お姉様の身代わりになって婚約を阻止しに行ったはずが、どうやら溺愛されてしまったようです。

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3. お見合い

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 使用人に案内され、ご子息が待つ部屋までの広く長い廊下を歩く。

 このままずっと廊下が永遠に続けばいいのに──

 そんな私の願いは当然叶うこともなく、あっという間に一つの立派な扉の前に着いてしまった。

 使用人が扉をノックして扉の向こうにいる人物に呼びかける。

 「入って。」

 透き通った声が聞こえてくると、それに続いて使用人が扉を開ける。

 いよいよ…いよいよだ。

 とにかく婚約の話に進まなければいい。
 気に入られるならともかく、気に入られないようにするのは簡単だ。

 私は絶対にこのお見合いで、ミラ・アヴェーヌとしてお姉様の評価を地の底まで下げお見合いを台無しにしてみせる!

 そう意気込み、大きく息を吸った。

 「お初にお目にかかります。私、ミラ・アヴェーヌと申します。本日はお会いできて光栄ですわ──」

 緊張で声が震えそうになるのを必死に耐えながら、丁寧に挨拶を済ませ下げていた頭を徐に上げる。

 その時私は目を見張った。

 「こちらこそ光栄だよ。さぁ、こちらへどうぞ。」

 甘く、それでいて澄み切った優しい声。
 臆病だという噂とはかけ離れた落ち着きと堂々とした振る舞いに、醜いと噂されていた容姿は、まるで物語に出てくる王子様のように美しかった。

 絹のようになめらかで艶のある黒髪に、長いまつ毛で縁取られたブルーアイ。
 私に見せる微笑みは、万人をも魅了してしまうような魅力があった。

 「し、失礼致します。」
 「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ。今は2人きりなんだから気楽に話そう。」

 ぎこちない動きで彼の向かいにある豪華なソファーに腰掛ける私を見てクスクスと楽しそうに笑う。

 「挨拶が遅れたね。僕はシド・ヘレフォード。今日はよろしくね。」
 「は、はい。よろしくお願いします…。」

 ブルーの瞳が私の目をしっかりと捉える。
 それに惹きつけられるように緊張も忘れて私も彼の瞳を見つめる。
 ──こんな風に目を見ながら話してくれる人は今までいなかった。
 そんな小さな感動を覚えながらも、次の会話を頭の中で必死に探す。

 「君はあまり見合い話を受けないと聞いていたから、今回こうして君が来てくれて驚いているよ。」
 「え、ま、まぁ……。一度シド様にお会いしてみたいと思いまして……。」

 だめだ、リリー・アヴェーヌ。
 お前は今あの悪女、ミラ・アヴェーヌなんだ。
 あの方はこんな風に挙動不審な返答はしないし、もっとソファーにふんぞり返って座って居るはずだ。
 もっと堂々としなくては!

 「へぇ、それは嬉しいな。それで、どうして僕に会いたいと思ってくれたのかな?」

 彼の探るような言葉にドキッと心臓が跳ねる。

 唇はゆるやかに弧を描いているが、目の奥は笑っていない。何故かそんな気がした。

 「……えっと、その」

 普段まともに人と会話することのない上に、とてつもなく緊張している私には、この場を乗り切る上手い返答が思い浮かばない。

 少しの沈黙が続き、スッと彼の目が細められる。

 するとすぐになんでもないような様子で彼に優しく微笑みかけられるが、なんとなく気付いてしまった。

 ──あまり歓迎されていない……?

 お見合いを持ちかけてきたのは向こう側のはずなのに…。
 点と点が繋がらない。

 「ふふ、ごめんね。少し意地悪だったかな。」

 ──じゃあ話を変えようか

 そう言ってソファーの肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。

 次は何を言われるのかと身構えるように姿勢を正し息を呑んだ。

 「君は何の花が好き?君にならどんな花でも似合ってしまいそうだけど。」
 「そうですね…。えっと赤い薔薇が好きですわ。」

 お姉様が好きそうな花を適当に言ってみる。
 実際今私のドレスも真っ赤なんだから、信憑性に問題はないだろう。

 「あれ?おかしいな…。僕は、君は赤いガーベラが好きだと聞いたんだけど…。」
 「え、あ…そ、そうですわ!どちらも同じくらい好きで…!」
 「なんだ、そうなんだね。あぁそうだ、君はウィルソン侯爵家のエメリーさんと随分仲が良いみたいだけど、君たちは何がきっかけで仲良くなったの?」
 「ええっと、た、確か彼女から私に声を掛けてくれて……」

 質問の連続に冷や汗が止まらない。
 私はウィルソン侯爵家のエメリーさんなんて知らないし、まずあのお姉様に仲の良い人がいることに驚きを隠せない。
 まぁなによりもお姉様と仲良くなれるエメリーさんの神経が理解できないのだが。

 「え?彼女?エメリーさんはウィルソン侯爵家のご令息のはずだけど…」
 「あ、あらやだ。違うお方と勘違いしていたみたいですわ…!あはは…」

 自ら次々と墓穴を掘っていく自分を脳内で何度も引っ叩く。
 私のこと、もといお姉様のことを質問される度に自分の正体がバレるという1番最悪な結末が鮮明に頭をよぎる。

 ここは私の話から逸らさないと!

 彼の勢いに呑まれないようにもう一度自分の中で喝を入れた。

 「それにしても、シド様の瞳は美しい色ですね!きっと海もあなたの瞳のような澄んだ美しい色をしているに違いないわ。」
 「……ありがとう、嬉しいよ。」

 私の言葉に一瞬眉をひそめたかと思えば、すぐに元通りの優しい笑顔に戻る。

 ──何か言われたくないことを言ってしまったのかしら……。

 海を絵本でしか見たことのない私は、その実態を知らない。
 本当はとても汚い色だったら……
 そう思うと自分の不甲斐なさに打ちのめされそうになる。

 「僕は君のライラックの瞳の方が綺麗だと思うけどな。」

 淡く色付いた形のいい唇が美しく弧を描くのと同時に、息が詰まる。
 見る見るうちに火照る顔をどうにか冷まそうと浅く深呼吸をするが、一向に冷める気配がない。

 「だけどミラ・アヴェーヌ嬢の瞳は確かグリーンだったはず。」

 淡々と告げられた彼の言葉に思考が停止する。





 「君はひょっとして、ミラ・アヴェーヌ嬢じゃないのかな?」





 ヘレフォード家に来てたった十数分。

 ごめんなさい、お姉様。
 もう正体がバレてしまいそうです。
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