異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第022話:迷宮都市ドム

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 迷宮都市ドムに入った行商人一行は、そこで解散となった。

「カトー様、本当にお世話になりました。今夜から貴方様の料理が食べられないと思うと、正直申し上げて憂鬱な気分です。もし料理店をお出しになる場合は、ぜひお声をかけて下さい。食材の調達などお力添えできると思います」

 行商人ライオネル・ボルトをはじめ、他の旅人たちも気落ちしている様子だった。別に食わせてやってもよいが、ビジネスで甘い顔を見せるとそこに付け込まれるのは、異世界でも同じである。

「契約満了ですね。ドムでは、また屋台を出すと思います。よろしければ、食べに来て下さい」

 握手して分かれる。一ヶ月間を共に過ごした人たちが散り散りになるのは、少し寂しかった。

「さて、私たちも宿を見つけようか。商工ギルドと冒険者ギルドに行こう」

 気持ちを切り替えるように、レイラは明るい声を出した。




 迷宮都市ドムの冒険者ギルドは、狩人ギルドを兼ねている。狩人もまた、迷宮の上層で獲物を狩るためだ。第三層までに出るのは、ホーンピッグとビッグコッコという魔物らしい。両方とも食べれるそうで、味は突撃猪、スティングチキンより美味いそうだ。

「中級狩人であれば、第三層まで入ることができます。許可証をお出ししますか?」

「それは有り難いが、レイラは大丈夫なのか?」

「フフンッ…… 私はこう見えても加護持ちであり、幼い頃から鍛錬を積んできたからな。純銀シルバー級冒険者として登録されている。ユートより遥かに先輩なのだぞ?」

 金髪の秀麗な女騎士はドヤ顔で胸を張った。見た目だけは誰もが振り返る美女である。ギルド内で他の冒険者から声を掛けられるかと思っていたが、皆一瞥しただけで特になにもない。荒くれ者が多いはずなのに、少し不思議だった。

「上級狩人になれば、ユートさんも冒険者への予備登録ができるようになります。頑張って下さい」

 受付嬢にそう言われ、ユートは首を傾げた。予備登録とはなんだろうか?

「待ってくれ。上級狩人になれば、冒険者になれるのではないのか?」

「候補者として登録はできますが、誰もが冒険者になれるわけではありません。半年ごとに選考が行われますので、そこで認められれば冒険者になれます」

「その選考基準は?」

「一言で申し上げれば、人間性です。冒険者は迷宮内で超人的な能力を身につける場合があります。粗暴な人や遵法精神のない人がそうした力を身につけてしまうと、脅威になります。言葉遣いが粗野という程度なら問題ありませんが、他者を傷つけるような人は、ギルドが排除します」

「なるほどな」

 ライトノベルでは、冒険者ギルドに主人公が入ると、先輩冒険者が絡んでくるというのが定番だが、実際にはそんなことは無いらしい。考えてみれば当然だ。殺人を厭わない重犯罪者が勇者の力など持ってしまったら、国家の危機になる。そんな人間は、候補者の段階で潰してしまうのだろう。

「当ギルドにも、粗野な人や下品な人はいます。ですが卑劣な人はいません。ギルドを上げて、そうした人は排除するようにしています。見たところ、ユートさんの実績は素晴らしいものがあります。ぜひ、迷宮でも活躍して下さい」

 冒険者ギルドを出た俺たちは、そのまま商工ギルドに向かおうとした。だが途中でレイラが屋台での食事をねだってきた。

「ユート、腹が減ったぞ」

 妙齢の金髪巨乳美女なのに、平気でそんなことを言う。色気もなにもあったもんじゃない。本当に残念だと思いながら、一緒に大通りの屋台を見回っていく。王都に勝るとも劣らぬ店舗数だ。

「ドムには王国中から優れた狩人、冒険者が集まる。国外からもだ。だから様々な食が持ち込まれる。引退した冒険者が屋台をやったりするからな」

 歩いて見て回ると、干し肉と堅パンの店が多い気がする。それ以外にも乾燥野菜などを扱っている店もあった。いずれもその場で食べるものではない。

「日持ちする料理が多いな」

 俺のつぶやきに、レイラが頷く。店の二割くらいが、そうした「保存食」を扱っていた。

「ドムでは、冒険者や狩人はダンジョンに入る。ダンジョン内で活動する上で最大の問題。それは『水と食料』だ。特に水は嵩張るからな」

「なるほど。道理だな」

 ダンジョン内で水が手に入るかどうかは判らないが、王都で狩人をしていたときも、十数名単位で狩人が動いて合同で獲物を運んでいた。収納袋が無ければ、俺もそうせざるを得なかっただろう。
 「ビッグコッコの串焼き」が売られていたので、それを二本買って食べてみる。日本でいう岩塩を振りかけた焼き鳥だ。素材自体の味は良いが、火が入りすぎて肉が固くなっている。焼きの技術がまだあまい。日本では外食産業が過当競争していて、焼き鳥一本でも技術研鑽されている。その辺りが「食文化の有無の違い」になっているのだろう。





「美味いな! やはり新鮮なビッグコッコが手に入るドムならではだ!」

 レイラが美味そうに食べているので、ここでは文句は言わない。いずれもっと美味い焼き鳥を食わせてやろう。食べながら他の屋台を見て回る。驚いたことに「ホットドッグ」が売られていた。恐らく王都から来た者が、俺の屋台を真似したのだろう。

「これはっ!」

 レイラも驚き、そして店主に文句を言おうと屋台に近づいた。俺はレイラの肩を掴んで、黙って首を横に振った。

「ユーヤ、黙っていていいのか? アレはお前の料理……」

「料理とは誰のモノでもない。それより、俺のホットドッグをどう真似たのか、食べてみようじゃないか」

 店主は俺たちに気づいていないのか、笑顔でホットドッグを差し出してきた。銅貨二十枚と高いが、黙ってカネを出して受け取る。レイラもしぶしぶといった表情で、ホットドッグを手にした。
 まずバンズを確認する。王都で俺が売ったホットドッグは、殆どの材料を地球から取り寄せたため、同じものを再現するのは難しいはずだ。案の定、バンズは全粒粉でかなり硬い。

「コッペパンの真似をしようとしたのだろうが、砂糖が配合されていないな。発酵も不十分だから、硬くなってしまっている。これではホットドッグの食感は出ない」

 コッペパンの柔らかさがあってはじめて、ホットドッグのメイン食感である「ソーセージの歯ごたえ」が生まれる。さすがにそこまでは再現できなかったようだ。

「ムムム…… ユーヤのホットドッグと違って、ソースの味も薄いぞ。キャベットの千切りも香辛料が掛かっておらず、ただ炒めただけではないか。これがホットドッグだと? 詐欺ではないか」

「よせ。料理に正解はない。コレだって、初めて食べる人にとってはそれなりに美味く感じるはずだ。俺としてはむしろ嬉しいな。食文化の出発地点は模倣だ。この料理もまた模倣され、そうやって独自のホットドッグが生まれていくだろう」

 ドム産のホットドッグを食べ終えた俺たちは、しばらく屋台を見て回った。人気のある屋台もあれば、不人気の屋台もある。まだ十代中頃と思われる少年、少女が声をあげていたが、残念ながら客が寄り付いていない。あまり美味しくないのだろう。

「商工ギルドに挨拶してから、宿に向かおう」

 屋台街を離れ、俺たちは商工ギルドへと向かった。




「ドムで屋台を出す場合は、まずは権利を買っていただきます。金貨五〇枚で永久権を買えますが、一年間の権利は金貨八枚となっています」

 迷宮都市ドムは、王都とは異なるルールで屋台が運営されていた。出店権利というものをギルドから買うことで、ギルド公認の札を掲げることができる。メインストリートに屋台を出す場合は、その札を掲げなければならないらしく、トラブル発生のときはギルドが仲介に入ってくれるそうだ。

(年間八〇万円か…… 家賃と考えればそれほど高くはないが、利益が出なければ続けるのは難しいだろうな。それに一年もここにいるつもりはないし、ドムでは店を出すのはやめるか)

「どうするのだ? ドムでも屋台を出すのか?」

「いや、今は決められないな。迷宮にも入ってみたいしな。まずは狩人として活動して、ランクを上げて冒険者になろうと思う」

 当面の方針を決めた俺たちは、宿へと向かった。
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