面倒くさがり王子の一大決心

雪菊

文字の大きさ
5 / 8

5sideミシェル

しおりを挟む
 ミシェルは従者の待機場所に行くと早退するので教室から荷物をとってきてほしいと頼んだ。
 早退とは珍しいですね、と従者が言えば母に緊急で聞かねばならぬことができたのだと答える。
 ミシェルとフィオナは既に卒業にできる程度の学業を修めている。なので都合で早退することは認められていた。
 今までその特権をミシェルもフィオナも使ったことはなかった。
 面倒くさがりのミシェルだが学園をさぼるということはしなかった。
 従者が戻って来て学園にも早退の旨を告げて馬車で王宮へ戻る。
 戻るなり母親である王妃に面会を求める先触れを出した。
 着替えて課題を片付けていると返事がきた。
 ミシェルは自宅で母に会うというのに鏡で身だしなみを整えて臨戦態勢をとった。
 血のつながった母と息子であるが王妃と王子という身分を持つ間柄だ。
 ほんの欠片でもだらしない姿を見せたくなかった。
「ミシェル、参りました」
「どうぞ、おはいりなさい」
「失礼します」
 母親の私室でノックをして入室の許可を得た。
 王妃の私室は木と花とガラスが目に付く部屋で壁がモスグリーンなこともあり人工の森のような印象がある。
「たまには私がお茶を淹れましょうね」
 ソファにミシェルを促すと王妃は自ら紅茶を淹れた。これは今から家族として振舞いますよという合図でもあった。
 そうして淹れられた紅茶は香り高くミシェルの心をリラックスさせる。
 一口飲んでカップを戻し、ミシェルは居ずまいをただして口を開いた。
「母上。フィオナのことですが」
「フィオナがどうかして?」
「……単刀直入に言います。フィオナに何かおっしゃったでしょう?」
「あら。何かとはなにかしら?」
 くすくすと面白そうに王妃は笑う。
「笑い事ではありません。今日フィオナに『婚約解消』を告げられました」
「そう、それで?」
 驚きのない様子にやはり母が一枚かんでるなと確信する。
「今までフィオナからそんなことを言われたことはありません。なのできっと母上の入れ知恵だと」
「で、あなたはどう返事をしたの?」
 カップを口元に持っていった王妃がちらりと視線をミシェルに送った。
 カップ越しの目は笑みを含んでおらず、冷たさすら感じられた。
「……何も」
「なにも?」
 王妃はカップを置き、ミシェルを真正面から見詰めた。
「驚いて何も言えなかった……いやどうしてかと聞いたら」
 王妃が視線で続きを促す。
「『私も面倒になった』と」
「そう、それで?」
「それで、とは」
「私に何を言いに来たのかしら?」
「何故フィオナにそんなことを入れ知恵したのかと。フィオナがブルーム公爵に言えば本当に解消になる可能性もある。何故そんな危険なことを……」
「貴方は婚約解消したいの?」
「したいわけありません!俺はっ……私はフィオナ以外との未来など考えられません」
「感情的になったときに一人称が変わる癖は早く治しなさい」
 いえ、感情的になるのをやめなさい、というべきかしらね、と王妃は呟いて、ふう、とため息をついた。
「貴方今まで自分がフィオナに何をしてきたか、わかってる?」
「え?」
 王妃の瞳が鋭さを増した。
「フィオナと婚約解消したくないという割には貴方随分前にフィオナとのお茶会を断りましたよね?学園に入っても送迎はしないし学園では殆ど交流していないようですね?」
 ミシェルはこくりと頷く。今までそれについて何も言われてこなかったことが今になって気になった。
「二人で行う公務を極力減らしたのも貴方がそんな態度だったからです。もしかしたらこの婚約はなかったことになるかもしれないと」
「ええ!?」
「何を驚いているのです。学園でも貴方がフィオナを蔑ろにして男爵令嬢を侍らせているというではありませんか」
「誤解です!侍らせているわけではありません!勝手に付きまとっているだけです!」
「貴方が断らないなら同じこと!どうしてそれすらわからないのです?」
「言います!迷惑だと!……どうせ卒業したらそれきりになる相手に面倒なことはしたくないと思って……」
 ぼそぼそと続けるミシェルに王妃は盛大にため息をついた。
「本当に愚かだこと。……今まで私たちが貴方の振舞いに何も言わなかったのはそれが貴方の意思だからだろうと思ったからです。幼い頃は仲の良かった貴方たちですが学園に入学するころにはもう疎遠でした。ですから妃教育は続けましたが王子の婚約者としての公務はあまり任せなかったのです」
「それは、どういう……」
「婚約解消となるかもしれないのに公務をさせてはフィオナが可哀そうでしょう。妃教育だって無駄になるかもしれない。でもフィオナは文句も言わずに頑張ってくれました。知識は無駄にならない、努力も無駄にならないと」
 ミシェルは今更ながら自分の態度を猛省した。どうせ未来は決まっていると思っていた。そんなことはなかった。
 そんな当り前なことにようやく気づいた。
 ミシェルはフィオナとの婚約は絶対なものだと思っていた。自分が望みフィオナも望んだ婚約だったから。
 でも時が経つにつれ疎遠になれば周囲も婚約の解消を視野に入れ始めるのは当然だ。
 そのために立太子をまだしてなかったのだ。王子は自分しかいないのに。
 王子と王太子では責任が違う。行わなければいけない公務が各段に違うのだ。
 そしてこの国では王太子には妃、もしくは婚約者が必須だった。
 公務を減らされていたのは学園を謳歌して欲しいから、というのはあくまで建前で、その建前すら気づかなかった。
「フィオナにね、婚約解消を告げてみなさいと私は言ったの。で、本当に解消したいのならブルーム公爵にもお話しなさいと。そうでないならミシェルにだけ告げて黙っておきなさい、と」
「な!!」
「明日ブルーム公爵から呼び出しが来ないといいわね」
「どうして!!!」
「だから貴方の蒔いた種よ。自分の態度がよくなかったと反省したのでしょう?でもね、遅いの」
「……もしブルーム公爵から何か言われても……いや、でもフィオナの意思を尊重すべきだな…」
 ぶつぶつと独り言を言うミシェルは王妃の口元がにんまりと弧を描くのを見てなかった。

「それからこれ」
 ばさり、と王妃は分厚い書類をテーブルに置く。
「まだなにか?」
「学園を監視していたものからの報告書。夏季休暇明けからの分ね。読んでみなさい。私が何故フィオナに婚約解消をすすめたのかわかるわよ」
 ミシェルはテーブルの書類を開く。それは主にミシェルとレイリアに関しての報告で、いかにレイリアがミシェルにまとわりついているか、だったが。
「……え?は??!!!」
 最近の報告に思わぬことが書かれていた。
「レイリア嬢が次期王妃は私かも、などと言っている…?」
「どうしてそんなことを言い出したのかしらね?」
「母上私は断じてレイリア嬢にそんなことをほのめかしたりは……!」
「それはわかってるわよ。報告にも貴方はレイリア嬢に冷たい態度しかとってないってあるわ。それをレイリア嬢はものともしてないと」
「一度私は私に構うなと言ったのですが、レイリア嬢は私の好きにしているだけなのでお気遣いなく、などと言い……」
 そうだそれで話が通じないと思って会話しないことにしたのだ。だがいつの間にか常にレイリアが傍にいるようになったのだ。
 そもそも友人など作ろうと思ってなかったので気にしていなかったがレイリア以外のクラスメイトと話すこともほぼなかった。
「貴方がもっときっぱりとした態度をとらないからこのようなことになるのです」
「それなりにきっぱりとした態度だったと思うのですが」
「それなりではダメなの。迷惑だって婚約者がいるからつきまとうなとはっきり言わなきゃいけないの」
「はい」
 言い切られれば頷くしかない。ミシェルなりに突き放したつもりだったがそれを相手は気にしなかった。
 そこで面倒だからもういいやと諦めたからこんなことになってしまった。
「まあいいわ。どのみち貴方は言質をとられるようなことはしていない。レイリア嬢、ひいてはランバート家の問題としてこの件は片付けます」
「明日」
「何?」
「明日レイリア嬢に言ってみます。それでも態度を改めなければランバート家へご報告お願いします」
「猶予を与えるつもり?」
「はい。私自身の蒔いた種でもあるので、公けにしすぎるのもどうかと……」
 ミシェルは迷いつつそう言った。
「そう。貴方の気持ちもわからないでもないわ。でもね、もう学園内で収められる話じゃないのよ」
 それは、レイリアが両親に次期王妃になるかもなどと言い、それを信じた親が社交の場で口にしたということだ。
 学園の外にそんな話が広がりつつあるのなら、もうレイリアを諭すだけではすまないのだ。
 だが問題はそれだけではないかった。
 王妃は無言で別の書類をさしだす。それに書かれていたのはレイリアの母の言葉の詳細だけではなく、もっと別の問題が暴かれてあり、ミシェルは天井を仰いだ。
「……わかりました」
 男爵家一家を巻き込んだ。ミシェルの怠惰の影響は大きかった。
 だがそれだけではなかった。まさかあのジョシュアとつながりがあったなんて。
「話は以上です」
「ありがとうございました。失礼します」
 ミシェルは礼をして王妃の前を辞した。
 やっと王子としての、王太子としての、次期国王としての責任を分かり始めた。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし
恋愛
「地味で可愛げがない」と婚約破棄された侯爵令嬢クリスティーヌ。 王子の政務を陰で支え続けた功績は、すべて無かったことにされた。 居場所を失った彼女に差し出されたのは、“無能”と噂される伯爵令息ノエルとの政略結婚。 しかし彼の正体は、顔と名前を覚えられない代わりに、圧倒的な知識と判断力を持つ天才だった。 「あなたの価値は、私が覚えています」 そう言って彼の“索引(インデックス)”となることを選んだクリスティーヌ。 二人が手を取り合ったとき、社交界も、王家も、やがて後悔することになる。 これは、不遇な二人が“最良の政略結婚”を選び取り、 静かに、確実に、幸せと評価を積み上げていく物語。 ※本作は完結済み(全11話)です。 安心して最後までお楽しみください。

【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜

きゅちゃん
恋愛
名門エルトリア公爵家レオンと婚約していた伯爵令嬢のエレナ・ローズウッドは、レオンから婚約破棄を宣言される。屈辱に震えるエレナだが、その瞬間、彼女にしか見えない精霊王アキュラが現れて...?!地味で魔法の才能にも恵まれなかったエレナが、新たな自分と恋を見つけていくうちに、大冒険に巻き込まれてしまう物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

処理中です...