俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

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不思議な繋がり

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「あの……僕、今年4年生なんです」

「えっ?」

「それで……もう違う会社に内定を頂いていて。あの、日下部さんのお話は大変嬉しーー」
「はぁっ? ウソだろ???」

驚愕の表情で僕の話に被せるように日下部さんの大声が部屋中に響き渡った。
そんなに驚かれて、かえって傷つくなぁ……。
まぁ、年相応に見られたことは……ないけどさ。

「あの……」

「あ、ああ……ごめん。思ってもみなかったからビックリしちゃって……」

「いえ、良いんですけど……。そんなに子どもっぽいですか、ぼく」

訴えかけるように日下部さんを見つめると、少しバツの悪そうな表情で『ごめん』と小さく謝っていた。

「でも、本当に君みたいにうちのパンを心から好きにな子に来てもらえたら嬉しかったんだけど、うちはもともと志望には入ってなかったの?」

たしかにそれは思われても仕方ないかもな。
あれだけ試食させてもらって、感想まで伝えておいてパンメーカーに入らないなんてって思われちゃったかな。

「たしかにパンは好きです。あのライ麦ショコラパンの販売が終わってしまった時は悲しくて……それで自宅でパン作り始めたくらいですから。でも、僕は企業さんの一番売り出したいものを一般に広めるお手伝いができたらなって思ったんです。それはフェリーチェさんのパンだけじゃなくて、いろん職種のものに出会いたかったんです。だから……」

「そうか。なら、君の志望は広告代理店?」

「はい。そうです」

「そっかぁー。いや、でも残念だな。君が受ければすぐ内定貰えただろうに……。あ、でももう内定もらったって言ってた?」

「あ、はい」

驚いてたけど、日下部さん……ちゃんと話は聞いてくれてたんだな。
ふふっ。こういうところはさすがだな。

「そっか。じゃあ俺、君がどこに受かったのか分かったかも……。だから、長谷川さんと知り合ったんでしょ?」

ああ、もうすっかりバレてる気がする。
まぁ、別に喋ってはいけないわけではないからいいんだけど。

「はい。そうです」

「そっか。あそこなら君が取られても仕方ないな」

「取られるって……そんな。僕はただの大学生ですよ」

そう言ったけれど、日下部さんは笑うばかりだった。

それからしばらく経って、部屋の扉が叩かれた。
日下部さんが扉を開けると、テオさんと折原さん、長谷川さんが並んで立っていた。

「香月くん、待たせたね。何をしてたんだ?」

「あの、他のパンの試食をさせてもらってました」

「そうか、きっと参考になる意見を出してくれたんだろうな、楽しみだな」

長谷川さんにかなりハードルが高い話をされたので、さっき日下部さんに話した内容があまりにも陳腐で怒られないか心配になってしまった。

「じゃあ、我々はそろそろ帰るか。晴くん、行こうか」

テオさんに促され、僕たちは部屋を出た。

工場玄関に着くと、またハイヤーが用意されていて来る時と同じ席に乗り込んだ。

長谷川さんや日下部さんと他の部下さんたちに見送られながら、車は都内へと戻っていった。

「良い契約はできそうですか?」

「うーん、そうだね。とりあえず、こちらの要望は全部伝えたが本契約までにどうなるかだな。長谷川さんは全ての要望に応えると言ってはくれたが、上層部と話して無理なこともでてくるかもしれないからな」

長谷川さんは全責任を取ると言っていたけど、会社の不利益になることは会社としても認められないだろうし、どこまでテオさんの要望が通るか、そして、長谷川さんフェリーチェがどこまで折り合いをつけられるかがこのコラボの成功の鍵なんだろうな。

行く時よりも早い時間で【Cheminée en chocolat】に到着し、僕たちを降ろすとハイヤーは颯爽と帰っていった。

「香月くん、どこかでお茶でもしないか?」

「ああ、ソウスケ。それは良いアイディアだな」

2人からのお誘いに僕も是非にと言いたいところだったけど、試食のパンがまだお腹に残っていて、せっかくどこかに行ってもスイーツを食べられそうにない。

僕は飲み物だけにしようかと考えていると、シュパースのことを思い出した。

そういえば、こことシュパースは目と鼻の先だし、テオさんもオーナーも同じドイツ人だから話も合うかも!
僕のバイト先も紹介したいし、テオさんにとっても近くにドイツ料理屋さんがあるのを知るのもいいかもしれない。

「あの、それならすぐ近くにご紹介したいお店があるんですけど、そこはどうですか?」

「あっ、もしかして晴くんがアルバイトしてるって店かい?」

「えっ? どうして知ってるんですか?」

僕、シュパースの話したことなかったよね?
あれ? 話したのを忘れてる?

記憶の中を隅々まで探してみたけれど、覚えがない。
どうしたんだろうと思っていると、

「ああ、早瀬さんに聞いたんだよ」

と折原さんが教えてくれた。

「早瀬さんが?」

「ああ、この前の食事会でね。君のバイト先に今度紹介したい人がいるって言ってたな」

そっか。隆之さんもオーナーのこと紹介したいって思ってくれてたんだ。

「そうなんです。オーナーがドイツの人なのでお料理も本格的ですっごく美味しいですし、オーナーも明るくて優しい人なのですぐに仲良くなれると想いますよ」

「君もそんなに薦めてくれる店なら俄然興味が湧いたな。じゃあ、行こうか」

「はい。歩いていけるのですぐですよ」

折原さんとテオさんと3人で話しながら向かうと、あっという間にシュパースに着いた。
どうやら今日は営業してるみたい。
ふふっ。良かった。

もうお昼のピークは過ぎているからか、お客さんは少なくて余裕で座れそうだ。

「いらっしゃいませ、あっ香月くん! 久しぶりだな」

「鷹斗さん、こんにちは。ほんと、久しぶりですね。あの、今日は知り合いを連れてきたんですけど、オーナーいますか?」

「ああ、声かけておくから先に席に案内するよ。個室の方がいい?」

「えっと……そうですね。お願いします」

鷹斗さんは『はいよ』と言って、僕たちを個室へと案内してくれた。

アプフェルショーレとCurrywurstカリーブルストを注文し、しばらく部屋でおしゃべりをして過ごしていた。

「ここ、良い店だな。ソウスケ、お前知らなかったのか?」

「いや、店があるのは知ってたんだけど、なかなか行く機会がなくて……こんな良い店だって知ってたら前から通ってたのにな」

テオさんも折原さんもすっかりシュパースが気に入った様子だ。
それと言うのも、この店、ドイツにあるカフェに雰囲気が似てるんだそうだ。

それって、前にオーナーが話してくれたドイツで好きだったカフェのことかなぁ。

もしかしたら、オーナーとテオさんは知り合いだったり?
いや、ドイツは広いしまさかそんな漫画みたいなことあるわけないか。

個室の扉がノックされ、はーいと声を返すと、トレイに飲み物とカリーブルストを乗せてオーナーが入ってきた。

「やぁ、ハル。来てくれて嬉しいよ。今日はお客さんも連れてきてくれたんだって?」

にこにこ顔で入ってきたオーナーにテオさんと折原さんを紹介すると、目を輝かせて喜んでいた。

「あのGezelligヘゼリヒのショコラティエに会えるなんて、しかも、私の店に来てくれるなんて! 今日は幸せな日だな」

「オーナー、そんなにすごい店なんですか?」

「ハルは知らないかもしれないが、ドイツで一番人気のあるベルギーのチョコレートショップが【Gezellig】なんだよ。他にも有名なお店はあるが、ドイツ人の感性に一番合ってるんだ。なんてったって、ドイツ人の彼がトップショコラティエなんだからな」

オーナーは世界でも数人しかいないというトップショコラティエたちでさえ一目おくトップオブトップのショコラティエがチョコの本場ベルギー人ではなく、ドイツ人だというのが誇りのようだ。

テオさんと出会えたことが相当嬉しいらしい。

「いや、まさかこの日本で私のことをそんなに知ってくれているドイツ人に出会えるとは私も嬉しいよ」

テオさんとオーナーはすっかり意気投合してなんだか昔ながらの友達のようだ。

「この店かなり雰囲気が良いが、コンセプトはあの店か?」

さっきから気になっていたらしいことをテオさんが尋ねると、オーナーは目を見開いて驚いていた。

「もしかして、【cafe Einhorn 一角獣】をご存知なんですか?」

やっぱり2人はどこかで繋がっていたのかもしれないな。

「ああ、私が学生の頃よく通っていたカフェだよ。ベルギーに修行に出てからはほとんど行く機会はなかったが、それでもドイツに帰った時……年に数回は行っていただろうな」

「そうなんですね。私はあのカフェの近くに住んでいまして、日本でカフェを出すときにあのカフェと同じ雰囲気を出して見たいと思っていたんです。あのカフェを知っている方に来ていただけるのが一番嬉しいですよ」

心からの笑顔にこの店に対するオーナーの思い入れの強さがよくわかる。
そのカフェにいったことのない僕にさえ、この店にいると懐かしいドイツを思い起こさせてくれるんだから。
いつかおじいちゃんをこの店に連れて来たいなと思うくらい、この店は本当に居心地が良い。

「ハルはなぜ彼らと知り合ったんだい?」

「えっと……いろんな偶然が重なって知り合ったんですけど、元々は隆之さんの仕事繋がりですね」

「ああ、ユキの……なるほどね。そういえば、もう少ししたらユキがここにくるって連絡があったよ。知ってた?」

「いえ、全然。今日は朝から別行動だったので」

「そうか、そんな日もあるんだな。そんな日にここで出逢うなんてやっぱりこの店はいい店だろう?」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるオーナーに、ふふっ、そうですねと笑顔で返した。

そのタイミングでトントントンと部屋がノックされた。
鷹斗さんが隆之さんを案内してきてくれたみたいだ。

「アル、晴がお客さん連れて来てるっ……」

隆之さんがオーナーにそう言いながら部屋へと入ってきた。

僕はおどろく顔が見てみたくて咄嗟に目の前のオーナーの陰から、わぁと飛び出してみると、
隆之さんは思っていた以上に、わぁっ!! と大声を上げて驚いていた。

そのあまりにも大きな声に僕の方がもう一度驚いてしまったくらいだ。

「晴! びっくりした。どこから出て来たんだ」

「ご、ごめんなさい。ちょっと驚かせてみようと思っただけなんだけど……」

「いや、俺も驚きすぎた」

そんな僕たちのやりとりを聞いていたオーナーとテオさん、折原さんが一斉に笑い出した。

「ハハッ! ユキの驚いた声、初めて聞いたな」

「ハハッ! ほんとに。こっちの方が人間らしくていいじゃないか」

「早瀬さんも香月くんの前だと普通なんですね」

口々にそう言われて隆之さんは少し照れていたけれど、オーナー以外にも心開ける人ができたみたいで僕は嬉しくなった。

「やっぱり晴の連れてきたお客さんって、折原さんとテオドールさんだったんですね。今日のフェリーチェのパン試食はどうでした?」

「まぁ詳しい内容はまだ話せないがいい方向に進みそうだ」

「そうですか、良かった」

「ああ、晴くんのおかげでな。彼がいなかったらきっと話は終わってたな」

そんなテオさんの言葉に隆之さんはまた驚いた表情で僕を見つめていた。

「晴のおかげってどういうことですか?」

「彼のあまりにも的確な感想と意見に私たちも長谷川さんも脱帽したということだよ。彼の意見がなければコラボは泡と消えていただろうな。ねっ、香月くん」

折原さんからそんなことを言われてると照れてしまう。

「僕は試食して思ったことを話しただけでそんな大したことをしたわけでは……」

「いや、その君の忌憚の無いその発言が大事なんだよ。しかもちゃんと的を射ているのだからな」

「なるほど。晴の目の付け所が良いというわけだな」

隆之さんまで一緒になって褒めてくる。
いやいや、なるほどじゃないよ。
なんだかみんなに褒められすぎておかしくなってしまいそうだ。

「ほら、ハルも褒められすぎて居心地が悪いみたいだから、仕事の話はその辺にして食事でもしないか?」

オーナーに助けられて、みんなで飲み物と軽食を食べながらおしゃべりを始めた。

オーナーは何よりもテオさんと話せて本当に嬉しそう。
やっぱり異国の地で同郷の人に出会うというのは嬉しいんだろうな。

しばらく話をした後で、明日の仕込みの準備があると言って折原さんとテオさんは一緒に帰っていった。
オーナーと連絡先を交換していたから、また会う機会はあるだろう。
お店も近いし、お互いにお店にお邪魔するなんてこともあるかもね。

シュパースがアイドルタイムに入り、鷹斗さん達バイトも休憩にはいった。
僕たちはさっきまでテオさん達といた個室で3人で旅行についての話し合いを始めた。

オーナーと理玖の休みを照らし合わせて、都合の良い日をいくつかピックアップしてもらったものをみると来月末の週末なら隆之さんも休みが取れそうと言ってくれた。
僕はその時にはリュウールの撮影も終わっているし、ゼミの予定は入っていない。

「じゃあ、その日で予約を進めておくか。また変更がありそうだったら早めに教えてくれ」

予約は早い方がいいだろうと隆之さんはすぐにスマホを片手に部屋の隅で電話をかけ始めた。
僕はその姿をじっと見ていると、オーナーに話しかけられた。

「ハル、良い旅行に誘ってくれてありがとう。リクが温泉に入れるって喜んでいたよ」

「ああ、理玖は温泉が大好きだから。修学旅行の時もすっごく喜んでて、朝も1人で入りに行ってましたよ」

「今のアパートは風呂が小さいと言っていたけど、そんなに小さいのかい?」

「そうですね。僕も一度借りたことあるんですけど、トイレとお風呂が一緒になってるのでちょっと狭かったです。多分、オーナーは狭すぎて入れないかも」

自分が狭すぎて入れないかもと言われてオーナーはすごくびっくりしていた。

ドイツでもほとんどの家がトイレとお風呂は一緒になっているけれど、もともと浴槽に湯を溜めて入ることはないしほとんどシャワーだもんね。
と言っても、そこそこ広さはあるから日本の小さなアパート事情を話してもわからないかもしれないな。

「ハルのアパートもそんな感じかい?」

「僕のアパートはお風呂とキッチンを広めに作ってあるので、理玖のところよりは広いと思いますけど……まぁでも学生が住むアパートはどこも大して変わりないかもしれないです」

「そうか……」

オーナーは顎に手を当てて考え込んでいた。

「どうかしたんですか?」

「いや、リクに毎日ゆっくり風呂に入りたいならうちに住めばいいって誘ってるんだが、なかなかうんと言ってくれなくてね」

そっか。オーナーは理玖と一緒に住みたいんだ。
僕は隆之さんと初めて会った時から一緒に住むことになっちゃってそのまま今も継続しているけれど、理玖は違うもんね。
付き合い始めてから一緒に住み始めるのって、少し照れてしまうのかもしれないな。
実際、僕もそろそろアパートから退去することを真剣に考えないといけないのだけど、ほとんど一緒に住んでいるとはいえ、アパートを引き払って完全に同棲を始めるのはやっぱり勇気がいる。
どうしたらいいかなぁ。
あっ、そうだ!!

「オーナーの家に移り住むのが恥ずかしいなら、改めて2人で住む家を探すというのはどうですか?
それなら、理玖もうんと言ってくれるかもしれませんよ」

そうアドバイスしながらも、僕はオーナーの豪華な家を思い出していた。
広い庭と煙突のある一軒家ですごく素敵だったなぁ。
そんな家に住んでいるのにわざわざ新しい家を探すのはもったいないよね。
冗談ですって言った方がいいかなぁ……。

そう思っていたのに、オーナーはすごくいいアイディアをもらったと言わんばかりに目を輝かせていて、

「さすが、ハル!! Gute Idee良い考えだよ! 早速今日、リクに話をしてみよう!」

もう僕の話は聞きそうにない。

まぁ、話するのは悪いことではないし、それを聞いたら理玖のことだ。
あの家を引っ越すなんてもったいないから俺がいくよ! とか言いそう。ふふっ。
案外、オーナーもそれを狙ってたりするかもね。

「なんの話してたんだ?」

オーナーとの話に夢中で、予約の電話を終えて隆之さんが僕たちのところに戻ってきていたことに気づかなかった。

「あっ、えっと……」

「リクと一緒に住むにはどうしたら良いかってハルに相談してたんだ」

「ああ、なるほど。で、うまくいきそうか?」

「もちろん! ハルがGute Idee良い考えを教えてくれたからね」

綺麗に片目だけパチンとウインクするオーナーがカッコいい。
こういうのがサラリとできるところが、やっぱり外国人なんだなぁって思ってしまう。

「へぇ、晴。その良い考えを俺にも後でゆっくり教えてもらおうか」

オーナーに言ったことを隆之さんにも伝えたら隆之さんは何て言うだろうか?
どんな反応をするかちょっと心配になってしまう。

「ユキ、予約の方はどうだった?」

「ああ、来月末の週末で予約取れたよ。理玖によろしく言っておいてくれ」

「O.K! 楽しみだな」

住む家のことも早く決めないといけないけれど、旅行の日程が決まったらそちらも楽しみになってきた。
来月末の週末……ああ、待ち遠しくてたまらない。
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