異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

文字の大きさ
1 / 42

第001話:トンカツ食べてたら異世界転移

しおりを挟む
 男の独り暮らしは気楽である。サラリーマンなら安定した月収はあるし、大手企業に勤めていれば、残業や休日出勤も少ない。俺、加藤祐也はそんなお気楽なサラリーマンの一人だ。二十七歳の独身、彼女なし。某地方の電力会社に勤務している。年収は五百万を超え、住宅手当も出るため暮らしは楽だ。そうした独身男たちは、デートや夜遊び、あるいは自分の趣味などに金を使う。

「さて、今週はトンカツだ!」

 俺の場合は、趣味に金を使う派だ。毎週末になると、贅沢な食材を揃えて料理する。それをビデオカメラで撮影して編集、動画サイトに載せる。副業になるため、広告はリンクさせない。イイネ!の数もチャンネル登録数も気にしない。俺がやりたいからやっているだけの、気楽な遊びだ。

「まずはラードを作らないとな」

 国産黒豚の背脂と水を鍋に入れ、中火にかける。脂には肉も付着しているため、アクが出てくる。それを丁寧に掬い、肉も取り除く。水気が蒸発したら弱火にし、じっくり背脂からラードを取り出していく。最後に布で濾してラードが完成する。これをトンカツの揚げ油にする。

「次は肉とタレだ」

 国産黒豚の肩ロースプロックを三センチほどに切る。かなり分厚目だ。脂身の部分に切れ込みを入れ、肉叩きで叩き伸ばしたあとに、元の大きさに成形し、両面に塩胡椒を軽く振る。
 次にタレを作る。ソースも良いが、今日は味噌カツの気分だ。赤味噌、白味噌、清酒、みりん、氷砂糖、水を鍋に入れ、弱火で伸ばすように混ぜていく。トロみが出れば完成だ。

「さて、では……」

 ラードを加えた溶き卵に豚肉を潜らせ、薄力粉、パン粉の順でつけていく。トンカツは衣も重要だ。荒めで軽いパン粉が良い。それを一七〇度に熱したラードで揚げていく。入れた時のショワァという音、上質なラードが発する油の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる。
 両面、あわせて三分ほど揚げて、いったんバットに取り出す。予熱で中に火を通すためだ。その間に、キャベツの千切りや練りカラシなどを用意する。五分後、今度は一八〇度までラードの温度を高くして、再び揚げる。程よく茶色になったところを引き上げてバットに移し、数分待つ。肉汁などがこれで落ち着く。皿に千切りしたキャベツを山盛りにし、炊きたての飯も用意しておく。ここからが重要だ。カメラを用意しておく。

サクッ、サクッ、サクッ

 まな板の上でリズムよくトンカツに包丁を入れていく。切り口から分厚にカツが顔を見せ、ジュワッと透明な肉汁が滲み出る。手早く皿に盛り、タップリと味噌ダレをかける。一味唐辛子、練りカラシを用意して完成だ。

「いただきます」

 箸で一切れつまみ、口に運ぶ。シャクッというパン粉の音とプツンと肉が切れる音、そして濃厚な味噌ダレの味と共に、豚本来の旨味が口内に広がっていく。

「美味ぇぇっ!」

 次はカラシを多めにつけてみる。ツーンと鼻に抜けるカラシの辛さと味噌ダレの甘さが、絶妙に混ざり合い新たな境地へと辿り着く。

「これに飯が合うんだよなぁ」

 タップリと味噌ダレが乗った一切れを飯の上に置く。この場合は、カラシより一味のほうが合う。カツ、飯、カツの順で食べる。何杯でも飯が食えそうだ。次は千切りしたキャベツと一緒に食べる。よく冷えたシャキシャキのキャベツと熱々の味噌カツの相性も最高だ。

シュコンッ

 瓶ビールの栓を開ける。今日はドライビールだ。麦芽一〇〇%のビールが良いなんて書いていた本があったが、アレの著者はビールの飲み方を知らないのだろう。本場イコール良いものという先入観だ。

「脂っこい食べ物と一緒に飲むには、ドライのほうが美味いんだよなぁ」

 ビールの本場であるドイツでは、ビールの位置づけが日本とは違う。食事を引き立てるものではなく、ビールはビールとして一品料理なのだ。だから食べずにビールだけ飲んで終わりということも普通にある。日本のような「料理と酒」という愉しみ方をする場合は、料理に応じて酒も変えるべきなのだ。その辺のところを理解っていない「麦芽一〇〇%信者」が多い。

「カァァァッ!」

 ご飯のお替りはせずに、味噌カツをツマミにドライビールを飲む。当然、グラスも冷凍庫でキンキンに冷やしたものだ。一気に飲み干し、溜息をつく。まだ三切れ残っている。一味を振りかけて箸で摘んだ。ゆっくり、口に運んでいく。






「ん?」

 気がついたら俺は、一面真っ白な世界にいた。右手は箸を手にカツを口に運ぼうとしていた形で止まっている。だが手には箸もなく、先ほどまで食べていた味噌カツも目の前から消えている。

「……なんだ?」

「はわぁぁっ……美味いのじゃぁ。これが異世界の料理なのじゃなぁ~」

 背後から声が聞こえてきた。振り返ると、金髪の少女が頬に手を当て、口をモグモグさせながら幸せそうな表情を浮かべて床?に座っていた。俺が先ほどまで食べていた味噌カツの皿が置かれ、カツが残らず消えている。少女は次に瓶ビールを手に取り、グラスに注いだ。

「あ、未成年は……」

「むはぁっ! 異世界の麦酒は美味いのじゃぁ!」

 俺は無表情になった。なんだ、この状況は?という疑問と、少女が自分の食事を横取りしたという事実に頭が冴えてしまった。

「ねぇ、君……」

「ん? おぉっ、異世界の料理人じゃな? 馳走になったのじゃ! 本来ならば手を出してはならんのじゃが、どうにも美味そうで我慢できぬでのぉ……」

 のじゃロリ少女がカカカと笑う。俺はサラリーマンで料理人じゃねぇ。いや、それ以前に「異世界」? 語尾に「のじゃ」を付ける奴なんて初めて見たし、ラノベ読み過ぎのちょっと可哀想な子供か?

「む…… 汝はいま、無礼なことを考えておるの? わらわは可哀想な子供ではないのじゃっ! 女神ヘスティアなのじゃっ!」

「へー、そうですか。もういいんで、夢なら覚めてくださいよ」

 俺は呆れて出口を探した。のじゃロリが近づいてくる。身長は低く、せいぜい胸くらいまでしかない。

「ここは神界の一種、まぁ異空間じゃ。妾は時折、異世界の様子を見ておるのじゃが、汝の食事風景があまりに美味そうであったからの。妾も食べたいと思って、料理を転移させようとしたのじゃ。本当は一切れだけと思っておったのじゃが、汝がパクパクと食べてしまうではないか! 仕方ないので少し範囲を広げて転移させたら、汝までついてきてしもうたわ」

 そう言って無邪気に笑う。キョロキョロと周囲を見回し、頬を抓る。痛い。少なくとも夢の中という感覚はない。

「夢ではないぞ? これは現実じゃ」

「そうか…… 神って、本当にいるんだな。では女神様、俺を元の世界に戻してくださいよ。味噌カツは、まあご馳走しますから」

「無理じゃ」

「は?」

 のじゃロリは重大なことを事もなげに語った。

「転移した段階で、元の世界の存在は消滅する。これは宇宙開闢から定まる世界律じゃ。汝はもはや、戻ることはできぬ」

「……」

 ゴツンと少女の頭を殴る。のじゃロリは頭を抑えて蹲った。胸元を掴んで締め上げる。

「ふざけんな、お前は! お前の食い意地のせいで俺は死んだのか? 舐めたこと言ってると首を絞めるぞ」

「フギギギッ……もう締めておるではないか! 苦ひぃっ」

「元に戻せ! 今すぐに!」

「無理と言っておろうにぃぃっ…… わ、悪かった! 妾が悪かったのじゃぁぁっ!」

 俺は手を放した。のじゃロリがゼーゼーと肩で息をする。俺は冷たい目で見下ろしながら詰めた。

「で、どうするんだ? 戻れないのなら、この何もない真っ白な空間で生きろというのか?」

「うぅぅっ…… 神である妾を手に掛けるなど、とんでもない奴なのじゃ。汝に一つ、道を示してやるのじゃ。妾が管轄する世界なら、転移することは可能じゃ。ホレ、汝も知っておろう? 異世界転移じゃ!」

 軽い頭痛を覚えた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

処理中です...