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『公爵家の娘は永久にアイラだけです』

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 それからの話をしよう。
 何度か話し合いの必要はあったが、私は卒業までの学費を払ってもらえた。いずれ全て返済する予定だ。

 そして念願の役人になり、王妃様を上司とする慈善事業チームに所属することになった。これは貴族令嬢であったことが加味されていると思われるので、やはり生まれには感謝するべきなのだろう。

 王妃様を上司とする、と言っても、もちろん王妃様に直接関わるわけではない。……と、思っていた頃もありました。
 なんということか、王妃様は実に行動的なお方で、見識を深めるのがお好きで、色んな人とのお喋りがお好きである。

「ねえシェイラ」
「またいらっしゃったんですか……」

 王城の端っこにある事務室で、地図と数字を相手取ってにらめっこしていた時だ。王妃様はするりと入ってきた。
 とても高貴な方をお迎えできるような状況ではない。

「今日はお菓子もないですよ。先輩達が全部持っていったので。というか、平民用のお菓子なんて王妃様が口にするものじゃないですけど」
 孤児院の子供から正直な待遇を聞き出すために、お菓子は大変よい賄賂である。もちろんそういったものは王妃様の財布から出ているけれど、あれを食べていると王城のシェフが知ったら嘆くに違いない。

「あなたのお家のことなの」
「……?」
 私は地図と計算式から顔をあげた。

 新人のやる仕事ではないが、細かな計算は私が1番得意なのでよく任されている。場所が場所なので、きちんとした身元の者のみを雇った結果らしい。
 なので手が離せない。
 けれど、そうも言っていられない話題のようだ。

「実家が何かやらかしましたか?」
「やらかしたのはお家じゃなくて、次期当主夫人なのだけれど……」
「妹が?」
 私は苦笑した。どうしよう、何をやらかしてもおかしくない。

 でもそのせいで仕事がなくなるのは嫌だ。
 役人となる時に、実家とは縁を切った。国の役人は貴族制度とは分離したものである、という建前があるので、ままあることだ。
 しかし建前は建前なので、あまりひどいことをしでかした場合、こちらにも影響があるだろう。

「私の開いた夜会で、格下のご令嬢のものを欲しがって、相手が譲るまで粘っていたの」
「……………ああ」
 私は大きく息を吐いた。

 次期当主夫人のアイラ。たいへんに恵まれたアイラ。欲しいものが手に入ったアイラ。
 あれからクラスに私のものを奪いには来なくなった。彼女なりに彼女の理屈で動いていたのだ、と私は改めて知ったのだ。

 けれど結局は変わらなかったらしい。私がいた頃は私だけが標的だったが、私がいないので他に目を向けたのかもしれない。

「最後にはお譲りする、ということになって、盗んでいるわけじゃないのだけれど……」
「ほとんど恐喝ですよね、それ」
「ええ。今はまだいいけど、大きな問題になる前に、私の夜会には呼ばないようにしようかと考えたの。あなたを辞めさせられると嫌だし」
「それは……」

 つまり王妃様は、私に咎が行く前に妹を排除しよう、と言ってくれているのだ。
 とてもありがたい話だったけれど、少し困った。相手のご令嬢が迷惑していたとしても、譲って、丸く収まったわけだ。王妃として動ける線かは、まだ微妙だろう。

「それでシェイラ、あなたに聞きたいのよ。アイラ嬢を放っておいても大丈夫かしら?」

 私ははっとして王妃様を見た。
 そうだ、私はアイラの奇行を諦めていたけれど、皆はそうではない。大事に育てられたご令嬢がアイラに奪われれば、心に深い傷が残るかもしれない。

 被害は更に広がるかもしれず、そうなれば夜会の開催者の顔を潰し、家にも良い影響がないだろう。私は家族を憎んでいるわけではない。金銭の話だが恩もある。

「アイラは……そう、ですね。二年ほどもう関わりがないので……」

 次期公爵夫人となったアイラは勉強に励んでいたようだった。順位が公表されるまでには至らなかったが、成績をあげたことを教師に褒められたという話は聞いた。
 愛想がなくなったとも聞いた。愛想を振りまいていられないほど、家でも学校でも勉強をしていたのだろう。

「……すみません。少し時間をください。実家に聞いてみます」
「ごめんなさいね」

 私が実家に関わりたくないと知っている王妃様は謝ってくれた。
「いえ、どうせ仕送りはしているので、ついでに。こちらこそ我が家のことでご迷惑おかけします」



 妹は真面目に勉強しているか、と仕送りとともに母に手紙で聞いた。
 帰ってきた返事がこうだ。

『シェイラ、元気にしていますか? アイラのことを気にしてくれてありがとう。あなたは優しく、立派な子だわ。残念ながらアイラは勉強をやめてしまったの。仕方がないことよ。アイラは勉強に向いていないから……。シェイラ、やっぱり帰ってきてくれないかしら?』

 母にここまで褒められる日が来るとは。
 私は手紙を八つ裂きにしたい衝動に襲われたものの、きちんと返事をしてからにした。

『お返事をありがとうございます。こちらから聞いておいて大変に失礼なのですが、私がいることで、あなたさまはアイラの教育の手を抜いておられるのではないでしょうか? ですから私のことはもう、ただあなた方にお金を借りただけの女とお思いください。公爵家の娘は永久にアイラだけです』
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