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ビアンカの裏切り※
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僕はただ、彼女の驚く顔が見たかっただけなのに……。
だから一生懸命仕事を終わらせて帰ってきたのに……。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
僕、アラン・オルドリッチは伯爵家の三男。十八歳の誕生日にバートン侯爵家の一人娘であるビアンカと婚約した。
ビアンカは侯爵家に生まれながらも、国一番の美少女だともてはやされているせいか、あまり領地経営に関心がなかった。
新しいドレスやアクセサリーにばかり興味を持ち、侯爵家の財産を湯水のように使う。このままではバートン侯爵家が潰れてしまうと懸念した現侯爵のハロルドさまが父上に僕との縁談を持ちかけた。わが伯爵家としては、僕が侯爵家に入れるのは願ってもいないことで反対が起こるはずもなかった。
「なぜ侯爵令嬢の私が、伯爵家の三男なんかと婚約しなくてはいけないの?」
ただ一人、ビアンカだけは身分が下でしかも三男の僕が相手なのが不服のようだったけれど、
「何を言っているんだ、ビアンカ! アランはこの国で一番優秀なのだぞ! アランならばしっかり領地経営もやってくれてこのバートン侯爵家も安泰だ」
とハロルドさまに押し切られ、渋々婚約者として納得してくれた。
僕は自分が侯爵家に入るなど荷が勝ち過ぎていると思ったが、決まった以上はやるしかない。
今はビアンカも不服だろうが、しっかりと責任を果たせばきっと彼女も僕を認めてくれるはず!
そう思っていた。
だから僕は、結婚式の準備と並行して、バートン侯爵と連れ立っていろいろな仕事を回り、後継としての準備を進めていった。
それから瞬く間に半年がすぎ、結婚式まで残り一ヶ月に迫ったある日、バートン侯爵の手伝いで王都を離れることとなった。期間は一週間。
「ビアンカ、悪いな。将来私の後継者となるならば、どうしても今回の仕事にアランを連れて行きたいんだ。私もアランもいなくて寂しい時間を過ごさせてしまうが一週間我慢してくれないか?」
「お父さま。大丈夫ですわ。私はしっかりとこの家で留守を守っておりますから。私も来月にはアランさまの妻となるのですよ。一週間くらい平気ですわ。お父さま、アランさま。頑張ってお仕事に行ってきてくださいませ。この間に私はアランさまとの結婚式の準備を進めておきますわ」
「ビアンカ、頼むよ」
「お任せください、アランさま」
この半年ですっかり気を許してくれ、にっこりと微笑む姿は本当に女神のように美しかった。そんなビアンカのために僕は精一杯頑張ろうと心に誓ったんだ。
「それにしてもビアンカの聞き分けがあまりにも良すぎたのが気になるな。アラン、どう思う?」
「そうですね。ビアンカも結婚が近づいて、私の妻となることにようやく納得してくれたのではないですか? 私にとっては嬉しい限りですよ」
「そうならば良いのだが……」
「何か心配事でも?」
「いや、流石のビアンカもそこまで愚か者ではない。私の考えすぎだな」
あれほど自信たっぷりに留守を任せておけと言っていたビアンカの様子をどうもバートン侯爵は不安になっているようだ。でも僕は彼女のあの笑顔を信じたい。とにかく目の前の仕事を早く終わらせてビアンカの喜ぶ顔とバートン侯爵の安心する表情が見られればそれでいい。
その一心で私はバートン侯爵と共に一生懸命仕事を終わらせた。そのおかげで一週間の予定がかなり早く進み、私たちは喜びのままに帰途に着いた。
「こんなにも早く終わるとは思わなかったな。あちらの者たちもアランの手腕に驚いていたぞ」
「いえ、バートン侯爵のお力添えがあればこそですよ」
「アラン。もうそろそろ他人行儀な呼び方はやめてもらえないか?」
「あ、そうですね……では何とおよびいたしましょう?」
「そうだな……義父上……いや、それは流石に早いか。ハロルドと名前で呼んでもらおうか」
「はい。では、ハロルドさま。よろしいですか?」
「ああ、いいな。アランに名前で呼ばれると距離が縮まったように感じる。アランもそう思うだろう?」
「はい。とっても嬉しいです」
この仕事を通して、バートン侯爵……ハロルドさまとの仲は深まった気がする。きっとこれからも上手くやっていけるはずだ。
「そういえば、ビアンカには我々が早く帰ることを連絡したのですか?」
「いや、何も伝えていない。ビアンカの本性を知っておきたくてな」
「本性、ですか? それは一体どういう意味ですか?」
「いえ、今はまだ。ですが、私の考えが正しいか、そうでないかはもうすぐわかるはずだ。アランはビアンカが我々の早い帰宅を喜んでくれると思っていてくれたらいい」
「はぁ……」
ハロルドさまが何を考えていらっしゃるのか、僕には想像もつかない。けれど、あの女神のように美しい笑顔を見せてくれたビアンカが喜んでくれる姿だけを楽しみに僕は侯爵邸へと戻ったのだった。
呼び鈴を鳴らし、出てきた執事は僕とハロルドさまの姿を見て明らかに狼狽した。
「旦那さま、アランさま……お、おかえりなさいませ」
「ジュード、どうした? 我々が早く帰ってきたのに、そんなに沈んだ声で迎え入れるとは何事だ?」
「も、申し訳ございません。こんなにもお早いお帰りとは思いもしませんでしたので驚いてしまいまして」
「そうか。それならばいいが。ビアンカはどうした? 父親と婚約者が帰宅したというのに出迎えもなしか?」
「あの、それが……ただいま、お客さまとご一緒にいらっしゃいます」
「父親と婚約者よりも大事な相手なのか?」
「い、いえ。そのようなわけでは……」
「ジュード、隠し立てすると容赦はしないぞ」
「も、申し訳ございません。私はお止めしたのですが、お相手の方が無理やり中に入られまして」
「無理やり? それではその頬の傷はそいつに殴られたのか?」
その言葉にさっと手で隠しながら俯く執事の姿に、ハロルドさまの言葉が真実だと思わずにはいられなかった。
「ジュード、隠さないで全てを教えてくれないか?」
「実は……」
執事さんの話では、僕たちが出発をして翌日にはビアンカを訪ねて男がやってきたらしい。主人であるハロルドさまと僕がいないことを理由に執事さんは立ち入りを拒もうとしたけれど、男は執事さんを殴りビアンカに迎えられて部屋に入っていき、そのままこの数日部屋から出てこないという話だった。
ビアンカが男と自分の部屋に入ったまま出ていないという時点で何をしているかなんて考えたくもないが、それしかない。
「ビアンカめっ! 相手共々抹殺してやる!!」
怒り狂ったハロルドさまはその怒りのままに階段を駆け上がり、僕も慌ててその後を追った。部屋の前に来ると、僕がまだ聞いたことのないビアンカの嬌声が筒抜けになっていた。
「いやん、リアムったら……ああっ、んっ……そ、こっだめ…っ」
「こんなにぐちょぐちょになっているのにだめなわけないだろ、ほら、もっとイかせてやる!」
「ああっ、やん……っはげし、っ……」
どう考えても言葉にするにも憚られるような行為をしているに違いない。
結婚式を数週間後に控えている身でありながら、自宅に男を連れ込んでこんなこと……許されることじゃない。
こんな女が自分の婚約者だなんて……あまりのクズっぷりに吐き気が込み上げる。
身体がぶるぶると震えて立っていられない。声も出せずに倒れそうになっていると、後ろからガシッと誰かが抱きしめてくれた。
「アラン、大丈夫か?」
僕をがっしりと支え、声をかけてくれたのはハロルドさま。
「アラン、申し訳ない……私の愚女がこのようなことをしでかすとは……」
「い、いいえ。僕が……彼女を繋ぎ止められなかったせいです……」
「そんなことはない! アランは頑張ってくれていたぞ」
「ハロルドさま……」
「アラン、ビアンカをどうする?」
「どうする、とは……?」
「あいつは人としてしてはいけないことをしてしまった。だから、必ず罰を受けなければならない。それは私の娘であろうと関係ない。アランがしたいようにしてくれたらいい」
ハロルドさまは怒りの表情を見せながらも僕の気持ちに寄り添って言ってくれた。僕にはハロルドさまがついている。それだけでさっきまでの身体の震えが止まった気がした。
「わかりました。ハロルドさま……」
僕は意を決して、目の前の扉をバーーンと開け放した。
「きゃあっ!」
「わっ! なんだ! お前、誰だよ? 勝手に入ってくるなっ!」
初めて見るビアンカの裸が、僕以外との男との情事だなんて……なんだか笑えてくる。
女神だと思っていたのに、今ではただのあばずれにしか見えない。本当に滑稽だ。
男は僕のことを知らないのか、凄んでくるが
「僕はビアンカの婚約者ですよ」
と告げると、瞬く間に顔を青ざめさせた。
「あ、アラン……帰るのは明日じゃ……?」
「仕事が早く終わったのでビアンカのために急いで帰ってきたのですが……お邪魔だったようですね」
冷ややかな目でビアンカを見つめると、この状況を見られて言い逃れができないと思ったのか、開き直った。
「あーあ、バレちゃ仕方ないわ。そうよ、本当に邪魔よ! 私みたいな美人が伯爵家の三男如きと結婚してあげるって言ってるんだから、遊びくらい許すのが当然でしょう?」
泣いて許しを乞うわけでもなくこの言い草か。もう遠慮はいらないな。
「そんなふうに思っていたのですね。じゃあ、せいぜいそこの裸の男、ああ……誰かと思えばヴェセリー子爵令息のジェロームでは? 僕を伯爵家の三男だと罵っていた割には男爵令息と火遊びですか……。もういいです。せいぜい楽しい時間を過ごしてください。今回の婚約は無かったことにします」
「ふん。何よ、侯爵家に釣られてホイホイやってきたくせに婚約破棄なんて偉そうに! あんたなんかこっちから願い下げよ! 私を婚約者にと求める人はいっぱいいるんだから、後で後悔するといいわ」
「後悔なんてしませんよ、ビアンカにはこの侯爵家から出て行ってもらいますから……」
「はぁ? 何言ってるの? 私はこの家の一人娘なのよ? 私が出て行くなんてことあるはずないでしょう? そんなことお父さまがお許しになるわけないわ」
「僕のしたいようにしたらいい、ハロルドさまがそう仰ってくださったのですよ」
「お父さまが? うそよ、そんなの! そんなことお父さまが仰るわけないわ! アラン、あなた嘘まで言うようになったなんてほんと最低ね!」
「ビアンカ! いい加減にしないかっ!」
信じられないと言った表情で大声を出すビアンカの前に、扉の後ろで僕たちの様子を見ていたハロルドさまがビリビリとした怒りを放ちながら一喝して中に入ってくる。
「えっ? お、お父さま……これは、その違うんですっ! お父さま、話を聞いてください!」
「うるさいっ!! 最初からずっとお前の話を聞いていた。アランに対してこんなに酷いことを!! お前のような奴は私の娘ではない!! そこの男共々、即刻この家から出ていけっ!!」
真っ赤な顔をして、出ていけと怒鳴りつけるハロルドさまの姿に、ビアンカは違う、違うと半狂乱になって泣き叫んだ。
けれど、ハロルドさまは一切聞く耳を持たずに屋敷の警備兵を呼んで、
「あの二人を手続きが終わるまでとりあえず地下牢にぶち込んでおけ!」
と怒鳴りビアンカとジェロームを裸のまま、地下牢へと運ばせた。
「嫌だ、嫌だ! 離して!」
二人の声がだんだんと遠ざかって行くのを感じながら、僕はその場に崩れ落ちた。
「アランっ!」
「ハロルド、さま……申し訳ございません。終わったと思ったら、力が抜けてしまって……」
「いや、いいんだ。辛いことをさせた。こちらの方が謝らなければ……」
「あの、僕……伯爵家に帰ります。婚約破棄についてはまた父と話をしてから、ご連絡差し上げます」
「アラン……本当に、申し訳ない……」
「謝らないでください……。僕、ビアンカと婚約破棄になるよりもハロルドさまとこれから一緒に仕事ができない方が辛いんです……。ここ数ヶ月だけでも一緒にいられて幸せでした……」
「アラン……それは……」
「えっ?」
「いや、きちんと全てを終えてからにしよう。とにかく、家に送らせよう。アランが悪くないということはお父上にはしっかりと伝えておくから心配しないでくれ」
「はい。ありがとうございます」
僕は辛い気持ちを抑えながら必死に家に帰った。
だから一生懸命仕事を終わらせて帰ってきたのに……。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
僕、アラン・オルドリッチは伯爵家の三男。十八歳の誕生日にバートン侯爵家の一人娘であるビアンカと婚約した。
ビアンカは侯爵家に生まれながらも、国一番の美少女だともてはやされているせいか、あまり領地経営に関心がなかった。
新しいドレスやアクセサリーにばかり興味を持ち、侯爵家の財産を湯水のように使う。このままではバートン侯爵家が潰れてしまうと懸念した現侯爵のハロルドさまが父上に僕との縁談を持ちかけた。わが伯爵家としては、僕が侯爵家に入れるのは願ってもいないことで反対が起こるはずもなかった。
「なぜ侯爵令嬢の私が、伯爵家の三男なんかと婚約しなくてはいけないの?」
ただ一人、ビアンカだけは身分が下でしかも三男の僕が相手なのが不服のようだったけれど、
「何を言っているんだ、ビアンカ! アランはこの国で一番優秀なのだぞ! アランならばしっかり領地経営もやってくれてこのバートン侯爵家も安泰だ」
とハロルドさまに押し切られ、渋々婚約者として納得してくれた。
僕は自分が侯爵家に入るなど荷が勝ち過ぎていると思ったが、決まった以上はやるしかない。
今はビアンカも不服だろうが、しっかりと責任を果たせばきっと彼女も僕を認めてくれるはず!
そう思っていた。
だから僕は、結婚式の準備と並行して、バートン侯爵と連れ立っていろいろな仕事を回り、後継としての準備を進めていった。
それから瞬く間に半年がすぎ、結婚式まで残り一ヶ月に迫ったある日、バートン侯爵の手伝いで王都を離れることとなった。期間は一週間。
「ビアンカ、悪いな。将来私の後継者となるならば、どうしても今回の仕事にアランを連れて行きたいんだ。私もアランもいなくて寂しい時間を過ごさせてしまうが一週間我慢してくれないか?」
「お父さま。大丈夫ですわ。私はしっかりとこの家で留守を守っておりますから。私も来月にはアランさまの妻となるのですよ。一週間くらい平気ですわ。お父さま、アランさま。頑張ってお仕事に行ってきてくださいませ。この間に私はアランさまとの結婚式の準備を進めておきますわ」
「ビアンカ、頼むよ」
「お任せください、アランさま」
この半年ですっかり気を許してくれ、にっこりと微笑む姿は本当に女神のように美しかった。そんなビアンカのために僕は精一杯頑張ろうと心に誓ったんだ。
「それにしてもビアンカの聞き分けがあまりにも良すぎたのが気になるな。アラン、どう思う?」
「そうですね。ビアンカも結婚が近づいて、私の妻となることにようやく納得してくれたのではないですか? 私にとっては嬉しい限りですよ」
「そうならば良いのだが……」
「何か心配事でも?」
「いや、流石のビアンカもそこまで愚か者ではない。私の考えすぎだな」
あれほど自信たっぷりに留守を任せておけと言っていたビアンカの様子をどうもバートン侯爵は不安になっているようだ。でも僕は彼女のあの笑顔を信じたい。とにかく目の前の仕事を早く終わらせてビアンカの喜ぶ顔とバートン侯爵の安心する表情が見られればそれでいい。
その一心で私はバートン侯爵と共に一生懸命仕事を終わらせた。そのおかげで一週間の予定がかなり早く進み、私たちは喜びのままに帰途に着いた。
「こんなにも早く終わるとは思わなかったな。あちらの者たちもアランの手腕に驚いていたぞ」
「いえ、バートン侯爵のお力添えがあればこそですよ」
「アラン。もうそろそろ他人行儀な呼び方はやめてもらえないか?」
「あ、そうですね……では何とおよびいたしましょう?」
「そうだな……義父上……いや、それは流石に早いか。ハロルドと名前で呼んでもらおうか」
「はい。では、ハロルドさま。よろしいですか?」
「ああ、いいな。アランに名前で呼ばれると距離が縮まったように感じる。アランもそう思うだろう?」
「はい。とっても嬉しいです」
この仕事を通して、バートン侯爵……ハロルドさまとの仲は深まった気がする。きっとこれからも上手くやっていけるはずだ。
「そういえば、ビアンカには我々が早く帰ることを連絡したのですか?」
「いや、何も伝えていない。ビアンカの本性を知っておきたくてな」
「本性、ですか? それは一体どういう意味ですか?」
「いえ、今はまだ。ですが、私の考えが正しいか、そうでないかはもうすぐわかるはずだ。アランはビアンカが我々の早い帰宅を喜んでくれると思っていてくれたらいい」
「はぁ……」
ハロルドさまが何を考えていらっしゃるのか、僕には想像もつかない。けれど、あの女神のように美しい笑顔を見せてくれたビアンカが喜んでくれる姿だけを楽しみに僕は侯爵邸へと戻ったのだった。
呼び鈴を鳴らし、出てきた執事は僕とハロルドさまの姿を見て明らかに狼狽した。
「旦那さま、アランさま……お、おかえりなさいませ」
「ジュード、どうした? 我々が早く帰ってきたのに、そんなに沈んだ声で迎え入れるとは何事だ?」
「も、申し訳ございません。こんなにもお早いお帰りとは思いもしませんでしたので驚いてしまいまして」
「そうか。それならばいいが。ビアンカはどうした? 父親と婚約者が帰宅したというのに出迎えもなしか?」
「あの、それが……ただいま、お客さまとご一緒にいらっしゃいます」
「父親と婚約者よりも大事な相手なのか?」
「い、いえ。そのようなわけでは……」
「ジュード、隠し立てすると容赦はしないぞ」
「も、申し訳ございません。私はお止めしたのですが、お相手の方が無理やり中に入られまして」
「無理やり? それではその頬の傷はそいつに殴られたのか?」
その言葉にさっと手で隠しながら俯く執事の姿に、ハロルドさまの言葉が真実だと思わずにはいられなかった。
「ジュード、隠さないで全てを教えてくれないか?」
「実は……」
執事さんの話では、僕たちが出発をして翌日にはビアンカを訪ねて男がやってきたらしい。主人であるハロルドさまと僕がいないことを理由に執事さんは立ち入りを拒もうとしたけれど、男は執事さんを殴りビアンカに迎えられて部屋に入っていき、そのままこの数日部屋から出てこないという話だった。
ビアンカが男と自分の部屋に入ったまま出ていないという時点で何をしているかなんて考えたくもないが、それしかない。
「ビアンカめっ! 相手共々抹殺してやる!!」
怒り狂ったハロルドさまはその怒りのままに階段を駆け上がり、僕も慌ててその後を追った。部屋の前に来ると、僕がまだ聞いたことのないビアンカの嬌声が筒抜けになっていた。
「いやん、リアムったら……ああっ、んっ……そ、こっだめ…っ」
「こんなにぐちょぐちょになっているのにだめなわけないだろ、ほら、もっとイかせてやる!」
「ああっ、やん……っはげし、っ……」
どう考えても言葉にするにも憚られるような行為をしているに違いない。
結婚式を数週間後に控えている身でありながら、自宅に男を連れ込んでこんなこと……許されることじゃない。
こんな女が自分の婚約者だなんて……あまりのクズっぷりに吐き気が込み上げる。
身体がぶるぶると震えて立っていられない。声も出せずに倒れそうになっていると、後ろからガシッと誰かが抱きしめてくれた。
「アラン、大丈夫か?」
僕をがっしりと支え、声をかけてくれたのはハロルドさま。
「アラン、申し訳ない……私の愚女がこのようなことをしでかすとは……」
「い、いいえ。僕が……彼女を繋ぎ止められなかったせいです……」
「そんなことはない! アランは頑張ってくれていたぞ」
「ハロルドさま……」
「アラン、ビアンカをどうする?」
「どうする、とは……?」
「あいつは人としてしてはいけないことをしてしまった。だから、必ず罰を受けなければならない。それは私の娘であろうと関係ない。アランがしたいようにしてくれたらいい」
ハロルドさまは怒りの表情を見せながらも僕の気持ちに寄り添って言ってくれた。僕にはハロルドさまがついている。それだけでさっきまでの身体の震えが止まった気がした。
「わかりました。ハロルドさま……」
僕は意を決して、目の前の扉をバーーンと開け放した。
「きゃあっ!」
「わっ! なんだ! お前、誰だよ? 勝手に入ってくるなっ!」
初めて見るビアンカの裸が、僕以外との男との情事だなんて……なんだか笑えてくる。
女神だと思っていたのに、今ではただのあばずれにしか見えない。本当に滑稽だ。
男は僕のことを知らないのか、凄んでくるが
「僕はビアンカの婚約者ですよ」
と告げると、瞬く間に顔を青ざめさせた。
「あ、アラン……帰るのは明日じゃ……?」
「仕事が早く終わったのでビアンカのために急いで帰ってきたのですが……お邪魔だったようですね」
冷ややかな目でビアンカを見つめると、この状況を見られて言い逃れができないと思ったのか、開き直った。
「あーあ、バレちゃ仕方ないわ。そうよ、本当に邪魔よ! 私みたいな美人が伯爵家の三男如きと結婚してあげるって言ってるんだから、遊びくらい許すのが当然でしょう?」
泣いて許しを乞うわけでもなくこの言い草か。もう遠慮はいらないな。
「そんなふうに思っていたのですね。じゃあ、せいぜいそこの裸の男、ああ……誰かと思えばヴェセリー子爵令息のジェロームでは? 僕を伯爵家の三男だと罵っていた割には男爵令息と火遊びですか……。もういいです。せいぜい楽しい時間を過ごしてください。今回の婚約は無かったことにします」
「ふん。何よ、侯爵家に釣られてホイホイやってきたくせに婚約破棄なんて偉そうに! あんたなんかこっちから願い下げよ! 私を婚約者にと求める人はいっぱいいるんだから、後で後悔するといいわ」
「後悔なんてしませんよ、ビアンカにはこの侯爵家から出て行ってもらいますから……」
「はぁ? 何言ってるの? 私はこの家の一人娘なのよ? 私が出て行くなんてことあるはずないでしょう? そんなことお父さまがお許しになるわけないわ」
「僕のしたいようにしたらいい、ハロルドさまがそう仰ってくださったのですよ」
「お父さまが? うそよ、そんなの! そんなことお父さまが仰るわけないわ! アラン、あなた嘘まで言うようになったなんてほんと最低ね!」
「ビアンカ! いい加減にしないかっ!」
信じられないと言った表情で大声を出すビアンカの前に、扉の後ろで僕たちの様子を見ていたハロルドさまがビリビリとした怒りを放ちながら一喝して中に入ってくる。
「えっ? お、お父さま……これは、その違うんですっ! お父さま、話を聞いてください!」
「うるさいっ!! 最初からずっとお前の話を聞いていた。アランに対してこんなに酷いことを!! お前のような奴は私の娘ではない!! そこの男共々、即刻この家から出ていけっ!!」
真っ赤な顔をして、出ていけと怒鳴りつけるハロルドさまの姿に、ビアンカは違う、違うと半狂乱になって泣き叫んだ。
けれど、ハロルドさまは一切聞く耳を持たずに屋敷の警備兵を呼んで、
「あの二人を手続きが終わるまでとりあえず地下牢にぶち込んでおけ!」
と怒鳴りビアンカとジェロームを裸のまま、地下牢へと運ばせた。
「嫌だ、嫌だ! 離して!」
二人の声がだんだんと遠ざかって行くのを感じながら、僕はその場に崩れ落ちた。
「アランっ!」
「ハロルド、さま……申し訳ございません。終わったと思ったら、力が抜けてしまって……」
「いや、いいんだ。辛いことをさせた。こちらの方が謝らなければ……」
「あの、僕……伯爵家に帰ります。婚約破棄についてはまた父と話をしてから、ご連絡差し上げます」
「アラン……本当に、申し訳ない……」
「謝らないでください……。僕、ビアンカと婚約破棄になるよりもハロルドさまとこれから一緒に仕事ができない方が辛いんです……。ここ数ヶ月だけでも一緒にいられて幸せでした……」
「アラン……それは……」
「えっ?」
「いや、きちんと全てを終えてからにしよう。とにかく、家に送らせよう。アランが悪くないということはお父上にはしっかりと伝えておくから心配しないでくれ」
「はい。ありがとうございます」
僕は辛い気持ちを抑えながら必死に家に帰った。
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