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4. 招かれざる客人
しおりを挟む投げかけられた言葉のあまりの衝撃と動揺で、瞬きをすることすら忘れる。
「──あれ、聞こえてる?」
彼の声で私はハッと我に返った。
「き…聞こえて、いませんわ。」
訳の分からないことを口にしてしまった私だが、この状況で言葉を話せたということだけで誉めてほしい。
あぁ、きっと終わりだ。私の人生。
この身代わりがバレれば、きっとヘレフォード家の方々は私たちの不敬な行いに激怒するに違いない。
そしてアヴェーヌ家の評価はガタ落ち。
私は家から追い出され、元々地の底に落ちている私の人生も今度こそ奈落の底に落ちるんだわ。
「…っぷ、はははははっ」
息遣いまで聞こえてきそうなほど静かだった部屋に彼の笑い声が響く。
目に涙を浮かべながらお腹を抱えて笑う彼を、口をあんぐりと開けてただ呆然として見ていた。
「──ごめんね、冗談だよ。君がミラ・アヴェーヌじゃないなんて、そんな話ある訳ないよね。あははっ」
──つまり、先ほどの発言は冗談…?
一気に緊張感と肩の力が抜ける。
一見物静かそうで冗談なんて言わなさそうな彼は、案外茶目っ気があるお方らしい。
「シド様は私を揶揄うのがお好きなようですね…。」
「あぁ、ごめんね、不快にさせるつもりはなかったんだ……。歳の近い人と話す機会なんて滅多にないから、つい……。」
叱られた子犬のようにしゅんとする彼。
そんなに申し訳なさそうにされると、何故かこちらが悪いことをしているような気分になる。
罪悪感を感じた私は気付かれないように小さくため息を吐き、気にしないで下さいと笑顔を作る。
「それにしても、よく僕に会いたいと思ってくれたね。君も聞いたことあるでしょう?社交界での僕の噂。」
社交界の噂──
とは、恐らくお姉様が話していた噂だろう。
彼は社交界で臆病で醜い変人だと酷い噂を立てられているらしい。
…確かに変わった人ではあるかもしれないが、彼の姿を見て臆病で醜い人と言う人なんてきっと1人もいないだろう。
「……ごめんなさい。シド様のお噂はあまり耳にしたことがないので、心当たりがありませんわ。」
「そっか。ごめんね、気を遣わせちゃって。僕はてっきり君が噂好きの女の子だと思っていたから、つい。」
「噂……ですか。」
「そう、噂。君は好きじゃない?」
足を優雅に組み替えながら、私に優しく問う。
「……噂は、好きじゃありません。そんなものを口々に話すよりも、誰かと小説の話をする方がきっと何倍も楽しいです。」
いつも家で飛び交うのは、誰かの根の歯もない噂ばかり。
私はそれを聞いていつも小説のこれからの展開や感想をみんなで共有した方がきっと楽しいのにといつも思っていた。
でも、そんな風に私と小説の話をしてくれる人は私にはいない。
きっとこれからも、ずっと。
「──君、小説が好きなの?」
感傷に浸っていると、彼の怪しむような言葉でふと我に返る。
いけない!変な風に思われてしまったかしら……!
慌てて返す言葉を考えるが、自分がここに来た目的を思い出した。
私の役目は、ただ気に入られないように振る舞い、このお見合いをなかったことにしてもらうこと。
そうだ、いくらでも変に思われていいんだったわ……。
「はい、幼い頃から本を読むことが好きで。」
「……そうなんだ。君は何の小説が好きなの?」
「特に好きなのは、海辺の花束と暁の空、あとは遥か遠くへ…です。」
「へぇ、奇遇だな。その3つは僕も気に入ってるんだ。海辺の花束のラストシーン、あれには感銘を受けたね。」
その言葉に思わず目を丸くする。
自然と口角が上がってしまうのを感じながら、少し前のめりになってソファーに座り直した。
「シド様もお読みになったことがあるんですね!確かに私もラストシーンには心を打たれました!私、商人の息子が町娘に言うあのセリフが本当に好きで……!」
「あぁ、あのセリフは確かに素敵だったね。それなら、暁の空のライ麦畑でのシーンも好きなんじゃない?」
私の話を真剣に聞いて、共感してくれる人がこの世にいるなんて……!
感動のあまり、私は自分が置かれている状況や立場をすっかりと忘れてしまっていた。
「ええ、大好きですわ!どうしてわかったんですか!?」
彼が言う暁の空という小説のライ麦畑のシーン。それは私がその小説の中で1番気に入っているシーンだった。
誰かと小説の話をするのがこんなに楽しいだなんて。
胸が躍るような気持ちで彼を見つめる。
「……ふふっ、君は可愛いね。」
「──っ、かわいいって…」
彼は私のことを可愛いと言った。
今まで生きてきて言われたことのない言葉を。
その時、自分の失態に気が付き息を呑んだ。
私ったらいい気になってベラベラと……!!
穴があったら入りたい……っ!
恥ずかしさでぐるぐると回る頭のまま、ドレスの裾を握り締めソファーから勢いよく立ち上がる。
「すっすみません!!私もう家へ帰りますわ!失礼致します…っ!」
この熱の冷まし方を知らない私は、とにかくこの場から離れようと彼の制止する声を無視して部屋を飛び出した。
私ったらなんてことを……っ!
こんなんじゃきっと変人だと思われてしまったわ…。い、いやそれでいいんですけれども……!
真っ赤になる顔を手で覆いながら、長い廊下をただがむしゃらに走った。
「ハンク、ちょっといいかな。」
リリーが部屋を去った後、シドの落ち着いた声が部屋に響く。
彼は紅茶を飲みながら使用人のハンクという男を呼びつけ、一枚の書類を手渡した。
「ミラ・アヴェーヌのことを調べて。アヴェーヌ家のことも詳しくね。」
「かしこまりました。」
シドは先程リリーに向けていた優しい笑顔とは打って変わって、何かを期待するかのような不敵な笑みを浮かべた。
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