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しおりを挟む「またよ、レイリア様……」
「フィオナ様がいることをご存じのはずですわよね?」
「殿下もどうしてはっきりおっしゃらないのかしら」
「しーっ!それ以上は不敬よ」
ランチタイムの食堂はにぎわっている。フィオナは中等部から仲の良い者たちと5人で昼食をとっていた。
コースはバラバラだがお昼休みは同じ時間なのでいつも食堂である学園内カフェテリアで待ち合わせているのだ。
夏季休暇を終えて新学期が始まってしばらくした現在もそれはずっと続いている。
「フィオナ、いいの、あれ?」
ランチメニューはAプレートにしたフィオナの隣には魔法学コースに進んだディアナ・ヒンギス公爵令嬢。
彼女が形のいい眉を潜めて囁いた。
「そうね……」
フィオナはサラダを力なくつついた。
「殿下もなんであんな女を側にまとわりつかせてんだろうな」
ディアナの前にはカート。以前フィオナに忠告した平民の友人だ。彼は騎士科に進んだ。騎士科は3クラスあるがクラス分けに基準はない。
「クラスでもひどいよ。休みごとに殿下の席に来て彼女ヅラしてんだよね」
不愉快そうに言ったのはミシェルと同じ文官コースのアラン・ローズ伯爵令息。
「魔法学クラスにまで噂が届いてるもの」
Cプレートのメインのローストビーフを口に運びながらナタリア・レンフィールド伯爵令嬢がため息をついた。
中等部からの仲良し五人組だ。フィオナは淑女コースに進んだのでディアナとナタリア以外みなバラバラのクラスになった。
魔法学コースは成績順で3クラスに分かれているが優秀なディアナとナタリアは同じクラスだった。
一方ミシェルは特に仲の良い友人、言い換えるなら将来の側近候補を作らず、常に一人で従者だけを連れている。
何度かフィオナは自分たちの仲間に入れようと誘ったが、ミシェルは固辞した。
学生時代は短いのだから今のうちに仲間と楽しむといい、というよくわからない言葉をかけられた。
フィオナは自分が未来の王妃だという自覚がある。だから学園でも社交的にふるまっている。
未来の王妃として今やるべきことはたくさんの味方を作ること。けして学生時代を満喫することではないのだ。
ディアナ、カート、アラン、ナタリア。この4人は王妃を支える中核となる人物になるだろう。
その自覚を4人とも持っている。ミシェルだけが何を目標として学園に通っているのかわからない。
「殿下もはっきり迷惑って言えばいいのに」
ディアナがサンドイッチをつまんでかぶりついた。
食堂は入ってすぐのカウンターが注文口で番号札をもらい、少し進んだところの受け取り口で番号札と引き換えにランチプレートをもらう仕組みだ。
そこでは身分関係なく並んだ順で、番号札を受け取るミシェルにレイリアがくっつくように隣にいた。
レイリア・ランバート男爵令嬢は高等部に入るまでは特に目立つところのない令嬢だった。
それが高等部にあがったこの春からいきなり、濃い蜂蜜色の髪をカールし化粧も濃く、制服ではなく私服の派手目なドレスを身にまとうようになった。
一応制服は高等部からは着用自由で着ても着なくてもいい。特に淑女コースの女子生徒はドレスでの所作を学ぶため私服のシンプルなドレスを着てくることが多かった。
しかしレイリアは文官コース。文官コースは女性は少ない。ドレスだと目立ってしまうし男性目的のように見えるので制服を着用している者が多かった。
その中でレイリアだけが学園に着てくるにはやや露出の高いドレスだ。自然女子は距離をおき、男子はチヤホヤした。
男ばかりのクラスで癒しだの目の保養だの言われており、他の女子に対してレイリア嬢を見習えとまで言った。
当然女子は反発し、それを男子はレイリアへの嫉妬だと揶揄う。レイリアはいくら文官を目指すとはいえ少しはおしゃれもした方がいいですよと火に油を注いだ。
文官コースは男子と女子の対立が深まり、ミシェルは我関せずだった。やがてクラスで唯一自分をもてはやさない王子にレイリアは目を付けた。
これには男子も戸惑った。男子たちはレイリアをもてはやしたが婚約者がいる者は弁えて褒めるだけだった。
レイリアに触れたり直接口説くような言葉をかけるのは平民か婚約者のいない者だけ。将来王宮で働く者としてそのあたりの自覚はある。
レイリアがミシェルを口説き落としにかかってると気づいた頃、男子もレイリアを遠巻きにし始めた。
夏季休暇を終えた頃、男子と女子の対立は終息したがもっとマズイ事態になったと誰もが思った。
ミシェルは最初こそ鬱陶しそうにしていたが、気づけばレイリアとランチを一緒に過ごすようになり、フィオナとの不仲が囁かれ出した。
レイリアに対しても別にミシェルは笑顔を浮かべたり褒めたりしてはいない。ただ側にいるのを許しているだけだ。
二人はそれぞれのメニューを受け取るとレイリアが先導して外のテラス席へと向かった。レイリアがフィオナに気づいて勝ち誇ったような笑顔を向けた。フィオナは気づかぬふりをしてやり過ごす。
「なに、あれ」
憤慨するディアナをナタリアが、あんな下品なのにかまってはいけないわとなだめる。
「フィオナ……」
「……さ、早く食べてしまいましょ。図書館で調べものするんでしょう?」
心配そうなアランにつとめて明るくフィオナは言った。
ミシェルとレイリアは二人で行動することが増えた。よくよく見ればレイリアがミシェルにつきまとっているだけなのだが、そうとは気づかない者もいる。
フィオナに直接クレームをつけてくる者もいた。フィオナはまだ静観する旨を伝えると相手は不承不承引き下がる。
「まずいんじゃない?」
「やっぱり?」
ある日のランチタイムでディアナに言われたフィオナはそろそろ一言いうべきかとため息をついた。
婚約を結んだばかりの子供の頃は仲が良かったのにいつの間にこんな風になってしまったんだろう。
お妃教育はほぼ終わっている。卒業後は王宮でしばらく暮らし王家に関わることを学んで一年後に結婚することになっている。
けれど二人の仲は冷めていた。
ミシェルは先日16歳になりフィオナはまだ15歳。なのにもうこんなに冷めた関係でいいだろうか。いいわけがない。
恋愛感情がなくとも信頼と敬愛では結ばれたい。
「今度王妃様とお茶会をする予定なの。その時にちょっと相談してみるわ」
お茶会当日。王妃とフィオナとフィオナの教育係であった前フォレスター公爵夫人と3人のお茶会は久しぶりだった。
王妃自慢の薔薇園の四阿で涼しくなった風を感じながらローズティーをいただいた。
ひとしきり近況を話したあと、王妃がフィオナに向かって「最近あの子とはどうなの?」と聞いてきた。
「それが……まことに申し上げにくいのですが」
フィオナは一旦言葉を切る。おそらく王家の影なり護衛なりから報告はあがっているはずだ。
それでも王妃は直接フィオナから聞きたいのだろう。
「ええ。何かしら?」
王妃が促す。前フォレスター公爵夫人は黙って紅茶を口にした。
「最近、ミシェル殿下はレイリア・ランバート男爵令嬢と行動を共にされており、私とは挨拶もしなくなりました」
申し訳ございません、とフィオナは頭を下げた。
ちらりと前フォレスター公爵夫人がそんなフィオナ横目で見た。
「まあ、そうなの、困ったものね」
「幾度か殿下に御忠告差し上げたのですがあまり良い返事をいただけず」
フィオナが小さくため息を落とす。
「そうなのね」
王妃も同じようにため息をついた。
前フォレスター公爵夫人は沈黙を守る。
「しかし殿下はレイリア様を傍に置いているというよりもレイリア様が傍に来るのを黙認しているというか…」
「積極的に一緒にいるわけではない、というのですね?」
「ええ。私にはそう見えます」
確認するような王妃にフィオナが頷く。
「フィオナ、あなたは学園でどうしているの?」
「え?」
前フォレスター公爵夫人の言葉にフィオナは目を瞬かせた。
「先ほど忠告はした、と言いましたね?レイリアとやらの代わりに傍にいようとはしなかったの?」
「レイリア様は殿下と同じ文官コースでして常にお傍にいらっしゃいます。何度かお伺いいたしましたが……」
「レイリア嬢は離れなかったのね?」
「ええ。殿下も君には仲間たちがいるだろう、私のことは気にしないで仲間の下に行くと良い、と仰って」
フィオナは俯く。王妃は困ったようにまたため息をついた。
「陛下。ミシェル殿下はフィオナの友人に嫉妬されているのでしょうか?」
前フォレスター公爵夫人の忌憚ない意見にフィオナは視線を上げた。
「そうねぇ……あまりそうとは思えないのよね。あの子はあてつけに他の女性と仲良くするよりもいじけるかフィオナにまとわりつくか、ね」
「私も同意見でございます」
夫人は王妃に同意するとフィオナを見て促す。
「私も、嫉妬、とかは感じません。いえ、嫉妬ならばまだよかった。でも殿下が何を考えているのかわからないのです」
ミシェルが何を思ってレイリアが侍るのを許しているのか。当てつけには感じない。レイリアを好きになったのならまだわかる。
だがそのようなそぶりもない。アランから聞くにレイリアがまとわりついているだけだ。だがそれを許しているのが問題だった。
「フィオナはどうしたいの?」
「どうしたい、とは」
首を傾げたフィオナに王妃はふぅっと小さく息をついて口を開いた。
「あの子と婚約解消したい?」
王妃からじっと見つめられる。王妃の顔はどんな表情もうかべておらず、フィオナは何も答えられなかった。
「私に少し考えがあるの。フィオナの協力が必要なんだけどあなたを傷つける結果になるかもしれない」
それでも良ければ、という王妃にフィオナは躊躇いつつ頷いた。
翌日、フィオナは昼休みにミシェルを呼び出した。アランに協力してもらいレイリアはアランと一緒に図書室に行ってもらった。
ミシェルが一人になったところを見計らってミシェルの従者に中庭に来てもらうようことづけたのだ。
「殿下。こうして二人でお話するのは随分久しぶりの気がいたします」
「そうかな」
「ええ」
二人の間に秋らしい涼しい風が吹いた。
学園の中庭は秋の花がないため散策するものもおらず閑散としている。そこにフィオナはミシェルを呼び出した。
ベンチに腰もかけず石造りのガゼボにお茶を用意するでもなく、ただ中庭に一人で出迎えた。
「それで、なんの用なのかい?」
沈黙したフィオナをミシェルは促す。
「……レイリア様についてです」
「レイリア嬢?」
ミシェルが眉を顰める。思いもかけない名前だという表情にフィオナはため息をつきたくなるのをこらえた。
「殿下がレイリア様をお傍に置いているため学園では私と殿下が不仲であると噂されております」
「ああ」
それが何かと言いたげな表情にフィオナは目を閉じて深呼吸をした。
「将来の国王と王妃の不仲を今から噂されているという状況をどう思われますか?」
「どうって……別に今だけだろう?くだらない噂にフィオナこそ振り回されないでほしい」
フィオナは今度こそため息をついた。学園にいるのは未来の臣下だ。
学園でのことは皆覚えているだろう。今後ミシェルが順風満帆に国王となり国を治めるならそういう噂もあったで済む。
だがいつどこで翳りが生じるかわからない。ミシェルに非がなくても足をすくわんとするものは皆無ではない。
その時に学生時代に王妃との不仲の噂ひとつおさめられなかったと蒸し返す者は絶対にいる。
そこから小さな綻びができてやがて大きな亀裂になる。大げさな話ではなく過去にそういう歴史はあるのだ。
それを歴史書から学んでいるはずなのに。
「今のうちに噂をどうにかしようとは思われませんの?」
「思わない。私とフィオナは別に不仲ではないしレイリア嬢に心を移したわけでもない。放っておけばいい。いちいち些細な噂などにかまうなど面倒だ」
淡々とした殿下の言葉にまたため息がこぼれた。できれば王妃様の提案には乗りたくなかった。でも仕方ない。
王妃様はこう仰った。『もしあなたに協力的でないなら婚約解消を告げてしまいなさい。そこからあの子がどう動くか見守りましょう』
もし、ミシェルが婚約解消に乗り気になればそれもまた仕方ない。王家有責で解消しますと王妃様は約束してくださった。
フィオナに瑕疵がつくことも考慮してできるだけ解消の話は確定するまでは内々でおさめると確約してくれた。
フィオナは息を吸い、一息に言葉を紡ぐ。
「ならばもう婚約解消いたしましょう、殿下」
一瞬の間をおいてミシェルの青い瞳が揺らいだ。
「な、なんで……?どうしてだい?」
掠れた声にフィオナは困ったように微笑む。
「私も、面倒になりましたの」
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