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第2章 少年期
28.過保護
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ノエルが目を覚ました翌朝、柔らかな陽光がカーテンの隙間から差し込んでいた。いつもより少し重たく感じる体をゆっくりと起こし、ぼんやりと周囲を見渡す。
……ここ、僕の部屋だよね?
寝台の傍らには、ふわりと暖かいブランケットが重ねられ、枕元には飲みかけの水が置かれている。ほんの些細な気遣いが胸を締めつける。
ぼんやりと昨夜のことを思い返そうとした。だが、何か大切な夢を見たような気がするのに、その内容は指の隙間から砂がこぼれるようにさらさらと頭から流れ落ちてゆく。ただ、目覚めとともに感じた穏やかな暖かさだけが胸に残っていた。
けれど、その暖かさを噛み締める余裕は長く続かなかった。
記憶は断片的だった。宴の場、倒れる自分、駆け寄ってくる声。
幼い日の記憶が不意に甦る。
母の部屋をノックしたあの日の言葉を忘れることができない。
自分を責める思考が渦巻き、ノエルは知らず知らずのうちに膝を抱えていた。その時、ノックの音が部屋に響き、肩をびくりと揺らす。
「ノエル、入るぞ。」
現れたのはローレンツだった。トレーに朝食を載せ、いつものようにどこかぶっきらぼうな口調で言葉を続ける。
「ほら、朝だぞ。少しは食べろよ。」
ローレンツはノエルの顔を見て眉をひそめた。
「……何を考え込んでるんだ?」
その問いに、ノエルは視線をそらす。けれどローレンツは容赦なく追及してくる。
「ノエル、なんでそんな顔をしてる?」
「……僕、また迷惑かけたよね……みんな心配させてばっかりで……」
小さな声で漏れたその言葉に、ローレンツは少し目を見開いたが、次の瞬間には短く息を吐いた。
「迷惑?」
そう言いながら彼はノエルの頭に大きな手を載せ、くしゃりと髪を撫でた。
「俺たちが心配するのは当たり前だし、そうしたいからしてるだけだ。迷惑だなんて思うな。」
ローレンツの言葉は、じんわりとノエルの胸に染み込んでいく。
「……ロイ兄さん、ありがとう……」
ノエルの頬が少し緩むのを見て、ローレンツはトレーをテーブルに置きながら軽く鼻を鳴らした。
「ほら、冷める前に食べちまえ。」
ノエルは差し出されたパンを手に取り、少しずつ口に運ぶ。その味わいにほんの少しだけ幸福を感じた。
ぐるぐると心に巣食う感情は黒く重たかったが、なぜかその中心は暖かかった。誰かに守られているような感覚。それがどこから来るものなのかは分からない。ただ、この瞬間だけは、自分を責める必要などないのだと感じられた。
***
ノエルが目を覚ましてから1週間が経った。
学園の長期休暇中ということもあり、ローレンツも家にいるため、ノエルは一人になることがない。兄たちが交代で部屋を尋ねてくれるおかげで、静かな部屋に孤独を感じることもなかったが、それでも少し息苦しさを覚えていた。
数年前、頭を怪我したとき以上に、兄たちの過保護ぶりが顕著になっている気がする。この日はローレンツの番らしく、朝からノエルのそばを離れず看病をしている。
「ノエル、どこか痛いところはないか?」
「全然大丈夫だよ。」
「食欲は?お腹、空いてないか?」
「さっきお昼食べたばかりだよね……?」
「喉は?乾いてない?」
「大丈夫だよ……」
ローレンツの問いかけは途切れることがない。兄さんなりに心配してくれているんだと分かってはいるものの、あまりの心配ぶりに苦笑が漏れてしまう。
「ロイ兄さん……僕、本当に元気だよ?」
ノエルは少し困ったように笑いながら言った。
「ご飯だって一人で食べられるし、そろそろお散歩くらいしても大丈夫だよ……?」
だがその提案に、ローレンツは首を力強く振った。
「ノエル、まだ何があるか分からないんだから、散歩なんてとんでもない。」
「でも……」
「ダメだ。」
ローレンツの強い否定に、ノエルは不満を呟きかけたが、彼の目が妙に切実で言葉を飲み込んだ。
「じゃあせめて、ご飯くらいは一人で……」
「……あと1週間だけ。」
「え、どうして?」
ローレンツは視線を少しそらし、声を落とした。
「……こうして一日中そばにいられる機会なんて、普段はないだろう?」
その言葉に、ノエルは驚いた。ローレンツがこんな風に弱気な表情を見せることは珍しい。
「……分かったよ。」
ノエルは小さく笑い、頷いた。
「じゃああと1週間だけね。その代わり、約束だよ?1週間後にはお散歩に連れていってね。」
「……ああ、分かった。」
「やった!ロイ兄さん、ありがとう。」
無邪気に喜ぶノエルの姿を見て、ローレンツも少し肩の力を抜いたように見えた。
その後、ローレンツは本を読み聞かせたり、昔話をしてくれたりと、ノエルを飽きさせないようにしてくれた。
夕方になった頃、ルーベルトが部屋を訪れた。
「ロイ、少し休んだらどうだい?今度は僕が代わろう。」
だがノエルは即座に首を振った。
「今日はロイ兄さんの日だから、ルー兄さんはまた明日。」
これにルーベルトは一瞬驚いた顔をしたものの、やがて静かに微笑んで肩をすくめた。
「仕方がないな……じゃあ、明日は僕の番だと約束だよ?」
「うん!明日はルー兄さんの話、いっぱい聞かせて!」
ルーベルトが部屋を出て行った後、廊下で彼が肩を落としながら自室に向かう姿を見た侍女たちは、小さく笑いながら「あんなルーベルト様、なかなか見られませんわね」と噂していたという。
一方、ノエルはローレンツとまだ続く時間を楽しむため、兄の持つ大きな手を引きながら「次はどんなお話を聞かせてくれるの?」と無邪気に問いかけていた。
……ここ、僕の部屋だよね?
寝台の傍らには、ふわりと暖かいブランケットが重ねられ、枕元には飲みかけの水が置かれている。ほんの些細な気遣いが胸を締めつける。
ぼんやりと昨夜のことを思い返そうとした。だが、何か大切な夢を見たような気がするのに、その内容は指の隙間から砂がこぼれるようにさらさらと頭から流れ落ちてゆく。ただ、目覚めとともに感じた穏やかな暖かさだけが胸に残っていた。
けれど、その暖かさを噛み締める余裕は長く続かなかった。
記憶は断片的だった。宴の場、倒れる自分、駆け寄ってくる声。
幼い日の記憶が不意に甦る。
母の部屋をノックしたあの日の言葉を忘れることができない。
自分を責める思考が渦巻き、ノエルは知らず知らずのうちに膝を抱えていた。その時、ノックの音が部屋に響き、肩をびくりと揺らす。
「ノエル、入るぞ。」
現れたのはローレンツだった。トレーに朝食を載せ、いつものようにどこかぶっきらぼうな口調で言葉を続ける。
「ほら、朝だぞ。少しは食べろよ。」
ローレンツはノエルの顔を見て眉をひそめた。
「……何を考え込んでるんだ?」
その問いに、ノエルは視線をそらす。けれどローレンツは容赦なく追及してくる。
「ノエル、なんでそんな顔をしてる?」
「……僕、また迷惑かけたよね……みんな心配させてばっかりで……」
小さな声で漏れたその言葉に、ローレンツは少し目を見開いたが、次の瞬間には短く息を吐いた。
「迷惑?」
そう言いながら彼はノエルの頭に大きな手を載せ、くしゃりと髪を撫でた。
「俺たちが心配するのは当たり前だし、そうしたいからしてるだけだ。迷惑だなんて思うな。」
ローレンツの言葉は、じんわりとノエルの胸に染み込んでいく。
「……ロイ兄さん、ありがとう……」
ノエルの頬が少し緩むのを見て、ローレンツはトレーをテーブルに置きながら軽く鼻を鳴らした。
「ほら、冷める前に食べちまえ。」
ノエルは差し出されたパンを手に取り、少しずつ口に運ぶ。その味わいにほんの少しだけ幸福を感じた。
ぐるぐると心に巣食う感情は黒く重たかったが、なぜかその中心は暖かかった。誰かに守られているような感覚。それがどこから来るものなのかは分からない。ただ、この瞬間だけは、自分を責める必要などないのだと感じられた。
***
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学園の長期休暇中ということもあり、ローレンツも家にいるため、ノエルは一人になることがない。兄たちが交代で部屋を尋ねてくれるおかげで、静かな部屋に孤独を感じることもなかったが、それでも少し息苦しさを覚えていた。
数年前、頭を怪我したとき以上に、兄たちの過保護ぶりが顕著になっている気がする。この日はローレンツの番らしく、朝からノエルのそばを離れず看病をしている。
「ノエル、どこか痛いところはないか?」
「全然大丈夫だよ。」
「食欲は?お腹、空いてないか?」
「さっきお昼食べたばかりだよね……?」
「喉は?乾いてない?」
「大丈夫だよ……」
ローレンツの問いかけは途切れることがない。兄さんなりに心配してくれているんだと分かってはいるものの、あまりの心配ぶりに苦笑が漏れてしまう。
「ロイ兄さん……僕、本当に元気だよ?」
ノエルは少し困ったように笑いながら言った。
「ご飯だって一人で食べられるし、そろそろお散歩くらいしても大丈夫だよ……?」
だがその提案に、ローレンツは首を力強く振った。
「ノエル、まだ何があるか分からないんだから、散歩なんてとんでもない。」
「でも……」
「ダメだ。」
ローレンツの強い否定に、ノエルは不満を呟きかけたが、彼の目が妙に切実で言葉を飲み込んだ。
「じゃあせめて、ご飯くらいは一人で……」
「……あと1週間だけ。」
「え、どうして?」
ローレンツは視線を少しそらし、声を落とした。
「……こうして一日中そばにいられる機会なんて、普段はないだろう?」
その言葉に、ノエルは驚いた。ローレンツがこんな風に弱気な表情を見せることは珍しい。
「……分かったよ。」
ノエルは小さく笑い、頷いた。
「じゃああと1週間だけね。その代わり、約束だよ?1週間後にはお散歩に連れていってね。」
「……ああ、分かった。」
「やった!ロイ兄さん、ありがとう。」
無邪気に喜ぶノエルの姿を見て、ローレンツも少し肩の力を抜いたように見えた。
その後、ローレンツは本を読み聞かせたり、昔話をしてくれたりと、ノエルを飽きさせないようにしてくれた。
夕方になった頃、ルーベルトが部屋を訪れた。
「ロイ、少し休んだらどうだい?今度は僕が代わろう。」
だがノエルは即座に首を振った。
「今日はロイ兄さんの日だから、ルー兄さんはまた明日。」
これにルーベルトは一瞬驚いた顔をしたものの、やがて静かに微笑んで肩をすくめた。
「仕方がないな……じゃあ、明日は僕の番だと約束だよ?」
「うん!明日はルー兄さんの話、いっぱい聞かせて!」
ルーベルトが部屋を出て行った後、廊下で彼が肩を落としながら自室に向かう姿を見た侍女たちは、小さく笑いながら「あんなルーベルト様、なかなか見られませんわね」と噂していたという。
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