投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

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司教の事情

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「南の果てとされていた全地域が、恐らく……消滅、したと思われます」
 報告を受けた王子は激高した。
「恐らくとはなんだ! 貴様の予測か?」
「……そうです。鳥が足らず、現地から離れた場所からの一報です。3日は遅れた情報と考えた方がいいでしょう。消滅の速度が落ちていなければ、恐らくすでに」

 果ての国はそう広くはない。それでも南の端からは、馬を飛ばして一週間。連絡には矢のように飛ぶ鳥が用いられ、それでも一日遅れの情報になる。
 そしてここ連日の報告により、現地に留められていた鳥の数が減っている。消滅の中心地から離れた場所よりの連絡になり、正確性、迅速性ともに下がっているだろう。

「すぐに報告をさせろ!」
 だから、そんな命令は無茶なのだ。
「……殿下。陛下にご報告を」

「このように曖昧な報告ができるものか! 消失が多大な地域に及んでいる、かもしれないからどうにかしろと?」
「そうです。そうでなければ……間に合いません!」

 王子は報告者の兵士を睨んだ。
 謁見の時以外、王が人前に姿を現すことはない。
 それをバルカス王子は不満に思ったことはなかった。その方が自分が好きにできるからだ。王が在位中だというのに、政を任されている自分が誇らしいからだ。

 逆を言えば謁見以外で王に話を通すことは「この程度の判断ができなかった」と受け取られそうで気が進まない。
 少なくともある程度、はっきりした危機でなければ。

「……すでにマイラが祈りを捧げている。消失は止まっているのではないか?」
 それは兵士にも否定できない。だが、もし、そうでなかったら?

 消失がどこまで進んでいるか、実際のところわからないのだ。現地まで行くにも時間がかかる。今対策ができなければ、消失はこの王都にも迫るかもしれない。

「神の光は、得られたのですか?」
 兵士の問いに王子が顔をしかめるより早く、その隣のマイラが頷いた。
「ええ。今朝方、光は降りました」
「おお、では……」

「何度降りたのですか?」
 口を挟んだのは司教だった。
 毎日のように登城し、リーリエを早く返すようにと言ってくる。王子にとっては鬱陶しいことこの上ない相手だ。

「……一度」
 マイラは一瞬、わずかな迷いを見せてから言った。即答できなかった以上、大きく出るのは逆にまずいだろう。

「では、足りないでしょうな。リーリエ様は一日に百以上の光を得ておられた。それでもなお、わずかに国土が増えたのみです」
「百……?」
「おおよそ、その程度は」

「数など問題ではないだろう。マイラが神に認められたということだ」
「一度や二度なら、聖女見習いが真摯に祈ればあり得ることです」

 マイラはゆっくりと息を吸い、口を開いた。
「……どうぞ我々をお救いくださるようにと、祈りました。神はそれにお答えになりました」
「答えた? 神が」
「ええ」
「それは聞いたことのない話ですな」

「教会の聖女への扱いを、神は憂慮しておられました」

「……」
 人々が静まった。

 マイラはまっすぐに司教を見ている。堂々とした、けれど静かなその告発は、彼女の後ろ暗さをわずかも見せなかった。
「なにを……」
 乾いた声で呟いた司教の動揺が、人々の目に写った。

「ユーファミア様も以前から危惧しておられたでしょう。教会は聖女を食い物にし、まるで奴隷のように扱っている」
 元聖女であるユーファミアが、聖女見習いにも地位を与え、聖女の負担を減らすべきだと主張していたことは知られている。
 司教はその提案を受け入れなかった。
 神の寵愛はあまりにも一人に偏っている。聖女見習いでは百人いても聖女の代わりはできない。

 だからこそ聖女なのだ。
 たとえ元聖女であるユーファミアとて、リーリエが祈るようになってから、神の光はめったに降りなくなった。

「そんなことがあるものか!」
 司教は強く言った。
「我々は聖女のためにいるのだ。聖女が憂いなく祈りを捧げ、国を守ることをお支えするために、」
「では、消滅の地で祈りを捧げてください」

「は……?」
「本来なら私が向かうべきですが、それはできないでしょう。その代わりを担ってくださる、それが本来のお役目ではないですか?」
「……祈りは聖女が捧げるもの」
「それでも、祈りは無駄ではありません。災いの中にいる人々を支え、励ましてください、どうか……聖女である私の代わりに」

 司教はひどく青ざめていた。
 王家の前、民の前で、マイラを聖女と認めたのは司教である。それを撤回することなどできるはずがない。

 真の聖女、リーリエさえ手元にいれば問題ないと考えていた。だがいまだに、リーリエは教会へ返されない。
 こんなことになるとは思っていなかった。

 聖女とは司教にとって、完全に支配下にあるものだったのだ。
 無意識のうちにそう考えていた。聖女を祈らせ、民の前で聖女としてふるまわせ、そしてその身を守る。それは教会にしかできぬことだと思っていた。

 だがマイラには王家という後ろ盾がある。
 教会に頼る必要などないのだ。

 司教がマイラの言葉を飲まなければ、一層の窮地に追いやられることは間違いなかった。
 リーリエさえいれば、と司教は思う。

(そうだ)
 それでもやはり、真実の聖女さえいれば問題ないのだ。神の光を得られない聖女などいずれ失脚する。

「……では聖女見習いであるリーリエ様をお返しください。であれば、他の見習いとともに、消滅の地で祈りましょう」

「リーリエ様は……」
「それはいい! あれを連れて行け。あの気狂いに使い途ができたではないか!」

 マイラは密かに眉を寄せた。
 もしこの消滅が止まらなければ、リーリエは最も重要な人物となる。教会に取られることは避けたい。

 だが王子が人前でこれだけ力強く言ったのだ。意見を変えさせようなどとすれば、不興をかうのは間違いない。
 周囲からはマイラの言うことを聞いているように見える王子だが、それはマイラが、聞いてくれるお願いしかしないだけだ。
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