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やられた!

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アルと理玖が隣室の見学に来てから数日、2人で話し合いを進めどうやら購入を決めたようだ。
部屋も設備も気に入っていたが、何よりの決め手はアルがマンションのオーナーと直接話をした時の気さくな態度だったのだという。

確かにここのオーナーは気持ちのいい人間で、トラブルとは無縁といった感じの男だ。
そう言う人間には良い人間が集まるものだから理玖を1人マンションに残してもおかしな事件に巻き込まれることなどないと感じ取ったらしい。
アルには動物的な勘というか野性味溢れる感覚というのが研ぎ澄まされているところがあるから、まず間違いはなさそうだ。
大体、俺が晴を安心して住まわせているんだからセキュリティーやその他に難などあるわけがないのだが。

兎にも角にも2人が隣人となるのが決定して、俺も晴も大喜びだ。
うん、今までよりずっと楽しくなりそうだ。


リュウールの第2弾ポスターも第1弾を凌ぐ人気っぷりでそれに比例するように化粧品の打ち上げも過去最高だった第1弾を大きく上回っているようだ。
予想を大きく上回りもはや生産が追いつかないほどの人気っぷりにリュウールの広報である友利から嬉しい悲鳴の連絡があった。

「もう香月くんと小蘭堂さんには足を向けて寝られませんね」

と話す友利は本当に嬉しそうだった。

友利はリュウールのメイクアップ化粧品の存続にかなり力を入れていたからな。
というのも彼の奥さんがリュウールのメイクアップ化粧品開発部の人間でその彼女の頑張りを目の当たりにしてきたからだ。
彼女の作った商品を彼が売り出す……それができなくなるかもしれないというのは辛い日々だったに違いない。
俺たちの手がけた広告がクライアントにとって素晴らしい未来になったのだと感じた時、俺はこの業界に入ってよかったと心から思うんだ。

しかもそれが愛しい恋人と共に作り上げたものだと思うと尚更だ。

リュウール成功の嬉しい気持ちを胸に、今日はフェリーチェのCM撮影前の最後の打ち合わせだ。

明後日のCM撮影が終わればようやく一段落できる。
週末にはアルたちとの旅行が待っているし、楽しみが目白押しだ。

俺は晴を連れ、フェリーチェ本社に向かった。

「香月~!!」

本社の前で見慣れた子が待っていると思ったら、理玖がいた。
そして隣にはリヴィエラ代表の田村の姿もあった。

彼らが来ることを知らされていなかった俺たちは驚いて顔を見合わせた。
そして2人に駆け寄ると、

「早瀬さん、香月くん。お久しぶりですね。お元気でしたか?」

とにこやかに田村に声をかけられた。

「はい。こちらこそご無沙汰しておりまして。田村さんもお元気そうで何よりです。それで今日はどうされたんですか?」

つい気になって急いで聞いてしまったのだが、田村はあれっ? という表情で

「何もお聞きになっていないのですか?」

と聞き返された。

「と言いますと?」

「明後日のフェリーチェさんのCM撮影にこちらの戸川理玖くんも共演をお願いしたいと正式にフェリーチェさんの方からご連絡いただきまして、戸川くんが香月くんと一緒ならということで快諾しましたので、今回最終打ち合わせに参加することになったのですよ。フェリーチェさんから小蘭堂さんにはお伝えすると仰っていたのですが、お聞きお呼びではございませんか?」

そうか、おそらくテオドールさんだ。
彼はあの時理玖をかなり気に入っている様子だったからな。
晴と2人なら理玖も絶対に断らないと思って俺たちに内緒で打診したんだな。
確かに理玖も出てくれるなら華やかさも倍増するが、俺にまでサプライズにしなくてもいいのにな。


「いえ、初耳です。きっとフェリーチェさんが私と香月くんを驚かそうと計画されたのかもしれないですね」

「ああ、なるほど。今回の共演はコラボされているGezelligヘゼリヒのテオドールさんからの強いご推薦だそうですから、もしかしたらそちらの方のサプライズかもしれませんね」

やっぱりそうか……。
この件、アルは知ってるんだろうか?

後で理玖に確認して、まだ知らせてないなら撮影前に伝えておくように言っておかないと。
こんなんでアルと理玖の間がこじれでもしたら大変だ。

「そろそろ打ち合わせの時間になりますので、中に入りましょうか」

「そうですね」

晴は理玖の顔を見て、仕事モードの顔つきからすっかりリラックスした素の表情を見せている。
隣室に入ってくることが決定したと言うのも大きいが、お互いに気を遣わずに全てを曝け出して素直になると決め今までよりもずっと近い存在になったことが、晴のあの表情を引き出しているんだろう。

あの可愛らしい子どものような無邪気さとそして対等なあの存在感は俺には出せない。
親友の理玖だからこそ引き出せるんだ。

テオドールさんが理玖をどうしてもと言ったのはよくわかる。
俺がクライアントなら絶対に理玖を引っ張ってくるはずだからな。

だが、この前テオドールさんが理玖を誘うような真似をしているのがな……アルの心証を悪くしているんだ。
アルは俺が晴を溺愛する以上に理玖のことをこの上なく溺愛しているからな。
それ以外は結構寛大な男なのに、理玖が関わると途端に狭量になってしまう。

話し方を間違えると本当にやばそうだから注意しないとな。
まずは理玖に事実確認をしておこう。

そう思ったのだが、フェリーチェ本社に入るとすぐに長谷川さんが出迎えてくれてそのまま打ち合わせ室に連れて行かれてしまった。
そして、そこにはもうすでにテオドールさんと【Cheminée en chocolat】の折原さんの姿もあり、理玖と話をするチャンスは絶たれてしまった。

もうこうなったらさりげなく打ち合わせ中に聞くしかない。

「明後日のCM撮影についての最終打ち合わせですが、何やら急遽決定したものがあったようですね」

そう尋ねると長谷川さんが嬉しそうに口を開いた。

「早瀬さん、そうなんですよ。先日、テオドールさんとコラボパンのCMの話になった時に、戸川くんを共演させたらより華やかになって印象的になるんじゃないかとアドバイスをいただいて、それで面白そうだとリヴィエラさんにお声かけしたんですよ。そしたら戸川くんが了承していただけて……フェリーチェとしても願ったり叶ったりですよ」

「そうでしたか。あのCMは香月くんだけでも十分目を惹きますが、戸川くんが入ればそれは数倍になりますからね。それは正解だったと思いますよ。それで、戸川くん。このCMに出演すると決めるにあたって、誰かに相談とかしたのかな?」

心の中でアルに相談しててくれよと思いながらそう問いかけると、理玖は

「フェリーチェさんからCM撮影が終わるまでは誰にも話さないようにって言われたので、自分1人で考えましたよ」

と逆になんでそんなことを聞くの? と言わんばかりのキョトンとした顔でそう答えた。

くそっ、テオドールさんめ。
最初からアルに相談させないつもりだったな。

この打ち合わせが終わったらすぐにアルに連絡しておかないとな。


晴は理玖と一緒に出られることになったことが嬉しかったようだ。
もうすでにCM撮影は決まっているし、打ち合わせといってもほぼほぼ決定事項の最終確認のようなものだったから、今回の打ち合わせは終始和やかな雰囲気で進められた。

理玖本人が了承しているし、もう反対することも変更することもできない。
俺にできるのはCM撮影に入る前にアルに話を通しておくことだけだ。

俺だけが冷や汗をかきながら打ち合わせはあっという間に終了した。

「香月くん、戸川くん。せっかく本社まで来てもらったことだし、うちで昼食を食べていかないか?」

長谷川さん自ら声をかけられたら断るのは難しいと思っていたのだが、

「お誘いありがとうございます。でも、すみません。僕たちこの後大学に行かないといけなくて……次の機会にはぜひ」

と晴が断りを入れたのだ。

えっ? 大学? そんなこと聞いてなかったはずだが……。

「そうか、君たち大学生だったな。もうすっかり社会人だと思い込んでいたよ。卒業まであと半年くらいか。今が一番楽しい時期だな。大学の間にやりたいことをやっておくといい。どこかに旅行に行ったりなんかは大学の時が一番いいぞ」

「そうですよね。社会人になると忙しそうですし、だから僕たち今度ドイツ旅行に行こうって計画を立ててるんです」

「へぇ、ドイツ? ああ、そういえば、君たち2人ともドイツには縁があるんだったっけ?」」

「はい。そうなんです。僕は祖父がドイツ人で今もドイツに住んでますし、理玖は昔ドイツに住んでたことがあって。お互いの思い出の地を巡ったりできたらなって話してるんです」

「ハルとリクがドイツに行くときはぜひ連絡してくれ。私も一緒にドイツに帰っていろんな場所を案内してあげるよ」

長谷川さんと晴と理玖の会話にテオドールさんも加わって楽しそうに話をしている。
本当にドイツに行く時はテオドールさんがついてきたらアルが怒り出すのは目に見えているから内緒にしておかないとな。

そんなことを思っている間に話も終わったのか、

「早瀬さん、帰りましょう」

と晴が声をかけてくる。

フェリーチェの皆さんと、テオドールさん、折原さんはどうやら社食で食事を食べにいくようだ。

「先に失礼します」

と声をかけて、俺と晴と理玖はリヴィエラの田村と一緒にフェリーチェを出た。

フェリーチェを出てすぐに田村は他の仕事があるといってその場で別れた。
それをみんなで見送った後で、

「香月、さっきの大学っていう話なんだよ? 俺はこの後、何も予定はないはずだけど」

と言い出した。

やっぱりさっきのは晴が昼食を断るために咄嗟に嘘をついたのか。
そうだよな、大学なんて話、何も聞いてなかったから。

「理玖のために言ったんだよ」

「えっ? 俺のため……ってどういうことだよ?」

「理玖、今回のCMのこと、オーナーに何も話してないんでしょ?」

「ああ、だって誰にもいうなって言われたから……」

「はぁーっ。もう、理玖っていつも賢いのに自分のことになると鈍感なんだから」

「鈍感って、晴に言われたくないんだけど。どういうことだよ」

「いい? CMに出るってことは理玖の姿が全国に流れちゃうってことなんだよ? 僕が前にやったあのリュウールのポスターとは違うんだよ。あれは女の子の格好してメイクもしてたし、誰にも気づかれないだろうけど、今回のCMで理玖がする役、見た? すっごくかっこいい男の子の役。メイクはないし、理玖だってみんなに知れ渡っちゃうんだよ。僕はその彼女役で今回も女装メイクだからバレないだろうけど……」

「あっ……、そうか……」

「僕としては全然知らない人の彼女役になるよりは理玖で嬉しいけど、オーナーはどう思うかな? やっぱり心配になるんじゃない? きっとCM流れるようになったら声かけられることも増えるだろうし。オーナーは理玖がやりたいって決めたことを否定は絶対にしないだろうけど、それでも相談はしてほしかったって思うんじゃないかな?」

正直なところ、俺は晴がここまでアルの気持ちを理解しているとは思ってなかった。
でも理玖は晴にこれだけ言われたことで、晴が言わんとしていることは伝わったみたいだ。

「俺、今からシュパースに行ってくるよ」

1人で行こうとしている理玖に

「俺たちも一緒についていくよ」

と声をかけ、最初はどうしようかと悩んでいる様子だった理玖はじゃあ一緒にと言ってくれて、俺たちも一緒にシュパースへと急いだ。
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