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前編

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「これは浮気などではない! 真実の愛だ。エレノア、僕と君の間に愛などなかった。そうだろう? 政略で繋がっているだけの、いわばただの仕事仲間じゃないか。僕の愛は彼女……ニナのもとにある。そしてニナもまた、僕を愛しているんだ」

「……まあ」
 私は胸を押さえました。
「真実の愛……」
 熱っぽい息を吐きます。なんということでしょう、真実の愛、物語の中にしかないと思っていたそれが、まさか目の前に現れるだなんて。

 無償の愛、損得を超えた愛、それが……本当に?
 信じがたいことです。だって人間は損得で生きてしまうものです。得のある相手と結ばれるものです。
 そもそも若い相手しか候補にいれない時点で、お察しというものです。

 けれどもちろん、その中に真実の愛が存在している可能性はあります。若く美しく身分的に釣り合う相手だから求めたのではなく、愛する君が、たまたま条件のいい相手だったのだ、ということですね。

 ああ、それが、目の前にあるのでしょうか?
 旦那さまと、使用人のニナとの間に?
 確かに、旦那様がニナを愛する理由はありません。ニナは何も持っていないのです。愛らしさはありますが、他の少女と比べて飛び抜けてはいないでしょう。
 入婿である旦那様は、彼女を愛したがためにこの家を追い出される可能性が高まります。

「……本気なのですね?」
 私は高鳴る胸を押さえながら問いかけました。
 本当に、本当でしょうか?

 真実の愛などというものの存在に私は懐疑的でした。
 でも同時に、とても憧れているのです。もし、もしそんなものがあるのなら、作り物の物語よりどんなに私を感動させてくれるでしょう!

「ああ。僕の愛はニナにある。だから君はあくまでビジネスパートナーとして、この愛を認めるべきだ。そうだろう?」

 いつも媚びたような、自信のない様子だった夫が、いつになく堂々と言いました。
 恋が人を変えたということなのでしょうか?

「素晴らしいわ!」
 私は思わず、貴族らしからぬ声をあげてしまいました。だって、だって、仕方がないじゃありませんか。

「ええ、ええ! 離れを用意させましょう。そこで二人の生活をするとよろしいわ。調度品も揃えましょうね。……いえ! 違うわね、予算を用意するから、二人で時間をかけて選ぶべきね!」
「お、奥様……」
「なあに、ニナ。他に希望があるの?」

 ニナもいつもおどおどとして、誰か他の人に頼るような子でした。使用人として全く使えないので、暇を出すことを考えていたところです。
 でもこうなれば、他で変えのきかない人材です。貴族家にふさわしくないみっともない態度も、良いもののように思えてきました。

「良いんですか……?」
「ええ、全ての希望を聞くことはできないけれど、真実の愛を応援するためだもの! できるだけのことはするわ」
「そ、そうではなくて……」
「おまえは、俺がよそに女をつくってもいいのか!」

「もちろんよ! だって真実の愛なのでしょう? なんて素敵、まるで何のしがらみもない平民の夫婦みたいに、ただひとつ持つ未来への希望を部屋に詰め込んでいくの。……そうだ、やっぱり一気にというのはいけないわね。少しずつ、お手当として毎月お渡ししますわ」
「どうしてそんなことをしてくださるのですか……?」

 震えながらニナが聞いてきました。
 気味悪そうに私を見ています。そういえば、愛する二人にとって男の妻などは悪役で、このように応援するべきではないのかもしれません。
 けれど私は目の前に現れた楽しみを捨てる気にはなれないのでした。

 幸いなことに、すでに母の下で領地運営にたずさわり、それなりの給料をもらっています。領地の他に趣味という趣味もありませんでしたから、夫とニナの二人を養うことくらいできるのです。

「だって、お二人の真実の愛を見届けたいのですわ。私には永遠に縁のないものでしょうから……」
「おまえはどこまで俺を馬鹿にするんだッ!」
「え? でも、あなたがお望みのことでしょう?」

 よくわかりませんね。自分に益があるのなら、それでいいではありませんか。お金はないよりあるほうが幸せになれるでしょうし……。

「ああ!」
 私は気づきました。
「愛を試されたいのね? わかるわ。恵まれた環境で愛を育むのは簡単なこと。苦難があってこそ、真実が何か見えてくる……」

「ね、ねえ、いいじゃないガルド、お金はないよりあったほうがいいわ」
「それは、そうだが……」

 どうやらニナも私と同じ考えのようです。
 よかった。真実の愛の真実は気になるけれど、そんなに早く知れてしまってはつまらないものね。ゆっくり、じっくり、見せてもらいたいわ。
 今もニナは私の目の前で、べったりと夫の腕に腕を絡めてすがっています。関係も状況も考えていない態度は、それだけ恋に頭がおかしくなっているのでしょう。

「じゃあ、すぐに離れを用意するから、今日からそっちで暮らして頂戴。あなたの荷物は急いでまとめるわ」
「ま、待て、僕は本邸にそのまま」
「そういうわけにはいきませんわ。愛する二人が離れ離れだなんて! ただでさえ仕事の間は……ああ、あなたには大した仕事はなかったわね」

「ぐっ……」
 そうでした、ガルドは何を任せても上手くできず、それでも努力してくれればいいのですが、たいていは他のものに丸投げしてしまうのです。
 かといって采配がうまいわけでもなく、私の夫であるため、辞めさせるのもややこしいことになっていたのでした。

 それが、私の趣味を満たすという仕事ができるようになった。なんて素晴らしいのでしょう。
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