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折り鶴の持つ意味  <side晴>

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ここ、数ヶ月は思いもかけないことの連続で、気づけばすでに就職してしまったかのような忙しい毎日を過ごしていた。
毎日新しいことの連続で、刺激を与えられ充実した時間を過ごしているけれど、オーナーや理玖との語らいは本当に楽しくて、久しぶりにただの大学生に戻れたようなそんな気がした。

そう思っていた時、突然部屋の扉がノックされた。

その慌てているようなノックの音にオーナーが急いで扉を開けると、バイトの子が血相を変えて飛び込んできた。

この子は最近シュパースに入ったバイトの男の子で、僕がバイトを休み始めてから採用された子だ。

「どうした?」

「すみません、オーナー。お客様同士でトラブルが起こってしまったみたいで、鷹斗さんがオーナーにきて欲しいって言ってて……」

「ああ、わかった。すぐ行く」

その言葉にバイトの子はペコっとお辞儀をしてフロアへと戻って行った。

「ユキ、ハル、悪いがちょっと行ってくる。リクはここに居て」

理玖の頭を優しく撫で部屋を出ていこうとしたオーナーの腕を隆之さんがさっと掴んだ。

「アル、俺も行くよ。1人より2人の方がいいだろう」

 Dankeありがとう

「晴と理玖は部屋から出ないようにな」

そう言うと、2人でバタバタと出て行った。

扉の向こうでは騒いでいる声が聞こえていたが、パタンと扉が閉まると中までは聞こえてこない。

シーンと部屋に静寂が訪れた。

「トラブルって大丈夫かな?」

「アル、いやオーナーと早瀬さんが行ったから大丈夫だろ」

「ふふっ。いちいち言い直さなくても、今日はプライベートなんだから名前で呼んでいいんじゃない?」

理玖にそう言うと、パーっと顔を真っ赤にして

「いいんだよ、別に」

と、恥ずかしそうに顔を背けた。

「ねぇ、オーナーは理玖に優しい?」

「はぁ? なんでそんなこと聞くんだよ」

「だって、理玖とこんな話するなんて機会ないじゃん」

笑ってそう聞くと、理玖は少し考えた様子で口を開いた。

「あの、さ……ちょっと聞きたいんだけど、香月は早瀬さんに何かプレゼントしたことある?」

「プレゼント?」

「再来週、ア……オーナーの誕生日なんだけど、何あげていいか悩んでてさ」

「ふふっ。名前で呼んでいいのに……。そうだなぁ、プレゼントかぁ。うん、悩むよね。オーナーならもうなんでも持ってそうだし……」

「そうなんだよ!! だから困ってて!」

理玖が切羽詰まった声をあげて僕の隣へ駆け寄ってきた。

「うーん、そうだね……。あっ、そうだ! 手料理でもてなすとかは?」

「ええっ? 料理? 俺、香月みたいに上手くないからな……」

「オーナーは理玖が作ってくれただけで喜んでくれると思うよ。料理は愛情だし!」

そういうと、理玖は少し考えた様子で唸っていた。

「……そういえば理玖知ってる? オーナーが店に折り鶴飾ってるの」

「ああ、この店の一番良い場所に飾られているアレだろ。アレがどうかしたのか?」

「前に夜の片付けしてた時にあの鶴に気付いて、オーナーに聞いたことがあったんだ。外国の人で折り鶴を飾るって不思議じゃない? だからさ……『あの折り鶴って何か意味があるんですか?』って聞いたんだよ。そしたら、【初恋なんだよ】って」

「え……っ」

「それ以上は教えてくれなかったんだけど、折り鶴が初恋ってなんだかロマンチックだよね。だから、オーナーは高価な物とかじゃなくても心がこもってたら絶対喜んでくれるはずだよ! 料理作るなら、僕もサポートできるし! なんでも言って!」

理玖がオーナーのために考えて選んだ物ならどんな物でも喜ぶに決まってる。
素敵な誕生日を過ごせると良いなぁ。

理玖はそれからずっと黙ったままだった。
きっとオーナーのプレゼントのことを考えているのかな。

少し元気がなかったのが気になったけれど、それからすぐにオーナーと隆之さんが戻ってきて理玖はパッといつもの理玖に戻った。

うん、やっぱり悩んでるんだよね。
良いアイディアが浮かぶと良いなぁ。

お客様同士のトラブルは、結局のところ勘違いによるものだったようで、オーナーと隆之さんに話をきかれているうちに冷静になっていったんだそう。
警察沙汰にならなくて本当によかった。

明日も仕事だからとそろそろお店を出ることになって、理玖に

「また会おうね。連絡するから」

と言うと、『うん』と小さく頷いた。

やっぱり少し元気がないことが気になったけれど、問いただすことはできなかった。

隆之さんとマンションに戻り、いつもの定位置であるソファーに座っていると隆之さんから尋ねられた。

「なぁ、晴。俺たちが部屋を出た後、何かあったのか? 帰る時、理玖の様子がなんだかおかしい気がしたんだけど……」

隆之さんも気づいたんだ。
プレゼント悩んでるだけの理由じゃなかったのかな?
僕何か変なこと言ってしまったのかな?

「理玖、もうすぐオーナーの誕生日でプレゼントに悩んでるって言ってたんだ。物はもうなんでも持っているだろうし、何をあげたらいいんだろうって……」

「うん。それで晴はなんて言ったんだ?」

「手料理とかどうかな? って。理玖が作ったものなら喜んでくれると思うよって」

「ああ、良いアイディアだね。それで理玖はなんだって?」

「上手じゃないからどうかなって悩んでた。だから……僕、オーナーがお店に飾ってる折り鶴の話したんだ」

「えっ? 折り鶴の話? それってなんだ?」

「前にオーナーに聞いたんだ! 折り鶴飾ってるのは意味があるんですかって。そしたら、初恋なんだって、すっごく嬉しそうに言ってた。だから、理玖のプレゼントだって高価な物じゃなくても喜んでくれるはずだよって」

「晴、その話を理玖にしたのか?」

「うん。ダメだった?」

僕の言葉を聞いて、隆之さんは慌てたようにスマホを取り出した。

「電話じゃ、邪魔になるかもしれないな」

隆之さんはそう呟いて、物凄い勢いで指先を動かしている。
どうやらメールを送っているらしい。

僕は隆之さんの行動の意味がわからなくて、それどころかいつも簡潔なメールを送る隆之さんにしてはえらく長文だなとそんな事を思いながらぼんやりと眺めていた。

何度か送りあったような音が響いて、隆之さんはようやくスマホを机に置いた。

そして、僕を見つめてゆっくりと口を開いた。

「今、俺が誰に送ったか分かるか?」

あまりにも真剣な眼差しに僕は少し緊張して声を上擦らせながら

「僕のさっきの話からメールを送ったのなら、オーナーか理玖かな?」

と答えた。

「そう、アルだよ。きっと理玖は晴の話を聞いて勘違いしたはずだからね」

「えっ? 勘違い?」

僕と理玖の会話に勘違いするところなんかあっただろうか?

「ああ、折り鶴だよ」

「折り鶴って、オーナーがお店に飾ってるあれ?」

「そうだ。晴はあれがアルの初恋だと告げたんだろう?」

「うん。あの折り鶴に恋したってロマンチックだなって……そう言った」

オーナーが必死で折ったんだろう、その出来栄えに恋したんだ……そう思ったんだ。

そう言うと、隆之さんは僕をぎゅっと抱きしめた。

「晴の気持ちはわかった。晴は純粋な気持ちで理玖を応援しようと思ったんだな」

さっきまでの張り詰めた緊張感が解けていく、そんな気がした。

「あれは言ってはいけないことだったの……?」

それだけがどうしても聞きたくて、問いかけてみる。

隆之さんは抱きしめてくれていた腕の力を緩めて僕の顔をじっと見つめた。

「いいや、良い話だったと思うよ」

「えっ? なら……」

「理玖が相手でなかったならね」

理玖が相手でなかったらって……どう言う意味?

「理玖はアルが好きなんだよ。好きな人が大切そうに飾っているあの折り鶴がアルの初恋の人との思い出の品だと勘違いしたとしたら? 晴は俺が初恋だからって、その人との思い出の品をこの部屋に飾っていたらどんな気がする?」

それを聞いた瞬間、サーッと血の気が引く思いがした。

「僕はそんなつもりじゃ……」

慌ててそう言うと、隆之さんは僕の頭を優しく撫でてくれた。

「分かるよ。ちゃんと分かってる。でもね……恋してる時は、いろんなことに臆病になるものなんだよ。特に理玖の場合、相手がアルのような年上の、誰もほっとかないような良い男だろ。いつも不安になってるはずだよ。だからこそ、プレゼントひとつ考えるのだって悩むんだ」

うん、よくわかる。
僕も隆之さんと一緒にいると、すごく綺麗な女性の視線を感じるだけで気になってしまうんだから。

僕は理玖を応援するつもりで不安を煽ってしまっていたんだ……。
そりゃあ、元気もなくなってしまうよね……。

「僕、理玖とちゃんと話して誤解を解かなきゃ!」

ポケットに入れているスマホに手を伸ばそうとしていると、隆之さんの手にさっと阻まれた。

「えっ? なんで?」

「今、電話しても邪魔なだけだよ、きっと」

邪魔ってどういうこと?
誤解をさせてしまったことを謝りたいだけなのに……。

隆之さんの言葉の意味がわからなくて、僕の頭の中は疑問符だらけになってしまった。

ふふっ。

急に隆之さんが笑ったと思ったら、僕の耳元で囁く。

「理玖を元気付けるのは恋人の役目なんだよ。今頃、甘い夜を過ごしているはずさ」

『ちゅっ』と音を立ててキスされて、やっと隆之さんの言っている意味がわかった。

そうか。
理玖とオーナーは恋人なんだもんね。
理玖もこんなふうに甘やかされて抱きしめられて、キ、キスとかしているんだろうか?
あのオーナーと?
うーん、想像できない……
だけど、
今日2人で隣同士座っていた姿は……うん、恋人そのものだった。

初恋の話なんて無闇矢鱈にしちゃいけないんだなってよくわかった。


「……る、晴……聞いてる?」

「えっ? あっ、ごめんなさい……」

「理玖とアルのことでも考えていたのか? あの2人もキスするのかなーって?」

「な、なんでわかったの?」

隆之さんは『ははっ』と大きな声をあげて笑った。

「晴の表情見てたらすぐにわかるさ。それよりも、俺とキスしながら他の事考えて欲しくないんだけど」

「ご、ごめんなさい……」

隆之さんが僕とキスしながら他の事とか他の人とか考えてたら嫌だもんね。

「じゃあ、お風呂に一緒に入ろうか?」

「えっ?」

じゃあってどういうこと?

「お詫びに身体洗ってもらおうかな」

隆之さんは僕が返事をする前にさっさと抱き抱えてバスルームへと連れて行った。

今日初めて一緒に入るわけでもないのに、煌々と輝く脱衣所でしかも隆之さんの前で服を脱ぐのがなんだか急に恥ずかしく思えたのは、理玖とオーナーのいちゃいちゃしている様子を想像してしまったからだろうか……。

「晴、ほら脱いで」

「あ、あの隆之さん、先に入ってて」

すでに上半身裸になっている隆之さんの姿を見るだけで、顔が赤くなってしまっているのがわかる。

隆之さんはそんな僕を見て『くすっ』と笑った。

「じゃあ、待ってるから早くおいで」

僕が恥ずかしさのあまり下を向いている間に、もう全部脱いでしまった隆之さんは扉をあげて浴室へと入っていった。

「はぁーーーっ」

さっき見た隆之さんの半裸姿が目に焼き付いて離れてくれない。

僕はあの身体に抱きしめられて、抱き抱えられて、抱き合っていたんだと思うと、どうして良いかわからなくなってしまう。

あんなに素敵な人が僕の恋人なんだ……。

どうしよう……幸せすぎて叫んでしまいそう。

「晴、どうしたんだ? まだ来ないのか?」

僕がなかなか浴室に入っていかないから、隆之さんから声が掛けられる。

ゔーーっ、こんなことなら先に入っていた方が良かったのかも……。

後から入っていく方が恥ずかしい気がする。

あっ、そうだ!

「ねぇ、隆之さん……」

僕は浴室の扉越しに話しかけた。

「どうした?」

「あ、あの……お風呂の電気、消しても良い? 明るいと……なんだか入り、にくくて……その、」

「ふふっ。いいよ。でも、真っ暗だと危ないから、そこの棚のシェードランプ付けておいて。ほんのり明るいくらいだから大丈夫だろ?」

ほっ、良かった。
ランプってどれだっけ?

あっ、あった。

カチッとつけると、まるでロウソクのような柔らかな光があらわれた。

うわぁ、綺麗だ。

急いで脱衣所と浴室の電気を消すと、シェードランプの灯りが浮かび上がる。

うん、真っ暗じゃないし、かといって見えすぎないから良い感じだ。

僕はやっとホッとして浴室へと足を踏み入れた。

「晴、危ないから手を出して」

言われた通り手を差し出すと、大きな手で包み込まれた。

隆之さんは、僕を椅子に座らせ優しく髪を洗い出した。
いつもなら鏡越しに洗ってくれる隆之さんの顔を見ているのに、今日は何も見えない。
それなのに、明るい時よりもずっとずっと近くに感じるのはなぜだろう?

シャワーで泡を綺麗に洗い流して、隆之さんが背中を洗ってくれている間に僕は他のところを洗っておく。

急いで洗う僕を見て、隆之さんがふふっと笑った気がしたけれど、それを気にするような余裕は僕にはなかった。

身体も洗い終わって、手を引かれゆっくりと立ち上がると湯船へと連れていかれた。

いつのまにか沸かしていたんだろう……。

足を入れると、じわっと温もりがしみこんでくる。

「ああっ、きもちいい」

つい、声をあげてしまった僕につられたのか、隆之さんもまた

「ああっ、気持ちいいな」

と声をあげて、2人でお湯の中へと沈み込んだ。

ここの湯船は広くて身長の高い隆之さんでも足を伸ばして入ることができる。

僕が投げ出された隆之さんの足の間に座ると、隆之さんの長い腕で抱きしめられた。

「なぁ、晴。俺たち、もう何度も一緒に風呂に入っているのに、どうして今日は電気を消したかったんだ?」

それはそう思うに決まってる。
初めてでもないのに、なんで恥ずかしいんだって。

でも、急に恥ずかしくなってしまったんだ。
オーナーと理玖が恋人なんだって理解してしまったら、僕も隆之さんと恋人なんだって……こんな素敵な人が恋人なんだってなんだか急にぶわっと思いが込み上げてきて……。
なんでこんなふうに思うようになったのかどうしてなのか僕にもわからない。

僕は一体どうしてしまったんだろう。

「わからないんです……。隆之さんみたいな素敵な人が僕の恋人なんだって今改めて気づいたら、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃって……。僕、どうしちゃったんだろう」

そういうと、隆之さんの腕がぎゅっと強くなって隆之さんの胸に背中が隙間なくくっついた。
背中から隆之さんの鼓動を感じる。

「晴、それは晴が自覚したんだ。俺が好きだって……。心から俺を好きになったって証拠なんだよ」

「自覚?」

「そうだ。晴にとって俺は最初は気になっていただけの存在だったかもしれない。それでも俺は晴を本気で好きになっていたし、恋人になってくれるって言ってくれて嬉しかった。晴の中では理玖やアル、アパートの大家さんたちみたいに、俺のことを気の置けない人くらいに思ってたのかもしれないな」

「そんなこと……!」

「いや、いいんだ。俺はそれでも良いと思っていた。晴が事件に巻き込まれて、傷ついた時も傍で支えてあげられたらいい、晴が必要としてくれているならそれでいい、そう思っていた。今までも俺のことを好きだ、恋人だと言ってくれていたが、ずっと一緒にいる俺に絆されたのかと思っていた。それでもいいから一緒にいて、キスして、抱き合って恋人のように生活したかったんだ」

「隆之さん……」

「ずっとそんな生活が続くと思ってた。でも、やっと晴が俺のこと恋人なんだと自覚してくれたんだな。それがこんなに嬉しいものだなんて。ああ、今日は俺の人生で最高で最良の日だよ!」

隆之さんの声が震えてる。
そんなに嬉しいと思ってくれているなんて……。

最初に会った日、隆之さんから恋人にしてほしいって言われてオッケーしたけど、その時の僕は全然わかっていなかったんだって、今よく分かった。
隆之さんのこと格好良いな、大好きだなって思っていたけど、恋とか愛とか何にもわかってない子どもだったんだ。

隆之さんの優しさに甘えて、何にも分からないまま、キスやそれ以上のことを体験して、居心地の良い場所で隆之さんの愛に包まれるだけ包まれて、それに安心してたんだ。
そう、隆之さんの無償の愛に包まれて守られて僕は甘えてた。

そんな甘えの中、時々隆之さんに向けられる綺麗な女性たちからの視線にモヤモヤしてたのは、あれが嫉妬だったんだ。
隆之さんを取られるかもしれないっていう不安が僕の根っこのところに芽生えていたんだ。
それに僕自身は気づかずに過ごしてきたなんて、僕ってなんてバカだったんだろう。

これが恋だったんだ。
その人が好きだから不安になって、嫉妬して、守りたくて、幸せを願うんだ。
気の置けない人なんかじゃない。
僕は隆之さんに恋してるんだ!


「隆之さん、今頃気づいてごめんなさい。僕……隆之さんが大好きです。恋人に……なってもらえますか?」

僕はさっと身体の向きを変え、隆之さんに抱きついて、思いの丈を一生懸命伝えた。

「晴……。俺も好きだよ。恋人になろう」

甘い甘い蕩けるような声が浴室に響いた。
やっと僕たちは正真正銘の恋人になれたんだ。
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