異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第030話:孤児たちに極上の肉料理を!

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 この世界はレベルという概念がない。ポーションや回復魔法などはあるが、四肢欠損を回復させるようなチートな薬などは存在せず、医薬品の延長線に過ぎない。つまり「人が死にやすい」ということだ。そこでエストリア王国の国祖アルスランは、国家政策として各主要都市に孤児院を建てた。
 王国国教会が運営し、国庫から援助金が出る。また各ギルドも、簡単な雑用の仕事を委託したり、あるいは食べられるが売れない食材などを無償提供したりしている。つまり最低限、飢えることはない。

「ですがそれでも、不足しているのです。中庭で香草栽培をして少しでも収入を得ようとはしていますが、老朽化した建物を補修したり、子供たちの衣類を用意したりと、なにかと出費もありますので……」

 孤児院の院長は、40代と思われる人の良さそうな女性だった。幾ばくかを寄付し、自分が料理人であること。牛タンや内臓を料理して屋台で売れば、運営費の足しになるであろうことを伝えた。院長は最初こそいぶかしげであったが、レイラが元王女だと知ると、さすがに聞く耳を持ってくれたようだ。

「ですが、エビル・バッファローの内臓が食べられるなど、聞いたことがありません。いえ、食べられはするのでしょうが、酷く臭くて大抵の人は忌避すると聞いています。そんなものが、本当に屋台で売れるのでしょうか?」

「10代前半の子供をお借りしたいと思います。実際にやって見せましょう」

 モツの下処理は得意だ。母親がモツ鍋好きだったからな。




「使うのはマルチョウとシマチョウだ。マルチョウとは小腸のこと、シマチョウとは大腸のことだな。これを洗って、内容物を綺麗にする」

 9歳から12歳の子供が集められた。刃物を使うので、それ以下の子供には手伝わせないつもりだったが、他の孤児たちも集まっている。興味津々のようだ。

「井戸から汲んだ水で腸を洗ってくれ。汚れた水は捨てて、新しい水に交換する」

「俺、水汲みする!」

「私も!」

「よし、じゃぁ私と一緒に水汲みをしよう!」

 レイラが子供たちと一緒に駆け出す。三度、水を交換した後は、一度ザルに取り出して適当な大きさに切っていく。マルチョウは筒状のまま二センチ幅で切る。シマチョウは筒状ではなく開いて使う。開いたら塩を振ってさらに洗い、一口大の大きさに切っていく。

「こうした余分な脂身は切り落として、厚みのある所には切れ目を入れる。食べやすくなるからな。では実際にやってみようか」

 包丁を持った子供が、見よう見まねで捌いていく。決して焦らせない。手を取って根気よく教えていく。

「よし、そうしたらたらいに切った肉を全部入れてくれ。その上から小麦粉を掛けて、揉みこんだ後、小麦を水で洗い流す」

「「えー! もったいない」」

 子供たちが驚く。たしかに勿体ないように見えるだろう。だがこの工程を経ないと、ホルモンの臭みは取れない。ホルモンと小麦の量を指示しながら、みんなで揉み洗いする。

「随分と手間が掛かるのだな」

「そうだな。この量を一人でやろうとすると大変だ。だが工程そのものは簡単だ。子供でもできるし、これだけ人数がいれば、たいして時間は掛からない。よし、終わったな。これを串に刺していくぞ」

 屋台用の長めの串にシマチョウとマルチョウを交互に刺し、上から岩塩と乾燥タイムの粉末を振りかける。

「よし、あとは焼くだけだ。ユーヤ特製エビル・バッファローのホルモン串塩味!」

「「「わぁっ」」」

 子供たちが目をキラキラさせている。食ったらもっと驚くぞ。さて、焼き始めようか!





 ジュウゥゥッ……

 透明な脂がポタリと薪に滴り落ちるたびに、子供たちが唾を飲みこみます。ユーヤと名乗る料理人は、まるで魔法使いのようです。子供たちを的確に動かしながら、不味いといわれている内臓を処理し、串焼きにしてしまいました。肉の脂が弾け、旨味を思わせる香りが鼻腔をくすぐります。

「塩を利かせすぎてもダメだ。表裏それぞれ一回ずつ、塩とタイムを軽く振るだけでいい」

 王国の各都市では、串焼きやスープの屋台が出ています。肉の串焼きなど沢山あります。ですが「内臓の串焼き」を出す店はないでしょう。エビル・バッファローの内臓はダンジョン内に捨てられてしまいますが、ビッグ・ホーンなどの内臓類は、ギルドが破棄しています。それを貰えれば、仕入れ値は掛かりません。

「これくらいが良い焼き加減だ。表面に焼き色が付き、全体から透明な肉汁が滴り、所々に焦げ目がつく。この加減を覚えておくといい。さぁ、食べてみてくれ」

 差し出された串焼き肉を子供たちが受け取ります。スンスンと匂いを嗅いだ後、思いっきり齧り付き、そして美味しいと大はしゃぎしています。私も一本、受け取りました。不思議です。嫌な臭いが一切しません。いえ、確かに肉の匂いなのですが、むしろ食欲を掻き立てるような良い匂いです。

 ハムッ

「んんんっ!」

 肉は独特の弾力があり、何度も噛まなければいけません。ですが噛むたびに岩塩が程よく混ざった肉の脂が旨味となって、ジュワッと口の中に広がります。タイムの爽やかな香りが、ともするとしつこい脂とかすかに残る内臓の匂いを打ち消しています。これは何という料理なのでしょう。噛むたびに、口内から唾が湧き出てきます。

「やはりな。エビル・バッファローといえども、しょせんは牛だ。しっかり下処理をすれば、内臓は十分に食える。とすると他にもいろいろと使えるな。ハツ、レバー、ミノ、ハチノス、センマイ、ギアラ……極上ホルモンが仕入れ値ゼロとか、俺ならこれだけで富豪になれるぞ。よし、ついでにアレも作るか!」

 ユーヤさんは、私たちが寄付を受けている「牛の舌」を取り出しました。




「ついでに牛タンの処理の仕方を教えます。牛タンは大きく4つの部位に分けられます。タン先、タン中、タン元、タン下です。タン先は煮込み料理に、タン中とタン元は塩焼きにしても旨い。そしてタン下は焼きと煮込みの両方に使える」

 子供たちが微妙な表情をしている。聞くと舌触りが良くないので、あまり人気がないそうだ。ぶつ切りにしてスープに入れて食べているらしい。なんとも勿体ないことだ。

「料理は仕込みが8割だ。この牛タンも、下処理をしっかりすれば最高においしく食べれるぞ。まず皮を剥ぐ。こういう細長い包丁を使って、皮を引き剥ぐようにしていく。ザラッとした手触りのところを丁寧に薄く剥いていくのがコツだ」

 皮つきの輸入牛タンなら、ネットではキロ2千円で買える。一度下処理をしてしまえば、あとは冷凍保存すればいい。いつでも、好きな厚さで牛タンを食べれるのだ。焼肉屋で牛タンを食べるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
 綺麗に皮を剥ぐと、ピンク色の見事な牛タンブロックが切り分けられた。子供たちも院長も目を剥いている。剥いだ皮は、干し肉にするとタン皮ジャーキーとして犬の餌になるぞ。牛タンに捨てる部位などない。

「それにしても、エビル・バッファローの牛タンはデカいな。国産牛の二倍はある。希少部位のタン元もかなり取れるな。ドーンと分厚く切りましょうかね。切れ込みを入れて、あとは塩焼きにして食べようか」

 程よく脂が入ったタン元を分厚く切って、皿に盛る。これを孤児院に寄贈しているなんて、ギルドって本当に太っ腹だな!





「父上に手紙を書かなくては。アレが知れ渡れば、ギルドは孤児院に寄贈しなくなるだろう。そうなれば孤児たちが飢えることになる。内臓と舌部位の寄贈を法制化してはどうだろうか」

 孤児院からの帰り道、私は俯いて考え事をしていた。ユーヤは、これまで不味いとされていた部位を極上の料理へと昇華させた。ホルモンも美味かったが、私は牛タン塩焼きに魅了された。コリッという歯ごたえがありながらも肉は柔らかく、まさに旨味の塊のようであった。柑橘類の果汁を掛けると、その旨味がさらに増した。子供たちも夢中になって食べていた。
多くの者が、肉なんて焼けば同じと思っているだろう。だが違う。肉は各部位で、正しい処理法がある。この処理によって、それぞれの部位がまったく異なる味を生み出す。今日一日だけで、ユーヤが目指す世界が見えた気がした。これが「食文化」なのだろう。

「レイラ、まだ出していない部位があるんだ。俺がいた世界では、国が法律で禁止した禁断の料理なんだが、食べるか?」

「なに? 禁断の料理だと? それほどに美味いというのか?」

「あぁ…… 禁じられたときは、血涙を流した人もいたと思うぞ」

 話を聞いて、私は涎が止まらなくなった。食べてみたい。その「レバ刺し」という禁断の料理を!
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