投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
2 / 40

お肉が食べられます。

しおりを挟む
「お口に会わないかと思いますが、どうぞ、ご容赦を……」
 牢番の兵士が困ったように皿を差し出してきた。
「お肉!」
「は。……その、とても……硬いので、お気をつけて……」
「そうなのね。ええ、気をつけるわ。ありがとう」
 これほど大きな固形のお肉などどれだけぶりだろう。
 リーリエはこくりと喉を鳴らした。

 昔、育ち盛りの頃に、頼み込んで形のある肉を出してもらったことがある。
 スープに溶けかけの、小指の爪くらいに小さなものだったが、それでも肉だ。ほろりと溶け残った繊維質を追って、いつまでも噛んでいたものだ。

 しかしこの肉は、溶けていない。いっそ乾燥している。
 いかにも物体であるという存在感で、皿の上に転がっているのだ。

「はあ……ふう……」
 皿を持った手が震えてきて、リーリエはそれを牢の床に置いた。
「お肉と……芋、ね……?」
 芋は潰されているが、それでもスープよりは形が残っている。ごつごつとした素晴らしい形を、添えられていたスプーンでつついた。

「あふ」
 芋をすくう。
 もりあがったこの形、とろけていかない形、リーリエは震えながらゆっくりと口に運んだ。

「んっ」
 舌に当たるかすかな甘み。歯が芋に沈み込んでいき、ほくり、と割れる。ふわわ、とたまらない甘さが広がった。

「んんんーっ!」
 リーリエは窒息死するところだった。
 否、してもいい。極楽、なんという極楽。
(甘味で溺れ死そう!)
 
「はっ、あ……」
 こんなに時間をかけてはいけないと思ったが、そうではなかった。今のリーリエは急いで食べる必要がない。
「なんて……贅沢……」
 舌でざらりと芋をならし、その一粒一粒まで味わうことができる。気の遠くなるような味の嵐に、リーリエは気を失うところだった。

「お、お肉……を……」
 だめだ。
 肉を食べずにどうして意識を飛ばせようか。さすがにのんきに気を失っていたら、下げられてしまうかもしれない。
「ああ……」
 それでもしばらく、乾いた肉の形に陶然としていた。
 皿を捧げ持つ。ここに肉がある。
 スープに溶けてその形を失っていたとしても、肉は肉だ。栄養素は得られる。だが、リーリエは肉を食べたかった。急いで流し込むのではなく、噛んで食べたかったのだ。

「感謝します」
 リーリエはついに肉を口に入れた。
「むっ……」
 じわりと、さきほどの芋とは別次元に唾液が溢れてくる。固形物だ。舌が、頬の内側が、感じ取っている。これはリーリエに与えられた食べ物だ。
 口の中にあるだけで、リーリエの体はそれを溶かそうとする。
 甘さが滲み出ているのはそのせいだ。

 けれどリーリエは、リーリエの力でそこに歯を立てた。
「はうっ」
 それは肉である。
 歯をたてれば押し返す。肉である。
 なお力をいれればその繊維が感じられた。肉である。

「う、うう……」
 硬い。
 柔らかいものを食べ慣れたリーリエの歯は、肉を噛み切ることができない。けれどそれが、嬉しい。
(硬い! 硬い! 硬い!)
 どこまでも硬い。
 いつまでもここにある物体だ。
 そして味は噛むたびに染み出してくる、これは無限の物質ではないか?
(噛んでも噛んでもなくならない……!)

 リーリエは涙を流した。
 そして両頬を押さえ、深く、神に感謝を捧げた。

「リーリエ様……!?」
 誰かが声をあげていたが、それさえ構わず祈った。祈りに集中することは得意だ。というより、それしかすることがなかった人生である。

「……あら?」
 そしてリーリエが我に返った時、目の前に三人の兵士が頭を垂れていた。
(やってしまった)
 祈りが神に届いたので、リーリエの体は今、黄金色に輝いている。神の目が向けられているという証だ。
 リーリエは怯えて首を振った。
「見なかったことに……してくれませんか?」
 かつて幼かったリーリエは、これを見られてしまったために、家族と引き離され、教会に引き取られることになったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...