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できるだけ慎重に、小さな文字で、私はお二人の恋物語を書き始めました。
しおりを挟む「それでも、妻と夫だわ。お金を頂いておそばにいる私とは違うの」
ええ、違うのです。お金を払ってまでそばにいてほしいラーミア様と、私はまったく違うのです。
同列に考えることすらおかしな話です。ただの爵位である私と違い、お二人の関係はもっと人間的で、感情的なものでしょう。
私とクリフト様の間には何もありません。
清々しいほどに、何もないのです。私は今すぐに飛び出して、それを伝えたくなりました。ラーミア様は私のことを気にする必要などないし、忘れてしまってほしいのです。
でも、そんなことはできません。
ご当主様の投資した物であるだけの私は、自室から出ることを禁じられています。勝手に部屋を出て、ましてやクリフト様の部屋を覗いていたことがばれたら、何もかもめちゃくちゃになってしまうでしょう。
「……彼女は、僕のそばにさえいない。顔を見たのも数度だけだ」
「ふふっ、いいのよ」
ラーミア様は笑って、クリフト様の言葉をまるで言い訳かのように流してしまいました。
「あなたは奥様のもの。それを奪おうなんて考えていないわ」
奪うまでもなくクリフト様はあなたのものなのです。私は身が捻れそうな不快に襲われました。間違っているのです。
「ラーミア」
うめくようにクリフト様が名を呼びました。ラーミア様は「なあに?」と子供のように首をかしげます。
触れる体は、とてもはしたない距離です。もちろん覗き見している私が悪いのです。二人きりでなければとれない、親密で、触れ合う肌の熱を感じさせる距離でした。
「私はただ、あなたのお情けがいただければそれでいいの」
「……」
「お金でいいのよ。あなたはお忙しい方だもの。私とずっと一緒にいる時間も、私への贈り物を選ぶ時間も、無理をして欲しいなんて……言わないわ」
ラーミア様は優しく言葉を紡ぎ、少しだけ悲しそうに語尾を濁らせました。私は胸に痛みを感じました。クリフト様もそうでしょう。
美しい方の表情が曇るのは、とても見ていられません。早く、と私は心の中で思いました。早くラーミア様を慰めて差し上げるのです、クリフト様。それができるのはあなただけなのですから。
「……ラーミア」
「いいのよ。あなたが不要だと思うのなら、もう仕事は不要だとおっしゃって。傷が浅いうちに、どうか」
「ラーミア! そんな、そんなことがあるものか。君は僕の……」
声をとても低めてクリフト様は、何事かラーミア様の耳元でささやきました。
聞こえません!
ああ、この距離が恨めしい。普段は甘い睦言など言わないクリフト様が、いったいどんな情熱的な言葉を使ったのでしょう?
「ふふっ、恥ずかしい……でも、本当だったら嬉しいわ」
「本当だ! 僕は君を、君だけを、」
「そうね。……ねえ、黙って。大丈夫、こうしていて」
「……」
クリフト様は何か言いかけましたが、黙ってラーミア様を抱きしめました。そのまま二人、何も言わずに触れ合っています。
クリフト様の手がラーミア様の頭をそっと撫でました。ラーミア様の指が、ぎゅっとクリフト様の服を掴んでいます。
なんて美しい光景なのでしょう。
きっとこれが愛なのです。私は、忘れていた熱が胸を満たすのを感じました。
幼い頃、何度も何度も読んだ恋愛小説を思い出したのです。いつでもヒロインとヒーローは結ばれなければなりません。
ですがなんということでしょう。
お二人の障害は私なのです。
私がいる限り、この美しい愛にさす影は取り払われないのです。クリフト様もラーミア様も、本当の意味で笑顔を浮かべることはないのです。
「ああ……」
悲しいふたりを見ていられず、私は自室に戻りました。
切なさがまだ胸を焼いています。こんなことがあるでしょうか。クリフト様はお金を盗まれてもラーミア様のことが好きなのです。ラーミア様もきっと、クリフト様をまるごと盗んでしまいたいくらいに愛しているのでしょう。
「こんなことが……」
とても納得できません。
お二人は結ばれなければなりません。昔読んだ恋愛物語のように、ハッピーエンドでなければならないのです。
しかし現実は甘くありません。
「はあ」
あのお二人はどうなるのでしょうか? 別れてしまうのでしょうか。そんな。私にできることなら何でもしたいのに、私にできることは何もありません。
私は思い悩み、数日を鬱々として過ごしました。食事は押し込むようにとっています。ろくに運動しないせいもあり、なかなか眠りにつけず、すぐに目を覚まします。
いったいどうしたら、あのお二人が恋愛小説のようなハッピーエンドにたどり着けるのでしょう?
「……あっ」
天啓が降りたのはとある早朝のことでした。
ハッピーエンドには、自分ですればいいのです。
私は便箋を集めました。家族や親しい方への手紙は許されていますから、いくらかあります。もっとも、今の私の立場ではとても貴重なものです。
できるだけ慎重に、小さな文字で、私はお二人の恋物語を書き始めました。
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