異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第021話:魔物肉ってどんな味?

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 王都から迷宮都市ドムまでは、寄り道をせずに進めば二週間ほどで到着できる。だが今回は行商人や他の旅人たちと一緒に、一ヶ月を掛けて移動する。農村や関所などに立ち寄り、手紙や物品を届けたり仕入れたりするためだ。別に急いでもいない俺としては、気ままな旅を楽しんでいた。

「地平まで続く田園地帯に沈む夕日か。この景色は飽きないな」

 折りたたみ式の椅子を西に向けて座っている。そろそろ夕食の支度をしなければならないが、この太陽は見ていたかった。一人旅だったら、ここで缶ビールを出していただろう。

「ユーヤ、今夜の食事はなんだ?」

 王都を出てから一週間、レイラはすっかり旅仲間として馴染んでいた。ちなみに、二十人近くいる同行者全員分を俺が作ることになった。一食あたり銅貨五枚と聞いて、俺も俺もと申し込んできたのである。

「今日は……そうだな。面倒だから丼ぶりモノにするか」

 二十人前を毎回作るというのは何気に面倒だ。大皿料理を作って取り分けろとしたいところだが、王国にはそういう文化はないらしい。いずれそうした食べ方、大皿の食文化を紹介すべきだろう。

「そうだな。昨日の農村で、ブレットという名の小松菜っぽい葉野菜や卵を仕入れたから、久々に『魯肉飯』を作るか!」

 俺は収納袋から野外用キッチンを出現させた。




 魯肉飯は台湾の代表的な料理である。これから作るのは、台湾の王道レシピを踏襲しつつも、辛味を加えた「俺式ウマ辛魯肉飯」だ。

「本当は豚皮が欲しいところだが、流石に突撃猪の皮なんて使えないからな。この肩ロースだけで良いだろう。お代りすることも考えると、一人一合以上の米は炊いておく必要があるな。三升炊いておくか。突撃猪の肩ロースは一人百五十グラムとして三キロ強でいいか。それとブレット、揚玉葱、干し椎茸、ニンニク、ショウガ、氷砂糖、酒、醤油、オイスターソース、八角、鷹の爪輪切り。スープは……台湾式大根スープにするか。となるともう少し肉が要るな」

 まずは突撃猪の肩ロースを短冊状に切っていく。魯肉飯分の三キロ、スープには一人三十グラムぐらいとして六百グラムの肉を別にしておく。まずはスープから作ってしまう。大根五本(税込み六百四十八円)の皮を手早く剥き、厚さ二センチのイチョウ切りにしていく。大根の葉も細かく切る。ショウガはみじん切りにする。大鍋に水を張り、切った大根を入れて沸かす。沸騰したら火を弱めて突撃猪の肉とショウガを加える。大根に火が通るまでフツフツとさせつつ、灰汁を取り除く。

「これは、スープか?」

「まぁな。非常に簡単に作れるが、美味いぞ?」

 大根に火が通ったら料理酒と塩を加えて味を整え、火を止めてから大根葉を入れる。これでスープの完成だ。弱火にし、保温状態にする。
次はいよいよ、魯肉飯に取り掛かる。まずは玉子だ。俺の好みは半熟なので、湯を沸騰させて二〇個の卵を沈める。時間は五分三〇秒。干し椎茸は水で戻しておく。氷砂糖を少量の水とともに深鍋に入れ、弱火に掛けてカラメルを作る。焦がさないように注意する必要がある。やがてカラメリゼされてくると、香ばしい匂いが広がる。別のフライパンで、刻んだニンニクと短冊状に切った突撃猪の肩ロースを焼く。油が出てくるので、それはキッチンペーパーで拭き取る。八角の代わりに五香粉を使う場合は、ここで肉に振り掛けても良い。戻した椎茸を細かく刻んで途中で加え、肉の色が全体的に変わるまで焼いていく。

「それにしても毎度思うのだが、そうした道具類や調味料はどうやって仕入れているのだ? 貴族でさえ二の足を踏むほどに、ふんだんに香辛料を使っているが?」

「大体は予想がついてるだろ? まぁそのうち教えてやる。さて、本当は豚皮も加えたいんだが、まぁしょうがないな。カラメルの鍋に湯を注ぎ、焼いた肉を入れる……」

 そして忘れてはならないのが「揚玉葱」だ。これが入っていないのは魯肉飯とは呼ばない。八角は入れなくても問題ないが、揚玉葱だけは絶対に入れなければならない。カリッとした揚玉葱を入れてひと混ぜし、酒、醤油、オイスターソース、八角、鷹の爪を加える。台湾ではリュウガンの蜂蜜などを加えたりするが、俺式の場合は辛めに作るので入れない。全体を混ぜ終えると汁を少量取る。半熟卵の漬け汁にするためだ。五分三〇秒では黄身はほぼ生の状態である。二〇個の玉子の殻を剥き、醤油とオイスターソースで濃くした汁に漬けておく。魯肉飯の方は鍋に蓋をしてトロ火で熱を入れていく。八角、醤油、オイスターソースの香りが混ざり合い、それが蒸気と共に夕暮れの平原に広がる。そこかしこから、腹の鳴る音が聞こえてきた。

「トロ火で一時間以上は掛かるから、その間に米を炊くか。三〇合あれば十分だろ」

 一人あたり一合半の分量になる。丼ものとしては十分な量だ。アルミ合金の羽釜に無洗米を入れて、火に掛ける。最初は弱火に、次に強火、中弱火、そして最後に強火にする。羽釜炊きに慣れないと、火加減を調整するタイミングを掴むのが難しい。さすがの俺も、この世界に来るまでに一升炊きなんてしたことがない。幾度か練習が必要だった。
 次に葉野菜を塩茹でする。ブレットという野菜は、小松菜や青梗菜のような見た目だが、味はホウレン草に似ていた。グラタンやパスタに使えそうである。

(味噌汁にも良いな。担々麺にも使えるか? これはもう少し仕入れておこう……)

 考え事をしていると、レイラが話し掛けてきた。

「そういえば、このコメという穀物だが、料理長のジョエルが知っていた。南方のミスル王国で作られているそうだ。ロマーノ王国経由となるが王宮でも使ってみると言っていたぞ」

「なら今度、米の炊き方や米料理のレシピを送ってやってくれ。幾つか教えておく」

 この異世界には、まだまだ未知の食材があるはずである。冒険しながら食材を見つけ、新しい街で屋台などをやって食文化を広げていくのも面白い。

「さて、もうすぐ米が炊ける。レイラは丼ぶりとスープ皿を用意してくれ」

 いつの間にか、同行者たちが列を為している。木製のトレイを全員に配る。丼に米を盛り、二つに割った半熟卵、塩水に湯通ししたブレットを盛り付け、煮汁を一回しする。本来なら糸唐辛子などを飾りに盛るのだが、銅貨五枚分なら必要ないだろう。大根と突撃猪のスープと共に出す。





「ふぉぉっ! ウメェッ!」

「このスープと肉の相性が抜群だ!」

 全員が夢中になって食べている。俺は料理人ではないが、自分が作った料理を美味そうに食べてくれるのは、悪い気はしない。レイラはおよそ元王族とは思えないような食べ方で、瞬く間に丼を空にした。

「ユーヤ、お替り!」

「あのなぁ…… そのうちお前にも料理を叩き込んでやるからな。それと口端に米粒が付いてるぞ」

 まったくもって残念王女である。見た目は絵に描いたような金髪巨乳の美人女騎士なのに、中身はポンコツだ。まぁお淑やか過ぎるとコッチも気を使うので、これくらい気さくのほうが良いか。

「突撃猪か…… 豚肩ロースと比べると肉の味が濃く、五香粉でも消えないほどの微かに獣臭もするな。しゃぶしゃぶなどには不向きかもしれん。次はすき焼きで使ってみるか?」

 異世界の食材は、地球とはやはり違う。畜産は「食べるために育てる」が、この世界は基本的に狩りで肉を得る。その違いが味にも出ているのだろう。

 こうしておよそ一ヶ月をかけて、俺たちは迷宮都市へと向かった。




 迷宮都市ドムは、地下に潜っていく大迷宮を中心に発展した都市だ。大迷宮には多様な魔物が出現する。狩人や冒険者は「ダンジョン」と呼ばれる迷宮に潜り、魔物を倒すことで様々な素材を持ち帰ってくる。

「魔物ってのは、食えるのか?」

「総てではないが食べられる魔物も多いと聞いているぞ? ワイバーンなどはかなりの高額で取引されているそうだ」

「肉は味によって調理法が異なる。試してみるしか無いな」

 地球では、メジャーな肉類は「牛」「豚」「鶏」「羊」の四つだったが、それ以外にも多様な肉類があった。たとえば「カンガルー」は、豪州では普通に食べられていた肉だが、その味は牛とも豚とも違う。「カンガルー肉味」としか言いようがない。ステーキでもハンバーグでも食べれるが、どうやってカンガルー肉の味を際立たせるかが調理のポイントになる。俺の場合は、ブルーベリーソースで食べたりしていた。

「ワイバーン肉のステーキに合うソースってなんだろうな?」

 いずれにしても、実際に食べてみない限りは判らないだろう。迷宮都市なら、魔物の肉も普通に売られているので、まずは試してみようと思った。

 そうこうしているうちに、高い壁に囲まれた大きな街が見えてきた。
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