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3巻
3-2
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■
アレク達が調査隊の任務を終えて陛下と謁見し、褒美を得ている頃――一人の男が森の中を歩いていた。
木々は何者かの手によって薙ぎ倒され、本来湖だったその場所は水たまりすらなくなっている。その代わりに巨大な石が湖のあった場所に置かれていた。
「まったく、手間がかかる奴だ」
男はそう一言呟くと強く地面を蹴り、巨大な石の上へと飛び乗った。そして飛び乗った石に右の手のひらを当てる。
数秒後、地面の上に存在していたはずの巨大な石は跡形もなく消滅していた。
石という邪魔な存在がなくなったからか、地面に残っていた黒い血だまりの中から人間の体が修復されていく。
そして、元からそこに人がいたかのように赤髪の青年が現れた。
「あークソ!! やられちまったぜ!!」
アレクとフリオの作戦により、その命を絶ったはずのグレンが生まれたままの姿で言葉を発した。
「何がやられちまっただ。貴様の悪い癖だ。手を抜くからこうなる」
「いやいや! 今回は割とマジだったぜ? 白髪野郎が意外と強くてよ!」
グレンは大げさな身振り手振りで如何にアレクが強かったのかを目の前の男に説明する。
しかし男は呆れた様子でため息をつくと、話題を変えるために裸のグレンに服を投げつけた。
なぜグレンが手を抜いたと決めつけるのか。それは男にしか分からないことである。グレンは服を受け取るとせっせと着始めた。
「まぁいい。さっさと服を着てその見すぼらしい体を隠せ」
「分かったよ。でも本当に強かったんだぜ? なんてったって俺の体が貫かれたんだからな」
グレンはニヤッとしながら自身の体が貫かれたことをなんとも嬉しそうに語る。まるでその行為がどれほど快感だったか、目の前の男にも教えたいという顔だ。
しかし目の前の男は驚いた表情をしつつも冷静な態度を崩さず、グレンに対する質問を続ける。とはいえ男は当初の目的を忘れ、グレンのペースにはまっていた。
「そいつは凄いな。それで、勿論その白髪野郎は消したんだよな?」
「あん? 消すわけねぇだろ! アイツはまだまだ成長する! そこを美味しく料理するのが楽しいんじゃねーか!」
「はぁ……計画に支障が出たらどうするつもりだ? 貴様が責任を取るというのか?」
「流石にガキ一人いただけで崩れるような計画じゃねぇだろ! それとも自信がないのか、ヴァーラン?」
服を着終えたグレンは、茶化すようにヴァーランと呼んだ男に言葉をかける。
ヴァーランはそっぽを向くと、不満そうな顔をしながらポツリと呟いた。
「道端の小石を取り除いておきたいだけだ。計画を滞りなく進めるためにな」
ヴァーランはポケットの中から黒い石を取り出した。これはグレンがオルヴァ達に見せていた石だ。
ヴァーランがその石を取り出す様子を見て、グレンは「やべっ」と言って慌て始めた。ポケットの中に手を入れるが、勿論そんな所に入っているわけがなく、地面に落ちているはずでもない。
そしてグレンは空の中に手を突っ込み、ガサガサとまさぐり始めた。しかし数分経ってもお目当ての石が見つかることはなく、肩を落として深くため息をついた。
「やべぇよ、なくしちまった。ネアにドヤされる」
「馬鹿だな。ネアに会ったら頭を下げるしかないぞ? ……クク、貴様がネアに頭を下げるなど何年ぶりだろうか」
「うるせぇよ馬鹿が!! 俺だって謝りたくねーんだよ! ……でもアイツが真剣にアレを作ってることは知ってるからな。チッ、クソ!」
グレンは自分が紛失した石をネアがどれだけ苦労して作っているか、知っている。普段は馬鹿にしたりからかったりしている存在だが、彼女が真剣に取り組んでいることに関しては馬鹿にしたりはしない。計画のためとかそういう話ではなく、グレンが彼女自身を多少なりとも大切な存在だと心の奥底で認識しているからだ。かつてネアが報告に来た際に少しからかってみせたのは、手を貸してやろうか? という彼なりの意思表示だったりもする。
「まぁネアに謝るのはあとにして、作戦を開始するぞ」
「作戦? 実験はどうすんだ? 俺はモンスターどもの死体を集めて、石を使って効果を確認しろって言われただけなんだが」
「既に石の効果はお前が石に潰されている間にリディアナによって確認された。今回はモンスターの死体を集め、とある場所でそれを解き放つ。今回はかなりのモンスターの死体が必要になるぞ」
「あぁ? ……おいおい、もしかして狙いは王都とか言うなよ? まだ早いんじゃねーのか?」
グレンはヴァーランの言葉に驚きを隠せないでいた。
石の効果が確認できたということは、グレンが知っている石の効果は正しかったのだ。モンスターの死体に使えば何が起きるかも理解できている。そのモンスターの死体を相当数集めるということは、どこかを襲撃するのだ。
「問題はない。これで王都が潰れることはない。賢者ヨルシュもいるからな。それに王都襲撃自体が、この作戦の本来の目的ではない。フランの計画が順調に進めば、王都に国中の貴族が集まることになるだろう。そこで我々の邪魔となりそうな者を殺す」
「マジか……それって俺も襲撃に参加していいのかよ?」
「ダメだ。お前が参加すれば無駄に死者が出るだろう。セツナ様はそれをお許しにはなっていない。俺とお前は石の力を発動させたあと、ノスターク帝国に向かう。王都に関してはネアが監視してくれるはずだ」
「クソが」
ヴァーランは作戦の内容をグレンに伝え終えると石をポケットの中へとしまい込み、森の中へ向かって歩き始めた。グレンも悪態をつきつつ、ヴァーランの隣を並行して歩き始める。
既に森の中ではモンスター達が彼らを狙い、涎を垂らしながら食事が近づいてくるのを待っていた。
「さーてと、このゴミくずどもで憂さ晴らしでもするかぁ!!」
「死体は残せよ。灰にしたら流石に役に立たんからな」
二人はお互いに言葉をかけながら、戦闘を開始した。
それから数時間後。
アレクが巨大隕石を落としたこの場所から、彼ら以外の生命体は姿を消していた。
■
陛下との謁見が終了し、俺――アレク、ミリオさん、フリオさんの三名は帰路に就く──とはいかず、俺だけ王城に取り残されてしまった。謁見の間を出た直後、アリスの父であるエドワード公に呼び止められ、応接間に案内されたのだ。
そこで暫く待ち、現在は俺とエドワード公、それに陛下と髭の長い爺様の四人で机を囲んでいる。
「まずは礼を言わせてくれ。アリスを洗脳から救ってくれて本当にありがとう。君のおかげでアリスは幼い頃のようによく笑うようになった。ただまぁ気が強い子になってしまったのは否めないけど」
エドワード公は俺に向かって笑みを作りながら頭を深く下げる。しかし俺はそれを制し、今度は俺が机に額をこすりつけながら謝罪をした。
「アリスから話を聞いたかとは思いますが、すべての元凶は私の父です。どんな処罰でも甘んじて受ける覚悟でいます」
「君を罪に問うつもりはないよ。アリスから話を聞いたからね。君が寂しい思いをしてきたことは知っている。ただダグラスには責任を取ってもらう。私の可愛い娘を傷つけた罪は死をもってすら生ぬるい」
エドワード公は笑いながらそう言ってくれたが、その瞳は今すぐにでも父を斬り刻んでやりたいという目をしていた。だが陛下が話を引き継ぎ、父への処罰が軽いものとなってしまうことが分かった。
「普通の貴族であるならば、極刑とはいかずとも取り潰しになっても仕方がない罪じゃ。王族を騙したのだからな。しかし、カールストン家には大事な役目があるのじゃよ。お主の兄か、もしくはお主が成人するまでは大きく処罰することはできんのじゃ。カールストン家を失うわけにはいかぬからの」
「役目ですか? そういえば昔そんなことを言っていたような……」
「今は話せぬが、我が国にとってもとても大事な役目じゃ。それをダグラスは担っておる」
役目か。それが一体なんなのかは分からないが、その役目とやらがある以上、父の命は首の皮一枚で繋がっているようだな。俺が顎に手を当てて思考を巡らせていると、髭の長い爺様がしびれを切らして話題を遮ってきた。
「もう本題に入ってもよいか?」
「おぉ、そうだったのヨルシュ。本題に入るとするかの。さてアレクよ、お主はどうやってそれほどまでの力を手に入れたのかの?」
いきなり確信をついてきたアルバート王。隣に座るヨルシュと呼ばれた爺様も髭を触りながら俺の様子を窺っている。というかヨルシュってことは、この人が賢者様だったのか。道理で風格のある爺様だと思った。
しかし、この質問になんて答えるべきなのか。ありのままを話した場合、俺の将来がこの国お抱えの魔法使いになることは確定事項となるだろう。普通に考えれば誉れ高いことだろうが、折角異世界に転生したのに自由に生きづらくなるのは嫌だ。
だが、それを言うのであれば、爵位を下賜されたのも失敗だったのかもしれない。まぁ男爵だからそこまで気にしなくてもいいか。
ともかく、この場は上手く乗りきることとしよう。
「そうですね。気付いたら強くなってました」
「……」
「……」
俺の返事を聞いた二人は暫く無言になったあと、深くため息を零した。
俺としては自分のスキルがバレてしまうのは仕方ないとしても、「契約者」のことだけはなんとしても隠し通さなければならない。もしこれがバレた場合、国の軍事力を高めるために利用される可能性が大きいからだ。
現状、「契約者」の人数は明確になっていない。「レベルに依存する」となっている以上、アリス一人かもしれないしもっと他にもいるのかもしれない。もし人数に条件がなければ、騎士団全員をスキル玉で強化できることになってしまう。それがバレてしまえば、俺は軍事力強化剤として一生を終えることになるだろう。
「アレクよ、それで我々が納得するとでも思っているのか?」
「納得と言われましても、本当に気付いたら強くなっていたのです」
「ふむ。ではそなたが上級魔法を使える理由は、気付いたらそうなっていたというわけじゃな?」
陛下が俺の話した内容に疑問を持ち、賢者ヨルシュ様が魔法について問いただしてくる。
普通の人であれば、上級魔法を使えるようになるには「壁」を超える必要がある。俺がこの若さで上級魔法を使えるようになったのを、二人は「壁」を超えたと考えているのか、それとも別の方法があると踏んでいるのか。仕方なく俺はそれっぽい理由を語る。
「おそらくですが、『壁』を超えたからだと思います。八歳の時に両親に半ば捨てられたも同然の扱いを受け、私は心身ともに衰弱した状態にありました。生きていく術を身に付けるために、近くの森でモンスターを狩り続ける日々。この五年間で力を付けた私は、数ヶ月前に単独でオーガキングを討伐しました。その際、私は一つ間違えれば死ぬという状況に陥ったのです。その状況下で能力が開花し、上級魔法を放てるようになったのではないかと。おかげで私は今こうして生きております」
それっぽく、少し喜劇かのように語る。
黙って俺の話を聞いていたエドワード公は両目から涙を流し、ハンカチで拭いていた。陛下も納得してくれたのか「大変だったのだな」と同情してくれた。しかし賢者ヨルシュ様だけは俺が強くなった方法を興味深く聞いており、メモに書いているようだった。
「お主が強くなった理由は分かった。もう一つ、聞いておきたいことがあるのだ。ファルマスから聞いたのじゃがの、お主は物の効果を知ることができるスキルを持っているそうじゃな?」
陛下の言葉に俺の心臓は鳴った。学園長の部屋で説明をしたことが陛下の耳に入っていたとは。
しかしスキルの詳細を話していない以上、何かに協力して欲しいと頼まれても、できないと言ってしまえばいいことだ。
俺は呼吸を整え、何食わぬ表情で陛下に返事をする。
「はい。ある程度条件が必要にはなってきますが」
「そうか。それは人に対しても効果を発揮するのかの?」
「人ですか? 難しいと思いますが……」
俺の返事を聞いた陛下は悲しそうな表情になり、俯いてしまった。それにつられて二人も哀しげな表情になる。陛下の両目からは今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
エドワード公が俺の『鑑定』スキルについて知らないということは、アリスが秘密にしていてくれたのだ。俺との約束をしっかりと守って。不謹慎だが俺は少し嬉しくなってしまった。
「そう落ち込むなアルバート。きっと娘を助ける策はある」
「……分かっておる。だが一筋の光が見えたと思ったのじゃ。すまん」
賢者ヨルシュ様が陛下の背中を摩る。彼らの様子を見ていると、一国の王とその部下というよりは対等な友人関係に見えた。
しかしヨルシュ様の発言の中の「娘」という言葉が気になる。しかも助けるということは、陛下の娘、つまり王女様が何か危険な状況にいるということか。
「失礼を承知でお聞きいたします、陛下。もし私にそのような力があれば、何をさせるおつもりだったのでしょうか?」
「お主に語る必要などない。そなたにその力がないと分かった以上、そなたにはもう用はない。さっさと部屋から出ていけ」
「よいのだヨルシュ。この子はアリスを救ってくれた。ならばユウナの助けになってくれるやもしれん。アレクよ、これから話すことは他言無用じゃ」
「は。心得ております」
陛下は俺の返事を聞くと周囲を見渡したあと、重い口を開いた。
「ワシの娘のユウナがな、原因不明の病を患っておるのじゃ。日に日に足が石のように固まっていき、今では歩くこともままならん。最近では視界もぼやけてきているのじゃ」
王女様に起きている悲しい現実を、唇を震わせながら語る陛下。その目には涙がたまり、膝に置いた手は握りしめる強さから血が出ていた。ヨルシュ様もそんな陛下の背中を摩りながら歯を食いしばっている。
陛下から話を聞いた俺は、エリック兄さんの「鑑定の儀」の翌日にあったパーティーを思い出した。あの時、陛下の傍には俺と同じくらいの背丈の女の子がいた。あの日から俺は陛下が出席するようなパーティーにも参加していたが、その子を目にしたのはそれが最後だったのを覚えている。
俺と同じような歳の子が苦しんでいるかもしれないというのに、俺は自分の力を隠すためにその子を助けずに王城をあとにする。そんなことが果たしてできるか? できるはずないだろう。
目の前に俺なら助けられる女の子がいるというのに、それを自分の保身のために見捨てるなんて漢じゃない。
陛下やエドワード公、賢者ヨルシュ様に俺の力が利用される可能性がないとは言いきれない。でもそれはあとから考えればいいことだ。もし利用されそうになったら逃げてしまえばいいのだから。
俺は両目から涙を零していた陛下の目を見据え、覚悟を決めた。そしてずっと隠してきた自身のスキルについて遂に口にする。
「俺なら……助けられるかもしれません」
俺の口から出た言葉に、三人は顔を上げて大きく目を見開いた。
■
その後、俺の言葉を聞いた陛下は、いてもたってもいられなくなったように、部屋を飛び出した。その後ろを俺とヨルシュ様とエドワード公があとを追う。すれ違う人達は、皆立ち止まって頭を下げた。廊下を進むにつれ、どんどん人気がなくなっていく。
そして応接間から歩くこと十分。扉の前に女性騎士が立っている部屋に辿り着いた。
陛下を前にした騎士は姿勢を正して敬礼をする。そして扉をノックし、部屋の中へと声をかけた。
「ユウナ様。陛下がお見えになりました」
「お父様が!? お通ししてください!」
部屋の中からは陛下が来たことを喜んでいる様子の声が聞こえてきた。
返事を聞いた騎士が扉を開け、俺達は中へと進んでいく。王女様の居室とは思えない殺風景な部屋だった。不要な物を置かないようにしているところを見ると、足をつまずかせないためにしていたことが分かる。
豪華なべッドの上には、綺麗な銀髪の可愛らしい女性が座っていた。その髪はベッドにつくほど伸びている。この子が陛下の娘である王女様なのだろう。
俺達が来た方向へ視線を向けているが、表情を変えることなく陛下だけに声をかけた。
「お父様、今日はどうしたんですか? こんな時間に来るなんて珍しいですわ」
「今日はお前に会わせたい者がおっての。アレクという男の子なのじゃが。今ワシの隣におる」
「え! そうだったのですか。申し訳ございません、アレク様。私、目が悪くなってしまいまして、もう殆ど見えていないのです。気付くことができずにすみません」
王女様は悲しそうな顔をして、俺のことを探すように視線を動かしたあと、扉の方に向かって頭を下げる。それを見ていた俺はいたたまれない気持ちになった。こんな幼い子が病気のせいで自由に歩き回ることすらできないなんて。
俺は陛下と目を合わせたあと、王女様の元へ歩いていく。ベッドの傍で俺は片膝をつき、胸に手を当てて王女様に挨拶をした。
「初めましてユウナ様。私の名前はアレク・カールストンと申します。ユウナ様と同じく今年で十三歳になります」
「よろしくお願いします、アレク様。私はユウナ・ラドフォード。フェルデア王国の王女です。それで今日はどういったご用件なのでしょうか?」
ユウナ様は首を傾げ、不思議そうな表情をする。
俺はユウナ様に自分の身の上話を始めた。陛下からユウナ様には病気を治しに来たと告げないで欲しいと言われたからだ。それがどんなに淡いものであっても、期待を抱かせてしまっては上手くいかなかった時にさらに落ち込ませてしまう。
俺は自分の冒険話をしながら彼女に向かって『鑑定』をかけた。
――――――――――――――――――――――――
【名前】ユウナ・ラドフォード
【種族】人間
【性別】女
【職業】僧侶
【階級】フェルデア王国 王女
【レベル】3
【HP】600/600
【魔力】500/500
【攻撃力】F-
【防御力】F-
【敏捷性】F-
【知力】E+
【運】D+
【スキル】
初級回復魔法
結界
【状態】
鶏竜蛇の呪い
――――――――――――――――――――――――
(鶏竜蛇の呪い? なんだこれは)
俺は初めて目にした文字に戸惑いつつも、「鶏竜蛇の呪い」の文字を注視して鑑定していく。
――――――――――――――――――――――――
【鶏竜蛇の呪い】
怪鳥鶏竜蛇による呪い。対象の体を徐々に石化していく。足・腕・胴の順に石化し、最後に頭を石化させて死に至らしめる。石化だけでなく体の自由を奪っていく。治療法は呪いをかけた鶏竜蛇を討伐するか、鶏竜蛇の心臓・目・尾を調合した「石化解除薬」を服用すればよい。
――――――――――――――――――――――――
(なるほど。これはモンスターから受けた呪いというわけか。ユウナ様に呪いをかけた鶏竜蛇の個体を探し出すのは難しいだろうし、これは別の鶏竜蛇の臓器を使って石化解除薬とやらを作るしかなさそうだな。でも病気を特定できたんだから、もう安心しても大丈夫だろう)
俺は区切りのいいところで王女様への冒険話を終わらせると、陛下の方へ顔を向けて深く頷く。
それを見た陛下は目を見開きいて駆け寄ってきた。そして俺の両肩を掴み、グワングワンと揺する。
「ほ、本当に分かったのか!!」
「は、はい」
「お父様? いきなりどうしたんですか?」
「ユウナよ! アレクがお前の病気の原因を突き止めてくれたのじゃ! これでお前の病気も治るぞ!」
陛下は喜びのあまり自分で決めていたルールを破り、ユウナ様に喋ってしまった。
その言葉を聞いたユウナ様は一瞬喜びの表情を見せたが、すぐに苦笑いを浮かべて「そうですか」と一言呟いた。
まるで、聞き飽きた言葉を聞いてしまったのかのような、その苦笑いは俺の心を締めつけた。
この子はきっと、何度も期待に胸を膨らませたのだろう。「治る」「治療法が見つかった」、そんな言葉を耳にしても待っていたのは期待外れの結果だけだった。
もはや彼女は自分の病気が治るとは思っていないのだろう。だがそんなことはない。俺は病気の名前もその治療法も知っている。
俺は彼女に見えないことを分かっていながらも笑顔を作り、優しく言葉をかけた。
「ユウナ様。貴方の足が石のように固まり、目が見えなくなってしまった原因。それは怪鳥鶏竜蛇による呪いでございます。治療法はユウナ様に呪いをかけた怪鳥を討伐するか、他の怪鳥から採取した素材を調合した石化解除薬を飲むこと。そうすれば貴方の足も目も元通りになるはずです」
俺は自信満々にそう告げた。
皆からは喜びの声が上がる、そう思っていた。しかし俺の言葉を聞いた皆は黙り込み、ユウナ様は悲しそうに俯いて顔を手で覆ってしまった。
「アレクよ、それは……まことか?」
「え、はい。私のスキルで確認しましたので」
「そうか……」
ハッキリと告げた俺の言葉に、陛下は肩を落とす。
俺はなぜ皆が落ち込むのか分からなかった。病名が分かって治療法も見つかったというのに、なぜこんなにも落ち込むのか。
そんな俺の疑問に賢者ヨルシュ様が答えてくれた。
「アレクよ、鶏竜蛇は確かにおる。一匹だけじゃがな。王都の西にあるミクトラン山脈の頂上におるのじゃ」
「そうなんですね。ならそいつを倒して薬を作ればよいのでは?」
「そうじゃの。じゃがそいつを倒すことはできん。鶏竜蛇はミクトラン山脈の守り神じゃからの。魔物であっても討伐してはならん『掟』なのじゃ」
掟か。古い習わし。この掟のおかげで助かる者もいれば苦しむ者もいる。だが目の前にその掟によって苦しむ者がいるというのに、彼らはその掟を大事にするらしい。自分の娘の命がかかっているというのに、陛下は唇を噛み締めながらヨルシュ様の言葉を黙って聞いているだけだった。
アレク達が調査隊の任務を終えて陛下と謁見し、褒美を得ている頃――一人の男が森の中を歩いていた。
木々は何者かの手によって薙ぎ倒され、本来湖だったその場所は水たまりすらなくなっている。その代わりに巨大な石が湖のあった場所に置かれていた。
「まったく、手間がかかる奴だ」
男はそう一言呟くと強く地面を蹴り、巨大な石の上へと飛び乗った。そして飛び乗った石に右の手のひらを当てる。
数秒後、地面の上に存在していたはずの巨大な石は跡形もなく消滅していた。
石という邪魔な存在がなくなったからか、地面に残っていた黒い血だまりの中から人間の体が修復されていく。
そして、元からそこに人がいたかのように赤髪の青年が現れた。
「あークソ!! やられちまったぜ!!」
アレクとフリオの作戦により、その命を絶ったはずのグレンが生まれたままの姿で言葉を発した。
「何がやられちまっただ。貴様の悪い癖だ。手を抜くからこうなる」
「いやいや! 今回は割とマジだったぜ? 白髪野郎が意外と強くてよ!」
グレンは大げさな身振り手振りで如何にアレクが強かったのかを目の前の男に説明する。
しかし男は呆れた様子でため息をつくと、話題を変えるために裸のグレンに服を投げつけた。
なぜグレンが手を抜いたと決めつけるのか。それは男にしか分からないことである。グレンは服を受け取るとせっせと着始めた。
「まぁいい。さっさと服を着てその見すぼらしい体を隠せ」
「分かったよ。でも本当に強かったんだぜ? なんてったって俺の体が貫かれたんだからな」
グレンはニヤッとしながら自身の体が貫かれたことをなんとも嬉しそうに語る。まるでその行為がどれほど快感だったか、目の前の男にも教えたいという顔だ。
しかし目の前の男は驚いた表情をしつつも冷静な態度を崩さず、グレンに対する質問を続ける。とはいえ男は当初の目的を忘れ、グレンのペースにはまっていた。
「そいつは凄いな。それで、勿論その白髪野郎は消したんだよな?」
「あん? 消すわけねぇだろ! アイツはまだまだ成長する! そこを美味しく料理するのが楽しいんじゃねーか!」
「はぁ……計画に支障が出たらどうするつもりだ? 貴様が責任を取るというのか?」
「流石にガキ一人いただけで崩れるような計画じゃねぇだろ! それとも自信がないのか、ヴァーラン?」
服を着終えたグレンは、茶化すようにヴァーランと呼んだ男に言葉をかける。
ヴァーランはそっぽを向くと、不満そうな顔をしながらポツリと呟いた。
「道端の小石を取り除いておきたいだけだ。計画を滞りなく進めるためにな」
ヴァーランはポケットの中から黒い石を取り出した。これはグレンがオルヴァ達に見せていた石だ。
ヴァーランがその石を取り出す様子を見て、グレンは「やべっ」と言って慌て始めた。ポケットの中に手を入れるが、勿論そんな所に入っているわけがなく、地面に落ちているはずでもない。
そしてグレンは空の中に手を突っ込み、ガサガサとまさぐり始めた。しかし数分経ってもお目当ての石が見つかることはなく、肩を落として深くため息をついた。
「やべぇよ、なくしちまった。ネアにドヤされる」
「馬鹿だな。ネアに会ったら頭を下げるしかないぞ? ……クク、貴様がネアに頭を下げるなど何年ぶりだろうか」
「うるせぇよ馬鹿が!! 俺だって謝りたくねーんだよ! ……でもアイツが真剣にアレを作ってることは知ってるからな。チッ、クソ!」
グレンは自分が紛失した石をネアがどれだけ苦労して作っているか、知っている。普段は馬鹿にしたりからかったりしている存在だが、彼女が真剣に取り組んでいることに関しては馬鹿にしたりはしない。計画のためとかそういう話ではなく、グレンが彼女自身を多少なりとも大切な存在だと心の奥底で認識しているからだ。かつてネアが報告に来た際に少しからかってみせたのは、手を貸してやろうか? という彼なりの意思表示だったりもする。
「まぁネアに謝るのはあとにして、作戦を開始するぞ」
「作戦? 実験はどうすんだ? 俺はモンスターどもの死体を集めて、石を使って効果を確認しろって言われただけなんだが」
「既に石の効果はお前が石に潰されている間にリディアナによって確認された。今回はモンスターの死体を集め、とある場所でそれを解き放つ。今回はかなりのモンスターの死体が必要になるぞ」
「あぁ? ……おいおい、もしかして狙いは王都とか言うなよ? まだ早いんじゃねーのか?」
グレンはヴァーランの言葉に驚きを隠せないでいた。
石の効果が確認できたということは、グレンが知っている石の効果は正しかったのだ。モンスターの死体に使えば何が起きるかも理解できている。そのモンスターの死体を相当数集めるということは、どこかを襲撃するのだ。
「問題はない。これで王都が潰れることはない。賢者ヨルシュもいるからな。それに王都襲撃自体が、この作戦の本来の目的ではない。フランの計画が順調に進めば、王都に国中の貴族が集まることになるだろう。そこで我々の邪魔となりそうな者を殺す」
「マジか……それって俺も襲撃に参加していいのかよ?」
「ダメだ。お前が参加すれば無駄に死者が出るだろう。セツナ様はそれをお許しにはなっていない。俺とお前は石の力を発動させたあと、ノスターク帝国に向かう。王都に関してはネアが監視してくれるはずだ」
「クソが」
ヴァーランは作戦の内容をグレンに伝え終えると石をポケットの中へとしまい込み、森の中へ向かって歩き始めた。グレンも悪態をつきつつ、ヴァーランの隣を並行して歩き始める。
既に森の中ではモンスター達が彼らを狙い、涎を垂らしながら食事が近づいてくるのを待っていた。
「さーてと、このゴミくずどもで憂さ晴らしでもするかぁ!!」
「死体は残せよ。灰にしたら流石に役に立たんからな」
二人はお互いに言葉をかけながら、戦闘を開始した。
それから数時間後。
アレクが巨大隕石を落としたこの場所から、彼ら以外の生命体は姿を消していた。
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陛下との謁見が終了し、俺――アレク、ミリオさん、フリオさんの三名は帰路に就く──とはいかず、俺だけ王城に取り残されてしまった。謁見の間を出た直後、アリスの父であるエドワード公に呼び止められ、応接間に案内されたのだ。
そこで暫く待ち、現在は俺とエドワード公、それに陛下と髭の長い爺様の四人で机を囲んでいる。
「まずは礼を言わせてくれ。アリスを洗脳から救ってくれて本当にありがとう。君のおかげでアリスは幼い頃のようによく笑うようになった。ただまぁ気が強い子になってしまったのは否めないけど」
エドワード公は俺に向かって笑みを作りながら頭を深く下げる。しかし俺はそれを制し、今度は俺が机に額をこすりつけながら謝罪をした。
「アリスから話を聞いたかとは思いますが、すべての元凶は私の父です。どんな処罰でも甘んじて受ける覚悟でいます」
「君を罪に問うつもりはないよ。アリスから話を聞いたからね。君が寂しい思いをしてきたことは知っている。ただダグラスには責任を取ってもらう。私の可愛い娘を傷つけた罪は死をもってすら生ぬるい」
エドワード公は笑いながらそう言ってくれたが、その瞳は今すぐにでも父を斬り刻んでやりたいという目をしていた。だが陛下が話を引き継ぎ、父への処罰が軽いものとなってしまうことが分かった。
「普通の貴族であるならば、極刑とはいかずとも取り潰しになっても仕方がない罪じゃ。王族を騙したのだからな。しかし、カールストン家には大事な役目があるのじゃよ。お主の兄か、もしくはお主が成人するまでは大きく処罰することはできんのじゃ。カールストン家を失うわけにはいかぬからの」
「役目ですか? そういえば昔そんなことを言っていたような……」
「今は話せぬが、我が国にとってもとても大事な役目じゃ。それをダグラスは担っておる」
役目か。それが一体なんなのかは分からないが、その役目とやらがある以上、父の命は首の皮一枚で繋がっているようだな。俺が顎に手を当てて思考を巡らせていると、髭の長い爺様がしびれを切らして話題を遮ってきた。
「もう本題に入ってもよいか?」
「おぉ、そうだったのヨルシュ。本題に入るとするかの。さてアレクよ、お主はどうやってそれほどまでの力を手に入れたのかの?」
いきなり確信をついてきたアルバート王。隣に座るヨルシュと呼ばれた爺様も髭を触りながら俺の様子を窺っている。というかヨルシュってことは、この人が賢者様だったのか。道理で風格のある爺様だと思った。
しかし、この質問になんて答えるべきなのか。ありのままを話した場合、俺の将来がこの国お抱えの魔法使いになることは確定事項となるだろう。普通に考えれば誉れ高いことだろうが、折角異世界に転生したのに自由に生きづらくなるのは嫌だ。
だが、それを言うのであれば、爵位を下賜されたのも失敗だったのかもしれない。まぁ男爵だからそこまで気にしなくてもいいか。
ともかく、この場は上手く乗りきることとしよう。
「そうですね。気付いたら強くなってました」
「……」
「……」
俺の返事を聞いた二人は暫く無言になったあと、深くため息を零した。
俺としては自分のスキルがバレてしまうのは仕方ないとしても、「契約者」のことだけはなんとしても隠し通さなければならない。もしこれがバレた場合、国の軍事力を高めるために利用される可能性が大きいからだ。
現状、「契約者」の人数は明確になっていない。「レベルに依存する」となっている以上、アリス一人かもしれないしもっと他にもいるのかもしれない。もし人数に条件がなければ、騎士団全員をスキル玉で強化できることになってしまう。それがバレてしまえば、俺は軍事力強化剤として一生を終えることになるだろう。
「アレクよ、それで我々が納得するとでも思っているのか?」
「納得と言われましても、本当に気付いたら強くなっていたのです」
「ふむ。ではそなたが上級魔法を使える理由は、気付いたらそうなっていたというわけじゃな?」
陛下が俺の話した内容に疑問を持ち、賢者ヨルシュ様が魔法について問いただしてくる。
普通の人であれば、上級魔法を使えるようになるには「壁」を超える必要がある。俺がこの若さで上級魔法を使えるようになったのを、二人は「壁」を超えたと考えているのか、それとも別の方法があると踏んでいるのか。仕方なく俺はそれっぽい理由を語る。
「おそらくですが、『壁』を超えたからだと思います。八歳の時に両親に半ば捨てられたも同然の扱いを受け、私は心身ともに衰弱した状態にありました。生きていく術を身に付けるために、近くの森でモンスターを狩り続ける日々。この五年間で力を付けた私は、数ヶ月前に単独でオーガキングを討伐しました。その際、私は一つ間違えれば死ぬという状況に陥ったのです。その状況下で能力が開花し、上級魔法を放てるようになったのではないかと。おかげで私は今こうして生きております」
それっぽく、少し喜劇かのように語る。
黙って俺の話を聞いていたエドワード公は両目から涙を流し、ハンカチで拭いていた。陛下も納得してくれたのか「大変だったのだな」と同情してくれた。しかし賢者ヨルシュ様だけは俺が強くなった方法を興味深く聞いており、メモに書いているようだった。
「お主が強くなった理由は分かった。もう一つ、聞いておきたいことがあるのだ。ファルマスから聞いたのじゃがの、お主は物の効果を知ることができるスキルを持っているそうじゃな?」
陛下の言葉に俺の心臓は鳴った。学園長の部屋で説明をしたことが陛下の耳に入っていたとは。
しかしスキルの詳細を話していない以上、何かに協力して欲しいと頼まれても、できないと言ってしまえばいいことだ。
俺は呼吸を整え、何食わぬ表情で陛下に返事をする。
「はい。ある程度条件が必要にはなってきますが」
「そうか。それは人に対しても効果を発揮するのかの?」
「人ですか? 難しいと思いますが……」
俺の返事を聞いた陛下は悲しそうな表情になり、俯いてしまった。それにつられて二人も哀しげな表情になる。陛下の両目からは今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
エドワード公が俺の『鑑定』スキルについて知らないということは、アリスが秘密にしていてくれたのだ。俺との約束をしっかりと守って。不謹慎だが俺は少し嬉しくなってしまった。
「そう落ち込むなアルバート。きっと娘を助ける策はある」
「……分かっておる。だが一筋の光が見えたと思ったのじゃ。すまん」
賢者ヨルシュ様が陛下の背中を摩る。彼らの様子を見ていると、一国の王とその部下というよりは対等な友人関係に見えた。
しかしヨルシュ様の発言の中の「娘」という言葉が気になる。しかも助けるということは、陛下の娘、つまり王女様が何か危険な状況にいるということか。
「失礼を承知でお聞きいたします、陛下。もし私にそのような力があれば、何をさせるおつもりだったのでしょうか?」
「お主に語る必要などない。そなたにその力がないと分かった以上、そなたにはもう用はない。さっさと部屋から出ていけ」
「よいのだヨルシュ。この子はアリスを救ってくれた。ならばユウナの助けになってくれるやもしれん。アレクよ、これから話すことは他言無用じゃ」
「は。心得ております」
陛下は俺の返事を聞くと周囲を見渡したあと、重い口を開いた。
「ワシの娘のユウナがな、原因不明の病を患っておるのじゃ。日に日に足が石のように固まっていき、今では歩くこともままならん。最近では視界もぼやけてきているのじゃ」
王女様に起きている悲しい現実を、唇を震わせながら語る陛下。その目には涙がたまり、膝に置いた手は握りしめる強さから血が出ていた。ヨルシュ様もそんな陛下の背中を摩りながら歯を食いしばっている。
陛下から話を聞いた俺は、エリック兄さんの「鑑定の儀」の翌日にあったパーティーを思い出した。あの時、陛下の傍には俺と同じくらいの背丈の女の子がいた。あの日から俺は陛下が出席するようなパーティーにも参加していたが、その子を目にしたのはそれが最後だったのを覚えている。
俺と同じような歳の子が苦しんでいるかもしれないというのに、俺は自分の力を隠すためにその子を助けずに王城をあとにする。そんなことが果たしてできるか? できるはずないだろう。
目の前に俺なら助けられる女の子がいるというのに、それを自分の保身のために見捨てるなんて漢じゃない。
陛下やエドワード公、賢者ヨルシュ様に俺の力が利用される可能性がないとは言いきれない。でもそれはあとから考えればいいことだ。もし利用されそうになったら逃げてしまえばいいのだから。
俺は両目から涙を零していた陛下の目を見据え、覚悟を決めた。そしてずっと隠してきた自身のスキルについて遂に口にする。
「俺なら……助けられるかもしれません」
俺の口から出た言葉に、三人は顔を上げて大きく目を見開いた。
■
その後、俺の言葉を聞いた陛下は、いてもたってもいられなくなったように、部屋を飛び出した。その後ろを俺とヨルシュ様とエドワード公があとを追う。すれ違う人達は、皆立ち止まって頭を下げた。廊下を進むにつれ、どんどん人気がなくなっていく。
そして応接間から歩くこと十分。扉の前に女性騎士が立っている部屋に辿り着いた。
陛下を前にした騎士は姿勢を正して敬礼をする。そして扉をノックし、部屋の中へと声をかけた。
「ユウナ様。陛下がお見えになりました」
「お父様が!? お通ししてください!」
部屋の中からは陛下が来たことを喜んでいる様子の声が聞こえてきた。
返事を聞いた騎士が扉を開け、俺達は中へと進んでいく。王女様の居室とは思えない殺風景な部屋だった。不要な物を置かないようにしているところを見ると、足をつまずかせないためにしていたことが分かる。
豪華なべッドの上には、綺麗な銀髪の可愛らしい女性が座っていた。その髪はベッドにつくほど伸びている。この子が陛下の娘である王女様なのだろう。
俺達が来た方向へ視線を向けているが、表情を変えることなく陛下だけに声をかけた。
「お父様、今日はどうしたんですか? こんな時間に来るなんて珍しいですわ」
「今日はお前に会わせたい者がおっての。アレクという男の子なのじゃが。今ワシの隣におる」
「え! そうだったのですか。申し訳ございません、アレク様。私、目が悪くなってしまいまして、もう殆ど見えていないのです。気付くことができずにすみません」
王女様は悲しそうな顔をして、俺のことを探すように視線を動かしたあと、扉の方に向かって頭を下げる。それを見ていた俺はいたたまれない気持ちになった。こんな幼い子が病気のせいで自由に歩き回ることすらできないなんて。
俺は陛下と目を合わせたあと、王女様の元へ歩いていく。ベッドの傍で俺は片膝をつき、胸に手を当てて王女様に挨拶をした。
「初めましてユウナ様。私の名前はアレク・カールストンと申します。ユウナ様と同じく今年で十三歳になります」
「よろしくお願いします、アレク様。私はユウナ・ラドフォード。フェルデア王国の王女です。それで今日はどういったご用件なのでしょうか?」
ユウナ様は首を傾げ、不思議そうな表情をする。
俺はユウナ様に自分の身の上話を始めた。陛下からユウナ様には病気を治しに来たと告げないで欲しいと言われたからだ。それがどんなに淡いものであっても、期待を抱かせてしまっては上手くいかなかった時にさらに落ち込ませてしまう。
俺は自分の冒険話をしながら彼女に向かって『鑑定』をかけた。
――――――――――――――――――――――――
【名前】ユウナ・ラドフォード
【種族】人間
【性別】女
【職業】僧侶
【階級】フェルデア王国 王女
【レベル】3
【HP】600/600
【魔力】500/500
【攻撃力】F-
【防御力】F-
【敏捷性】F-
【知力】E+
【運】D+
【スキル】
初級回復魔法
結界
【状態】
鶏竜蛇の呪い
――――――――――――――――――――――――
(鶏竜蛇の呪い? なんだこれは)
俺は初めて目にした文字に戸惑いつつも、「鶏竜蛇の呪い」の文字を注視して鑑定していく。
――――――――――――――――――――――――
【鶏竜蛇の呪い】
怪鳥鶏竜蛇による呪い。対象の体を徐々に石化していく。足・腕・胴の順に石化し、最後に頭を石化させて死に至らしめる。石化だけでなく体の自由を奪っていく。治療法は呪いをかけた鶏竜蛇を討伐するか、鶏竜蛇の心臓・目・尾を調合した「石化解除薬」を服用すればよい。
――――――――――――――――――――――――
(なるほど。これはモンスターから受けた呪いというわけか。ユウナ様に呪いをかけた鶏竜蛇の個体を探し出すのは難しいだろうし、これは別の鶏竜蛇の臓器を使って石化解除薬とやらを作るしかなさそうだな。でも病気を特定できたんだから、もう安心しても大丈夫だろう)
俺は区切りのいいところで王女様への冒険話を終わらせると、陛下の方へ顔を向けて深く頷く。
それを見た陛下は目を見開きいて駆け寄ってきた。そして俺の両肩を掴み、グワングワンと揺する。
「ほ、本当に分かったのか!!」
「は、はい」
「お父様? いきなりどうしたんですか?」
「ユウナよ! アレクがお前の病気の原因を突き止めてくれたのじゃ! これでお前の病気も治るぞ!」
陛下は喜びのあまり自分で決めていたルールを破り、ユウナ様に喋ってしまった。
その言葉を聞いたユウナ様は一瞬喜びの表情を見せたが、すぐに苦笑いを浮かべて「そうですか」と一言呟いた。
まるで、聞き飽きた言葉を聞いてしまったのかのような、その苦笑いは俺の心を締めつけた。
この子はきっと、何度も期待に胸を膨らませたのだろう。「治る」「治療法が見つかった」、そんな言葉を耳にしても待っていたのは期待外れの結果だけだった。
もはや彼女は自分の病気が治るとは思っていないのだろう。だがそんなことはない。俺は病気の名前もその治療法も知っている。
俺は彼女に見えないことを分かっていながらも笑顔を作り、優しく言葉をかけた。
「ユウナ様。貴方の足が石のように固まり、目が見えなくなってしまった原因。それは怪鳥鶏竜蛇による呪いでございます。治療法はユウナ様に呪いをかけた怪鳥を討伐するか、他の怪鳥から採取した素材を調合した石化解除薬を飲むこと。そうすれば貴方の足も目も元通りになるはずです」
俺は自信満々にそう告げた。
皆からは喜びの声が上がる、そう思っていた。しかし俺の言葉を聞いた皆は黙り込み、ユウナ様は悲しそうに俯いて顔を手で覆ってしまった。
「アレクよ、それは……まことか?」
「え、はい。私のスキルで確認しましたので」
「そうか……」
ハッキリと告げた俺の言葉に、陛下は肩を落とす。
俺はなぜ皆が落ち込むのか分からなかった。病名が分かって治療法も見つかったというのに、なぜこんなにも落ち込むのか。
そんな俺の疑問に賢者ヨルシュ様が答えてくれた。
「アレクよ、鶏竜蛇は確かにおる。一匹だけじゃがな。王都の西にあるミクトラン山脈の頂上におるのじゃ」
「そうなんですね。ならそいつを倒して薬を作ればよいのでは?」
「そうじゃの。じゃがそいつを倒すことはできん。鶏竜蛇はミクトラン山脈の守り神じゃからの。魔物であっても討伐してはならん『掟』なのじゃ」
掟か。古い習わし。この掟のおかげで助かる者もいれば苦しむ者もいる。だが目の前にその掟によって苦しむ者がいるというのに、彼らはその掟を大事にするらしい。自分の娘の命がかかっているというのに、陛下は唇を噛み締めながらヨルシュ様の言葉を黙って聞いているだけだった。
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