異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第013話:ショタ登場 ※挿絵なし

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「……これだけの料理、一体幾らになるのだ?」

 この世のものとは思えぬほどの美味を味わった後、私は現実に戻った。部下たち三〇人は、至福の表情で訓練場に座っている。今回は私が馳走すると言っているので、食事代の心配などしていないのだろう。だが、いかに王女の私でも出せる金額には限界がある。

(一人金貨一枚としても、三〇枚以上……)

 そう考えると、青ざめてしまう。毎月の私の小遣いは、金貨一〇枚だからだ。蓄えもあるが、それでもとても足りない。今更ながら、予算を決めておかなかったことを後悔する。もし借金となれば、私はどうなってしまうのだろうか? 私の中に、妄想が広がった。

(金貨二〇枚も足りませんよ? その分、カラダで支払ってもらいましょうか、グヘヘヘ……)

(私は王女だぞっ! その私に、操を差し出せというのか!)

(ヒヒッ 一目見たときから、貴女が欲しかったんですよねぇ~)

(このまま貞操を散らされるくらいなら……クッ、殺せっ!)

「……殿下?」

 部下に声を掛けられ、ハッと我に返った。カトーは少し離れたところにしゃがみ、汲み置きしておいた水で食器類を洗っている。私は眉間を険しくした。もし操を求められたら手討ちにしてしまったほうが良い。剣を手に、カトーの背後まで歩み寄る。

「実に美味な食事であった。騎士団員たちも満足しているようだ。感謝する」

「いえいえ、喜んでいただいたようで、良かったです。作った甲斐がありました」

 そう言ってカトーは立ち上がり、微笑んだ。おのれ…… その微笑みの下に、下劣な欲望を隠しておるのだろう!

「ついては、代金の件なのだが、幾らになるであろうか?」

 最低でも金貨三〇枚以上であろう。私は最悪を覚悟していた。料理人としての腕は惜しいが、殺すしか無い。無意識のうちに、剣の柄に手を掛けていた。

「ん~ 無洗米が約一〇キロで三五〇〇円。ビッグカウは俺が獲ったヤツだから原価ゼロだし、野菜は全部で銀貨一枚程度だったし、調味料類もまだ残ってるし……まぁ今日一日、屋台を臨時休業したから、その分の売上として金貨二枚ってところですかね?」

「そうか、金貨二枚か。悪いが手持ちは金貨じゅ……へ?」

「いえ、だから金貨二枚です。今日、屋台を臨時休業してしまいましたからね。その分の機会損失をご請求します。まぁ手間賃込みと考えてください」

「いやいや、待て待て! これだけの料理を、しかも三〇人に振る舞って金貨二枚だと? 貴殿の一方的な大損ではないか?」

「いえ、キチンと利益は出ていますよ? 私も商売ですから、赤字というのはご勘弁を……」

 私は戸惑いながらも、金貨二枚を取り出してカトーに渡した。もしこれが金貨二枚というのであれば、この男は普段、どれほどの料理を食べているのだろうか。

「お買い上げ、有難うございました。またのご利用をお待ちしております」

 ユーヤ・カトーは恭しく一礼し、去っていった。




「なるほど。王女らしからぬ王女か」

「あぁ。王女様ってのは、我儘で好き勝手に放言して、それでいて自分で責任を取ることもできず、周りに助けてもらっても、王女なんだから当然っていうような、どうしようもないクズのことだと思っていたんだがな」

 神スキル「アルティメット・キッチン」によって形成された異空間で、俺は晩酌をしていた。毎度のごとくやってくるヘスティアに、先日のレイラ王女について話す。ちなみに用意したのは日本酒だ。ツマミはホタルイカの沖漬けと冷奴である。どう見ても十歳程度にしか見えないロリのじゃ女神は、勝手に自分の酒器を用意して、召喚した日本酒「桐姫大吟醸」を飲んでいる。未成年とかツッコミを入れるのは、もう諦めた。

「そういう王族も居るであろうな。じゃが、お主が転移したエストリア王国は少々特殊でな。国祖であるアルスラン・ウイルヘルム・エストリアは、元々はお主と同じ出身じゃ。ウム、この沖漬けというのは美味じゃの。ユズ皮が良いアクセントになっておる」

「異世界転移者か…… 待てよ? それにしては食文化が進んでいないが?」

「当然じゃ。アルスランは妾ではなく、別の神によって転移したのじゃからの……この日本酒は、酒器を変えるべきじゃな。より薄口の酒器が良い」

「ホラ、ガラス製の切子猪口だ。辛口の冷酒なら、コッチのほうが良い。それで、どんな神が転移させたんだ?」

「知恵の女神アテーナじゃ。長続きする王国が少なかったからの。モデルケースとなるような国家造りを命じたのじゃ。その成果が、いまのエストリア王国じゃ」

「なるほど。国造りか。確かに、飯が貧しい割には食材が多いな。物産が豊かなんだろう」

「それと、迷宮ダンジョンの存在も大きい。王国の東部と南部それぞれに巨大迷宮ダンジョンが存在しておる。そこから得られる魔石を利用し、魔導技術を発展させ生産能力を向上させたのじゃ。アルスランは元々、貧国出身だったそうじゃ。国外で学んで政治家を志しておったところ、アテーナに呼ばれたというわけじゃ」

「おいおい。地球の有為な人材を勝手に引き抜くなよ。まぁいい。それにしても迷宮ダンジョンか。面白いな。俺もいずれ、潜ってみるか」

迷宮ダンジョンでは弓矢だけでは心もとないぞ? 剣を学ぶが良かろう」

 そう言って、ヘスティアは切子猪口を呷った。




 弓矢を買った武器店で剣について話を聞く。だが店主はウーンと唸っていた。

「お前さんの身体なら、剣を振るには問題ないだろう。だが剣ってのは、ただ闇雲に振ればいいってモンじゃねぇんだよ。上級狩人から冒険者になった奴でも、すぐに死ぬ奴がいる。ソイツらの多くが、弓を棄てて剣を握った奴らだ。慣れねぇ武器で闇雲に魔物と戦おうとしたって、死ぬだけだぜ?」

「つまり、剣の技をしっかり学べということですか?」

「あぁ、だが技と言っても色々ある。例えば騎士団で教えているのは、どちらかと言うと対人戦だ。盾を使って相手の攻撃を躱しつつ、隙きを見つけて斬り込むのが対人戦だ。だが冒険者は違う。冒険者は魔物が相手だし、何よりパーティーで行動する。盾役が魔物を惹き付けている間に、他の雑魚を片付けたり強力な一撃を入れたりする。戦い方が違うんだよ」

「フム…… そうした冒険者向けの剣術は、どこで学べるのでしょう?」

「正直、そんなのねぇな。狩人ギルドと違って、冒険者になる奴らは皆がそれなりの強さを持ってる。イチから手取り足取り教えたりしねぇよ。まぁ狩人出身で冒険者としても成功している奴は、弓役をやっているか、あるいは狩人時代から剣で戦ってた奴だな」

 俺は頷き、手頃な剣を見繕ってもらった。金貨五枚のショートソードだが、丈夫さと切れ味は保証するとのことだ。これを使って、剣で狩りをしてみようと考えていた。

「剣に慣れたら、本格的に冒険者を目指してみるか……」

「カトー殿」

 街を歩いていると、声を掛けられた。振り向くと先日の「白薔薇騎士団」のメンバーたちである。金髪や銀髪、青髪などの多彩な髪は、異世界ならではだろう。

「レイラ殿下が貴殿を呼んでいる。ご同行願いたい」

「はぁ……まぁ今日はもう屋台も閉めましたし、良いですよ」

 こうして俺は美女たちに連れられて、再び王宮に向かったのであった。




 王宮内の一室に通されると、レイラ王女の他に見知らぬ少年がいた。少し長めの金髪と白い肌、気の弱そうな瞳をした半ズボンの少年ショタである。視線を向けると、怯えたようにレイラの後ろに隠れてしまった。

(クッコロ女騎士にショタかよ。異世界って本当に面白いな……)

「カトー殿、わざわざ足を運んで貰って申し訳ない。また、先日は実に美味な食事を馳走して貰った。改めて感謝する。マルコ、自己紹介しなさい」

「ね、姉さまぁ……うぅ……マ、マルコ・エストリアですぅ」

 レイラの背後から顔だけ覗かせて、ビクビクと怯えながら自己紹介する。マルコ少年はどうやら、レイラの弟らしい。つまり王子だ。こんな覇気の無い王子で大丈夫かと心配になるが、ここで余計な反応をするほど、俺は子供ではない。

「ユーヤ・カトーです。しがない屋台の店主です。お見知りおきを……」

丁寧に一礼する。レイラ王女は苦笑しながら「貴殿がしがない屋台なら、他はどうなるのだ?」などとツッコミを入れてくれた。お互いに向かい合う形で長椅子に座る。

「今日呼んだのは、貴殿に料理を作って欲しいからだ。実は、マルコは病弱で、しかも偏食なのだ。パンを食べると身体が痒くなるそうなのだ。だがマルコは私と同じく、王妃である母上が生んだ嫡出子だ。王太子としては兄上がいるが、万一の時にはこの子が次の王太子となる。パンが食べられないというのは、問題なのだ」

「……なるほど。私への用件は、マルコ殿にパンを食べられるようにせよ、とのことですか?」

「出来ればそうして欲しいが、難しい場合はせめて、栄養のある美味い料理を食べさせたいのだ。パンを食べれないため、この子の食事は蒸した芋ばかりで、見ていて可愛そうになる」

 レイラは沈痛な表情を浮かべ、マルコ少年も身体を縮めて俯いている。だが俺としては、簡単に引き受ける訳にはいかない。料理では解決できない可能性があるからだ。

「お引き受けする前に、一つ確認をしたいことがあります。マルコ殿下にもご協力を頂く必要があるのですが……」

 俺はそう言って、収納袋からパンを一個と綺麗な布、包帯を取り出した。それを手にして立ち上がり、少年ショタの側に寄る。マルコは左隣に座った姉にしがみつき、怯えた表情で俺を見つめている。半ズボンの足も細く、少女と見間違えるほどだ。

「手を……」

 「男の娘」なんて思いながらも、俺は真面目な表情でマルコ少年に手を差し出すように求めた。姉に促され、マルコはおずおずと右手を差し出す。

「簡単な確認です。すぐに終わります」

 俺はそう言って、パンを千切って手の甲に載せ、それに布を当てて包帯を巻いた。その様子を見ていたレイラは首を傾げた。パンを取り出した時に、てっきり食べさせるのかと思っていたからだ。

「カトー殿、何をしているのだ?」

「マルコ殿下がパンを食べないのは、偏食ではなく体質の問題かも知れません。それを確認します。もし体質の場合は、最悪、一生涯パンを食べることはできないと思ってください」

 暫くして、包帯を取り外す。すると、パンを載せた部分が赤くなっていた。

「やはり、小麦アレルギーか」

 俺は眉間を険しくして呟いた。
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