乳飲み子を抱え一人で働きながら育てたのだ。
強くなければやっていけるわけがない。

それもこれもニコラとの愛の証であるユヅルを育てるため。

アマネは本当に心からニコラを愛していたのだな。

ユヅルももしかしたら辛い思いをしたのではと思い、聞いてみるとやはり多少なりともそのようなことはあったようだ。
こんな田舎では外国人すらも珍しいことだろう。
日本人だらけの場所でユヅルはさぞかし目立っていただろうな。
いい意味でも悪い意味でも。

それでもニコラを恨まず生きてきたのはアマネのおかげらしい。
ニコラのことは一切知らされていなかったようだが、アマネがニコラのことを今でもずっと愛していたのがユヅルには伝わっていたようだ。

ああ、ニコラ。
君の息子は本当に清らかに育っているよ。

ユヅルは今度はニコラのことを尋ねてきた。

ニコラは天才としか言いようのないほど素晴らしいヴァイオリニストだったが、アマネと出会ってそれは完全体になったと言えよう。

奏でる音に深みが出て、誰しもがその音に感動の声をあげる。
ニコラにその音を出させたのはアマネだ。

あの二人が誰にも反対されず幸せに暮らしていたら……あの素晴らしい音を今でも聴けたのかもしれないな。

「ユヅル……ニコラとアマネの分まで幸せになろう。私がずっとユヅルのそばにいるからな」

そういうと、ユヅルはプロポーズみたいだと笑っていたが、その通りだ。

私たちは決して引き裂かれることはないだろう。
私がユヅルを守ってみせるから……。
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