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そんなことってあるだろうか?

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「手間をかけさせ……っ、なんだ、その男は! き、貴様、まさかすでに純潔を失ったか?」
「……」

 突然に現れた血縁上の父だが、ルミナにとっては他人も同然だ。
 他人にいきなり純潔の話などをされたので、ルミナは気持ち悪さを感じた。震えるその背を優しい手が撫でる。
 緊張が安心に変わっていくのが不思議だった。

(どうして……)

 ルミナを抱きしめる彼は今もキラキラとしている。まるで大きな精霊のようだ。
 そうなのだろうか。
 人間でないから、こんなにも近い距離が嫌ではないのだろうか。

「このあばずれが! くそっ、すでに買い手と話がついているというのに、どうすれば……どうしてくれる! 貴族令嬢として生まれておきながら、誇りのかけらも持たないのか!」
「……私は貴族令嬢などではありませんよ、当主様」
「は? 貴様はたしかに俺の子だろう。忌々しいことだが、平民にそのような髪が生まれるものか」

 ルミナは苦笑した。どうしてこの人達は、そんなにも嫌そうな顔をして事実と違うことを口にするのだろう。

「当主様、娘と思っていないものを娘とおっしゃるなんて、おやめください。当主様のご令嬢はそちらにいらっしゃるではないですか?」
「……っ」

 馬車からこちらを覗いているのはフローリアだ。恐れから身を隠しているのだろうに、瞳だけは輝いていた。
 ルミナがひどい目にあうのを楽しみにしているのだ。

「ご令嬢がこのような場所に来るなど、お止めするべきではないですか? 素性の定かでない男達の前になど」
「黙れ! 生かされた者の分際で……」
「そうです。私は生かされ、捨てられました。捨て子です。当主様の娘などではありません。ですからご家族の事情は、ご家族で解決してください」

 ルミナの言葉に彼はどんどんと顔を赤くしていった。冷静になればわかるはずだとルミナは思う。
 一度捨てた娘を、自分の娘だと言っても遅い。
 もう捨ててしまったのだから。

 自分は薄情なのかもしれないとルミナは思う。
 だが、こうして精霊のような男に抱きしめられていると、なんだかしっくりきてしまうのだ。

(私がいるべきなのはこの世界じゃない)

 だからきっと、捨てられてよかったのだ。

「な、まいきな、口を! 貴様を生み出したのは俺だ。俺の財産だ。勝手は許さん! ……おい、そいつを縛り上げろ!」
「はっ、お任せを」
「旦那、それなら報酬はすぐに頂きたいんだが」
「ええい、すぐだ、金はここにある!」
「へっへ、それなら良いんです」

 男たちは雇い主の事情を聞いてしまったせいか、金を払ってもらえるか不安になったようだ。少し不穏な空気が漂ったが、さっさと仕事を終らせることにしたらしい。

「さ、嬢ちゃん、こっちにくるんだ」
「おい、おまえはどきな。そんなほっせぇ体で俺たちにかなうなんて思ってないよな?」
「怪我したくなきゃ、避けるんだな!」

「……!」

 ルミナは悲鳴をあげた。
 自分を抱きしめる男が危害をくわえられることが、今のルミナには何より恐ろしかった。突き飛ばして自分から離れさせようとするが、その腕はどうしても離れない。

「あっ、だめ、あなたが」
「何、問題ないぞルミナ」
「え……?」

 世界がきらめいた。
 次の瞬間、向かってこようとしていた男たちは地に伏せていた。皆、喉を押さえて苦しみ悶えている。

「人間が俺に触れることなどできない」
「……あなたは……」
「俺は精霊の王。人とは触れられるものが違う。人から気を奪うことも、水を奪うこともできる」

 ルミナはまばたきをして「王様」と呟いた。精霊の王様。が、迎えに来てくれた。まるきりおとぎ話で、ルミナはつい笑ってしまった。
 そんなことってあるだろうか?
 きっと何かの冗談だ。それとも夢かもしれない。

『王様!』
『精霊王様!』
『おめでとう!』
『ルミナ、おめでとう!』

 小さな精霊たちが周囲をきらきらと飛び回り、なぜか祝福してくれる。本当に夢だ。でも夢だって、こんなに嘘みたいな夢はなかなか見られない。
 嘘みたいなのにルミナはなぜか幸せだった。
 ルミナはぎゅっと精霊の王様の腕をつかんだ。夢の中なのだから、どんな大胆なことをしたっていい。
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